このページの本文へ

米国経済への「過剰な悲観論」が不要に思える理由

2019年07月24日 06時00分更新

文● 西岡純子(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
マンハッタンの裏通り
Photo:PIXTA

 米国に駐在するようになって2ヵ月弱がたち、一種のシンドロームなのかもしれないが、米国経済は意外に大丈夫なのではないか、という気持ちに傾いてきた。

 社会保障問題や所得格差、財政問題など日本と共通する構造的な要素は少なくないが、このところ発表される景気判断や雇用などの指数は改善が目立ち物価も堅調だ。

「物価は経済の体温を測る」とはよく言ったもので、物価が少しずつでも上がることが当たり前となっている経済では、将来に対する成長“期待”自体が経済そのものを動かす。デフレマインドの定着が経済そのものを縮小均衡に陥らせている日本との違いを強く感じる。

避けられた最悪シナリオ
先行きの不透明感薄まる

 実際に、最近、米国経済について過剰な悲観論はいらないのではないだろうか、と思わせる材料が出てきている。

 それは、米中通商交渉で対中関税第4弾が回避されたことで最悪シナリオが回避できたことに続き、一時、落ちていた経済指標に底入れの兆しを示す動きが出てきたこと。さらに「政治リスク」が抑制されていること、の3つに大別できる。

 いずれも流動的で、今後も経済が緩やかな減速方向に向かう可能性は捨てきれないが、しかし、貿易戦争で世界経済が大混乱に陥る、といったリスクシナリオの蓋然性は、いくらか少なめに見積もってもよさそうだ。

 先月末の米中首脳会談では、米国側の制裁関税第4弾(3000億ドル相当の輸入品への課税)の発動が見送られただけでなく、ファーウェイに対する禁輸緩和までが宣言された。

 習近平政権は、経済のテコ入れに資本を集中させることで国民の政権への求心力を保ち、米国以外の貿易相手国と取引の拡大を進め、大阪G20という国際舞台で米国を孤立させた感が強い。

 直前の米議会の公聴会で、米国企業からトランプ政権の禁輸措置に厳しい声が集中していたことも見てとって、中国は強気の交渉に出たわけだ。

 中国の戦略勝ちといった印象でもあるが、米国が制裁関税第4弾を実施すれば、米国の消費者への影響も懸念されていたから、結果的には米国経済の不透明感を弱めることにもなったといえる。

 米国国民にとってのサプライズが、米朝会談の再開であり、トランプ大統領が歴代大統領として初めて、朝鮮半島の南北を隔てる軍事境界線沿いの非武装地帯に足を踏み入れるという“演出”だった。

 米国現地のテレビ報道では、G20や米中首脳会談の報道以上に、トランプ大統領の訪朝のシーンが繰り返し、報道されていた。

 しかし、北朝鮮の非核化に向けて建設的な会談というのは表向きで、トランプ大統領にしてみれば、G20に先立って中国が北朝鮮と接触したことに対抗する意味合いだけのものだった。金委員長にとっても、国内での政治的求心力を取り戻すうえで、トランプ大統領の電撃訪問は渡りに船だった、ということだろう。両氏の目線は交わっていない。

 非核化という根本問題が解決されたわけではないが、それでも米朝が交渉継続で一致しているということも、過剰な悲観は当面、必要なさそうな要因だ。

7月の景況指数改善
新規受注や雇用判断も

 こうしたことが、経済指標にどのように反映されるのかが興味深いところだが、7月分のフィラデルフィア連銀製造業景況指数(D.I.)は、21.8と前月の0.3から大幅に上昇した。

 補助系列をみても、新規受注(8.3→18.93)、雇用者数判断(15.4→30.0)など幅広く改善した。

 市場でより注目されるISM指数の方式に引き直して比較してみると、7月の景況指数の値は58.6となり、これから発表される予定の業況指数も改善するのではないか、という期待を持たせる。

 企業の業況判断に関連する統計は、生産指数や小売販売額といった実際の企業活動の結果を表す指標よりも発表されるタイミングが早い。

 エンパイヤステート製造業業況指数→フィラデルフィア連銀指数→ISMの発表順で確認されていくのが通例だが、エンパイヤとフィラデルフィアが程度の違いはあっても7月に改善したことは、6月に米中通商協議を巡る先行き不透明感の強まりで悪化した企業の判断が、米中の衝突回避でいったん持ち直したことを反映していると思われる。

低下した「政治リスク」
債務上限で合意の見通し

 そして、政治である。来年11月の大統領選挙を控え、政治リスクが経済・市場の足かせになるのではないかと強く懸念されていたが、直近では意外にもリスクは抑制方向に働く材料のほうが多いのだ。

 ここで言う政治リスクのうち、経済に直結するものとして、まず、財政問題が挙げられる。

 米国では毎年の予算を執行するにあたっての財源について、国債の発行等による公的債務の上限が設定されている。

 米国の公的債務の残高は20兆ドルを超えているのだが、毎年度、年度後半になると財政資金が枯渇し、予算を執行するための債務上限を引き上げるための議会審議が政治リスクとして浮上する。

 昨年2月にトランプ政権と議会共和党は、2018年度(17年10月~18年9月)と19年度(18年10月~19年9月)の歳出を合計で3000億ドル増やす特例法を成立させている。その期限が今年9~10月にくることが従前からわかっていた。

 2020年度予算で「財政の崖」が発生することを避けるためには、少なくとも19年度と同額の歳出拡大法を成立させる必要がある。また20年度は19年度と比べて減税効果が減るため、仮に歳出拡大とならなければ、特に消費者は二重に負の圧力にさらされる。

 そうした中での債務上限引き上げの決議となるため、議会審議はさぞ紛糾することだろうと思われていた。

 ところが先週の18日に、トランプ政権と議会指導部との間で、来年度予算の規模と債務上限の引き上げについて大まかな数字で合意している、と報道された。

 債務上限の引き上げでは、混乱回避を目的に議会と政権の間での合意が得られても、予算の規模や具体的な措置ではなかなか折り合わないのが、通例だ。

 実際、2019年度予算(2018年10月~2019年9月)は18年度とあわせ、歳出上限は事前に引き上げられていたが、トランプ大統領がメキシコとの国境に壁を建設する費用をねん出するための予算を拡充することを求め、結局、議会との対立・混乱から政府機関の閉鎖につながったことは記憶に新しい。

 今回も、大統領再選を意識するトランプ大統領の出方次第では、財政問題が政治的混乱につながることも有り得た。

 だが、各種報道によれば、ムニューシン財務長官はここまで、マルバニー大統領首席補佐官代行をはじめ、ボート行政管理予算局長代行とも議論を重ねてきているようだ。

 彼らの動きが大統領の意をくんだものだろうと考えると、トランプ大統領は、さらなる拡張財政を主張することで議会と対立することは避ける、という、至極まっとうな政治的判断を“ひとまず”下した、といえるだろう。

 予算規模やどのように歳出増加分を削減するのか、といった具体的内容はまだ決まっていないが、8月の議会休会前に債務上限や予算について審議が進むのであれば、議会再開の後に予定されるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定<旧NAFTA>)の批准など、重要案件の審議、さらには大統領選挙へのキャンペーン開始など、コマが進むシナリオも見えてくる(それでも年内のUSMCA批准は難しいままだが)。

 トランプ大統領の行動は全く読めないため、楽観はなお禁物だが、財政問題が大統領選挙の政治イシューとして組み込まれてしまい、何も決まらないという政治リスクはいくらか下がったといえるのではないだろうか。

大統領弾劾の勢い弱まる
巧みな政治コントロール

 これまで、トランプ大統領自身の言動が常に政治リスクを生んできたが、直近では、それによる大統領に対する逆風が沈静化している例もある。

 その一例が、先週、下院でトランプ大統領の弾劾手続き開始に向けた決議案が否決されたことだ。

 米国では民主党と共和党の支持が拮抗する州を「スイング・ステート」と呼び、大統領選挙、中間選挙ではそれらの州での与野党のせめぎあいが注目を集める。

 大統領の弾劾は、野党民主党には選挙を有利にすすめる材料としてかつぎやすいはずだが、このところはスイング・ステート選出の議員らも大統領弾劾を支持しない意向が示されている。

 ロシアによる2016年米大統領選介入疑惑をめぐり、モラー特別捜査官はトランプ大統領の関与を否定せず、民主党では弾劾手続きを検討してきた。

 だが、最近では、議員の多くは有権者の関心はもはやそこにあるのではないと感じ、医療問題など生活にかかわる問題を取り上げるほうが選挙には有利に働くと、政治の風を読んだようだ。

 野党議員達は大統領弾劾を支持しない方向に戦略を変えている。実際、一部の世論調査によると、弾劾を支持する回答は21%(7月調査)と低水準にとどまっている。

 トランプ大統領が女性の議会議員に対し、自身のツイッターを通じ差別的な発言を繰り返したことについても、トランプ大統領にとってはさほど政治的な逆風になっていなさそうだ。

 非白人の民主党女性議員のグループに向けたものとみられるツイートで、「『進歩(Progressive)派』民主党女性議員らはもともと『最悪で腐りきった、無能な政府』しかないような国の出身だ」「現在の政策に不満なのであれば、自分たちが出身国に戻り、『壊れきった犯罪だらけ』の現状を直せばよい」と書き込んだ。

 具体的な名前をこそ挙げなかったが、トランプ大統領があからさまに愚弄したのは、その女性議員達が大統領の進めているメキシコ国境沿いに設けられた移民収容施設の批判を強めていたからである。

 その後、トランプ大統領への批判は、女性議員だけでなく、民主・共和双方の複数の議会議員から上がっている。

 実に耳を疑う大統領の発言だが、周囲の捉え方はどうかといえば、「またやってる」という嘲笑とともに、人種差別を武器に保守層の支持を得ようとする戦略的な手法だという受けとめも多い。

 また再選を狙った“Keep America Great”への常套手段、計算ずくということで、ある意味での「トランプ慣れ」であり、この問題をきっかけに世論が反トランプに大きく傾くわけでもなさそうだ。

 こう考えてくると、米国経済がまた勢いを増すとまでは考えられないにしても、米中の通商交渉や世論の形成にしても、実に政治的に巧みにコントロールされているという印象を強く受ける。

 (三井住友銀行 チーフ・エコノミスト 西岡純子)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ