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中の人が語るさくらインターネット 第11回

「さくらの学校支援プロジェクト」を育てた朝倉恵氏に聞く、支援活動で学んだこと

“元・幼稚園の先生”がデータセンターで働き、プログラミング教育支援に携わるまで

2019年07月30日 08時00分更新

文● 谷崎朋子 編集●大塚/TECH.ASCII.jp 写真● 曽根田元

提供: さくらインターネット

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小学校への「出前授業」を開始、現場は驚きの連続だった

 朝倉氏は当初、小学校の教員にプログラミング教育についての集合研修を実施し、教員自身で授業を進められるように支援したいと考えていた。だが学校現場を知る教育委員会は、そのプランは現実的ではないという。学校の教員は日々の業務で忙しく、研修会の予定もすでに来年分まで埋まっているほどなので、そこに新たな研修を付け加えるのは無理だという。

 そこで代替案となったのが、朝倉氏による「出前授業」だった。朝倉氏が小学校に出向き、直接子どもたちに授業を行う。教員にはそれを見学しつつ体験もしてもらい、徐々にその内容を習得してもらうかたちだ。これで学校側の負担は軽減されるが、朝倉氏の負担は大きかった。

 「初めての試みなので、1校ずつ段階的に導入してもらおうと提案したのですが、教育委員会からはそれだとうまくいかない可能性があるから、一気に市内13校すべてで導入したいと言われました」

 教育委員会にこの提案をしたのが2017年1月、そして2月には各小学校の校長にもプレゼンテーションを行って承諾を得た。4月からの次年度に間に合わせるために、朝倉氏はおよそ1カ月間、出前授業で提供する網羅的な授業メニュー(学年別や教科別)の開発や、各校から簡単に出前授業を申し込める手続きの策定などで奔走した。

 難しかったのは授業メニュー開発だという。当時はまだプログラミング教育に関する学習指導要領も発表されていない段階であり、内容が当たるかはずれるかは一種の“賭け”だった。

 「以前、同じようなプログラミング教育をボランティアでやってみようと、特定非営利活動法人 みんなのコードの説明会に参加したことがありました。代表の利根川さんはプログラミング教育を議論する有識者会議のメンバーでもあるので相談し、いろいろと話を聞いていただきました。結果として、学校現場の課題に即した非常に濃い内容となりました」。これまでもそうだったように、人と人とのつながりで私は支えられていると強く感謝したと朝倉氏は振り返る。

2019年度版の「出前授業」メニュー。低学年から高学年までそれぞれのレベルに合わせた内容を用意しており、PCを使わないかたちの授業もある

 こうして2017年4月に出前授業の申し込み受付を開始し、6月からは実際に小学校での出前授業も始まった。教育委員会からは1校につき最低でも1回は開催してほしいと要請を受けており、最終には1年間で30回ほど、学年別の開催も含めればのべ40回ほどの出前授業を実施した。

 実際に小学校で授業をしてみると、たとえばインターネットアクセスに制限(フィルタリング)がかかっていたり、古い「Internet Explorer 9」しか使えず最新のサイトが表示できなかったりと、さまざまな課題に直面して事前の想定どおりには進まなかった。しかしその一方で、子どもたちの理解力や発想力の豊かさもまた“想定外”であり、うれしい驚きがあったという。

 たとえば初めての出前授業は、低学年の複式学級(小学1年生と2年生)が対象だった。「身の回りにあるコンピューターを探そう」というワークショップで、ソファやゴミ箱、掃除機、自動車、テレビが描かれたカードを、コンピューターが組み込まれているかどうかで分類するというものだ。授業前、朝倉氏ら関係者は「低学年の子どもたちなので、ITのことは何も知らないかもしれない」と考えていたが、蓋を開けてみると全グループが正解だった。今の子どもたちは、大人の想像を超えてコンピューターに親しんでいるのだ。

 「続けて『コンピューターが入ってないモノにコンピューターを入れたらどうなると思う?』と質問してみたら、『寒い日に座ると暖かくなるソファ』や『机との高さを自動的に調節してくれるイス』『ゴミがいっぱいになったら知らせてくれるゴミ箱』など、かなりたくさんのアイデアを出してくれました。子どもたちの理解と発想の豊かさには、先生方と一緒に驚きの連続でしたね」

「学校と教員の側で自律的に授業を進められるように」3年計画で取り組む

 1年間の出前授業は各小学校からも好評を博し、2018年度も継続して実施するはこびとなった。教育委員会は当初から3年計画で、「出前授業ありきではなく教員自身で授業ができる」ことを最終目標に据えていた。初年度の出前授業で効果が確認できたので、次年度(2018年度)からはステップアップして、各学校の担任教員自身がそうした授業を行えるようなかたちに移行していきたい、という希望があらためて朝倉氏に話された。そこで朝倉氏は2017年12月、教育委員会と学校教員との勉強会を開催することにした。

 実は出前授業の当初から、朝倉氏は教育委員会と教員の両者が「なんとなく腹を割って話せていない」ことに気付いていたという。だが今後の取り組みでは、両者が積極的に協調していかなければならない。そこで勉強会ではワールドカフェの手法(自由に討論、対話しながらテーマに対する気づきを得ることが目的の討論形式)を採用し、両者の間にある“壁”を打ち破ってもらおうと画策した。

 勉強会はまず「理想のプログラミング教育とは何か」というテーマから始まったが、「その理想を阻む障壁は何か」という討論になると、それまでお互いに抱えていた不満や不信感も爆発した。しかし「その障壁の中で一番重い(重要な)ものは何か」という最後のテーマを共に話し合うことで、あらためてプログラミング教育の本質を見直し、同じ目標に向けて両者が一緒に歩む関係作りができたという。

 「この勉強会が、教育委員会にはやる気がある、自主的に勉強会へ参加する先生もいるとお互いを認めるきっかけとなり、教育委員会が主導し先生方も参加するプログラミング教育のプロジェクト会議も立ち上がりました」

 こうして、2018年度はこのプロジェクト会議が全体を主導して石狩市のプログラミング教育を推進することになった。さらに深い研修を積極的に受講する教員も出始め、3年計画の中でスキル移転も着々と進んでいる。

支援者の輪を広げつつ、プロジェクトは北海道全域へと拡大

 ここまで石狩市を舞台に進めてきた教育支援プロジェクトだが、現在はさらに対象を拡大しつつある。プロジェクトのWebサイトで取り組みを紹介したところ、2018年には新冠や羅臼といった他の自治体からも支援の打診を受けた。「直接的な取り組みは基本的にひとりですべてやっていたので、いきなり範囲を広げるのは難しいと考えていました」と朝倉氏は語るが、道内で少しずつプログラミング教育の輪を広げていければと、今までのノウハウを分けるかたちでの協力を承諾したという。

 「また出前授業の活動を知り、近隣の自治体で同じことをやりたいという団体も出てきました。主には道内の情報技術系大学なのですが、立地する自治体からプログラミング教育を支援してほしいと依頼されるものの、そのノウハウがなく困っていた。それならばわたしたちのノウハウを使っていただきたいと。石狩市だけの取り組みだと先生が市外に異動されるなどのケースで続かなくなってしまいますが、周辺の市町村、さらには北海道全域で同じように取り組むならば、そうした課題も解消できます」

 さらに石狩の輪は、東京にも広がりつつある。今年6月、石狩市教育委員会は東京ビッグサイトで開催された「学校・教育総合展(EDIX)」への視察に訪れたが、その際に東京都のプログラミング教育研究会との意見交換の場を朝倉氏が取り持った。「東京都の研究会はまだ立ち上がったばかりの段階なので、石狩市のプロジェクト会議と連携して何かできないかというお話をしました」。

プロジェクトのWebサイトでは、プログラミング教育関連の最新動向を毎月レポートする「こどもプログラミング通信」のほか、教員向け学習指導案・教材や研修会用資料、micro:bitやScratchのサンプルプログラムなどを掲載している

 今年4月、石狩市への小学校プログラミング教育支援プロジェクトは「さくらの学校支援プロジェクト」と名称を変えた。石狩市では3年計画の最終年度を迎え、教員が理科や算数、総合的な学習の時間といった教科の中で、「小学校プログラミング教育の手引き(第二版)」に例示されている内容のプログラミング教育を担当できるよう準備が進んでいる。教員の成長も著しく、学校現場から積極的な提案も出てくるようになったという。

 「プログラミング教育とは別ですが、5年生の社会科には『情報』の単元があります。その情報を扱うデータセンターが石狩市にあるわけで、身近な話題として、これをどう授業に盛り込めばいいかと相談を受けました。単なるデータセンター紹介ではつまらないので、たとえば石狩市とさくらが取り組んでいる河川水位のIoT測位などを題材にして、情報が生活の中でどう役立っているのかを考えてみる授業はどうかとか。以前と比べて、先生方の側から積極的に提案が出てくるようになったと感じています」

 朝倉氏は、学校の役割である「教育課程内でのプログラミング教育」と、民間の進める「教育課程外でのプログラミング教育」とは、役割や目的を分けて考えなくてはならないと語る。さくらが展開するプロジェクトの役割はあくまでも「学校教育の支援」であり、具体的な教育内容を考え、実践していく主体は学校や自治体だ。さらに、プログラミング教育自体も学校教育という大きな枠組みの中で考えるべきものであり、最大の目的は「プログラミングができるようにすること」ではなく「既存の授業を『主体的・対話的で深い学び』に導いていくこと」であることを忘れてはいけないと強調した。

 「プログラミング教育に対してはさまざまな誤解もあります。『プログラミング教育を通じて学校教育を変えたい!』という熱量で支援を申し出る企業もありますが、実際のところ学校教育で教える内容はほぼ決まっており、時間も限られていますから、そういう想いで来られても学校側は困惑してしまいます。またエンジニアに多いのですが、『プログラミング教育は生ぬるい! 小学校からPythonを教えるべきだ』といった発想は、学校教育の目的そのものを間違えています。学校の置かれた状況や教育の目的を理解して支援に取り組まないと、ミスマッチが起きて現場が混乱するだけです。もちろんITコミュニティの力が必要とされる場面もありますから、それをコミュニティ側に説明していくのもわれわれの役割だと思いますね」

地域の子どもどうしがプログラミングを教え合う「循環」づくりが夢

 教員へのスキル移転を続けつつ、朝倉氏自身による出前授業もすでに年明けまで予定が入っている。忙しい毎日だが、来年度もぜひ続けたいと明るい表情で語る。

 「今年度までで先生方が自律的に取り組めることが確認できたので、来年度からは学校側主導で授業を進めていただき、さくらは技術面のサポートや指導内容のアイデア出しなどに回るかたちができたらと考えています」

 小学校への支援が一段落しつつある中で、今度は中学校からの相談も来ているという。技術家庭科の授業で小学校よりも高度なプログラミング教育を実施することになるため、そもそも指導できる専任教員が少ないのだという。朝倉氏はその支援策も考えつつ、他方でクラブ活動への支援もしていきたいと語る。

 「クラブ活動で子どもたちが自由にプログラミングに親しめる土壌作りをする、そんな支援活動にも少しずつ力を入れていけたらと考えています。クラブ活動なら、ゲーム感覚でプログラミングを競い合ったり、コンテストに出したりもできます。エンジニアが行ってPythonを教えるのも問題ないですからね(笑)」

 将来的には、小学校でプログラミングが好きになり、中学・高校でより専門的なことを学んだ生徒がクラブ活動を通じて下の世代の子どもたちを教えるような、学校や学年に関係のない「教え合う循環」を地域に作ることができたらと、朝倉氏は夢を明かす。

 今回のプロジェクトは、朝倉氏にとっても良い成長の機会になったという。これまでは「思いつきでひとり突っ走るタイプ」だったが、プロジェクトを通じて誰かと仕事を共有し、誰かの得意な部分を生かしてそれを「見守る」ことも大切であることを学んだという。「同時に、多くの方にアドバイスをもらって支えていただき、自分も大きく成長できたと感謝しています」。

 このプロジェクトで得た経験を生かし、今年秋には母校の藤女子大学で、プロジェクトマネジメントについてのゲスト講義を依頼されている。来年度以降はプロジェクトマネジメントの実習として、教育支援プロジェクトに学生たちを巻き込んでいくことも検討中だという。「性格的にヒマなのがダメなのかも。気付いたら色々と予定を詰め込んじゃってます」と照れ笑いする朝倉氏。北海道民の開拓精神とバイタリティで、これからもどんどん活躍の場を広げていきそうだ。

(提供:さくらインターネット)

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