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見せかけの緩和強化と正常化の二兎を追えなくなった日銀の「次の一手」

2019年07月10日 06時00分更新

文● 鈴木明彦(ダイヤモンド・オンライン

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日本銀行
Photo:PIXTA

 米FRB(連邦準備制度理事会)による利下げの可能性が高まっていることもあり、日本銀行も何らかの政策対応をとるとの見方が強まっている。

 ただ、利上げを続けてきた米国に比べれば政策対応の余地が限られており、金融政策の正常化がさらに遠のくような政策対応は日銀としても避けたい。

 日銀の「次の一手」は、政策金利の小幅引き下げとイールドカーブ・コントロールの強化の合わせ技ではないか。

16年9月以降
「複雑な課題」追ってきた日銀

 2013年3月に就任した黒田総裁の下、日銀は「量的・質的金融緩和」の導入(13年4月4日)、「量的・質的金融緩和」の拡大(14年10月31日)、さらに「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」(16年1月29日)と、異次元の金融緩和を強化してきた。

 しかし、2%の物価目標が達成できない一方、超低利を原因とした利ザヤ縮小による中小金融機関の経営圧迫や資金の運用先の枯渇など、異次元の金融緩和の副作用も指摘されるようになってきた。

 転換点となったのが、金融緩和強化のための新しい枠組みとして導入された「長短金利操作付き量的・質的金融緩和(以下、「新しい枠組み」)」(16年9月21日)である。

 これを境に、日銀はデフレと戦うという姿勢を前面に押し出しながら、一方で逆方向の金融政策正常化に向けた仕込みを行う、という複雑な課題に取り組むことになった。

 まず、「新しい枠組み」では、マネタリーベースの残高は、消費者物価指数の前年比上昇率が安定的に2%を超えるまで拡大方針を継続することになった。

 これは、オーバーシュート型コミットメントと呼ばれ、デフレと戦う日銀の強い姿勢を示すものとされた。

 その一方で、マネタリーベースと日銀保有長期国債残高の増加ペースという量の目標を無くし、長短金利を操作するイールドカーブ・コントロールを導入した。

 長期金利の操作対象として10年物国債金利が選ばれ、ゼロ%程度が誘導目標となった。

 この政策転換によって、マネタリーベースの拡大方針を維持していれば、日銀保有長期国債残高も含めて、量の拡大ペースを落とすことが可能になった。

 図表1で示したように、どちらの残高も、それまでの年80兆円の増加ペースを大きく下回るようになり、マネタリーベースは限りなく横ばいに近づいている。

 日銀は、金融政策正常化の出口には近づかないが、少なくとも遠ざからないための手を打ったといえよう。

緩和の枠組み強化と
金融政策の正常化探る

 その後の「強力な金融緩和継続のための枠組み強化(以下、「枠組み強化」)」(18年7月31日)では、「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定」という政策金利のフォワードガイダンスが示された。

 デフレと戦う日銀の姿勢を示すための対応だが、同時に金融政策正常化に向けても追加の施策が打たれた。

 まず、10年物国債金利の誘導目標はゼロ%程度で据え置かれたが、長期国債の買い入れに際して、「金利は上下にある程度変動しうるもの」とし、買い入れ額については「弾力的な買い入れを実施する」とした。

 その上で、決定会合後の記者会見で黒田日銀総裁は、金利の変動幅についても、従来の±0.1%の幅(それまで明示されていなかった)から±0.2%の幅で変動することを念頭に置くと表明した。

 この結果、日銀は2%の物価目標を達成していなくても、10年金利をある程度上下させることが可能になり、±0.2%という枠の中とはいえ、金利調節を行う自由度を持つようになった。

 図表2で10年金利の推移を確認してみると、かなり上下していることが分かる。

 16年9月のイールドカーブ・コントロール導入(「新しい枠組み」)によって金利は大幅に上方にシフトし、しばらくは誘導目標を上回るプラス領域での推移が続いた。

 18年7月に変動幅の拡大が示されると金利はさらに上昇したが、18年秋ごろから低下基調に転じている。

薄まってきた
マイナス金利の存在感

「枠組み強化」では、マイナス金利が適用される政策金利残高を見直すことも決まり、それまでの10兆円から5兆円をめどに運用されるようになった。

 なお、ここでいう政策金利残高は、金融機関間で裁定取引が行われたと仮定した金額であり、実際の残高はこの水準を上回っている。

 マイナス金利政策は、導入時からその副作用が指摘されるなど評判が悪かったためか、日銀もマイナス金利の適用残高が増えることがないように運用してきた。

 このため、マネタリーベースの大半を占める日銀当座預金残高が拡大していく中で、政策金利残高の存在感が低下していた(図表3)。

 ただこれは、マネタリーベースに合わせて日銀当座預金残高の増加ペースが鈍ってくるなか、政策金利残高自体を減らすようになってきたと考えられる。

 マイナス金利が続いていても、適用される残高が減っているのであれば、マイナス金利政策解除に向けての布石が打たれていると解釈できる。

 このように、日銀は16年9月の「新しい枠組み」導入以降、デフレと戦うという姿勢を前面に押し出しながら、金融緩和の深掘りはせずに、金融政策正常化に向けた仕込みを行ってきた。

 もっとも、こうした対応が可能だったのは、景気が回復しているという判断を維持しており、さらに米国の利上げが続き、円の急騰を招くことなく政策変更ができたからだ。

米国の利下げモードで
追加緩和の明示が必要に

 しかし、米国は利下げモードに転換しようとしており、米中貿易戦争や消費増税など景気の先行きに懸念が出てきている。

 ここから先の政策変更は、これまでと同じやり方では難しいだろう。

 まず、追加金融緩和であることをはっきり示す必要がある。

 だがすでに、日銀は10年金利が変動幅の下限近くまで低下することを容認しており、事実上の金利低め誘導に乗り出している。これ以上のものを出さなければ、追加緩和したことにはならない。

 18年7月の「枠組み強化」で導入した政策金利のフォワードガイダンスは、今年4月の政策変更で「2020年の春頃まで」と期間を明示するようになっており、これがさらに先延ばしされるのではないかといわれている。

 確かにその可能性があるが、それだけでは追加緩和というには力不足だ。

マイナス金利を深掘り
短期政策金利マイナス0.2%に

 日銀は、追加緩和の手段として(1)短期政策金利の引き下げ、(2)長期金利操作目標の引き下げ、(3)資産買い入れの拡大、(4)マネタリーベース拡大ペースの加速を挙げている。

 このうち、(2)長期金利操作目標の引き下げは、低め誘導の追認として行えば自然だが、10年未満の中期ゾーン金利が高くなる逆イールドと10年から先のフラット化を容認することになり、イールドカーブ・コントロールの放棄につながりかねない。

(3)資産買い入れの拡大は、ETFやJ-REITを日銀が購入することの問題点が指摘されている。

(4)マネタリーベース拡大ペースの加速は、市場調節の結果として一時的に加速するのは別にして、目標を掲げて拡大ペースを加速するのであれば、従来の「量的・質的金融緩和」に逆戻りということになってしまう。

 結局、日銀の次の一手は、(1)短期政策金利の、例えば-0.2%への引き下げということになるのではないか。

 イールドカーブの形状を考えると、フラット化を助長する10年金利の引き下げより、短期の政策金利の引き下げの方が受け入れやすい。

 しかし、マイナス金利の深掘りには批判が噴出しそうだ。そのための対応が必要となってくる。

 すでにマイナス金利が適用される政策金利残高を徐々に減らしていく対応がとられており、政策金利が引き下げられれば、政策金利残高をさらに減らすことになろう。

 また、短期の貸出金利がさらに低下することが予想されるが、これまでも基準金利であるLIBORがマイナスになっても実際の貸出金利はマイナスにはなっていない。

 追加利下げでTIBORもマイナスになるかもしれないが、実際の貸出金利への影響は限定的ではないか。

イールドカーブ・コントロールの
強化とセットでする必要

 問題はイールドカーブのフラット化、あるいは逆イールド化が一段と進む恐れがあることだ。

 16年9月の「新しい枠組み」導入ごろからスティープ化が続いていたイールドカーブが、今は「新しい枠組み」導入時を下回ってフラット化、あるいは逆イールド状態となっている(図表4)。

 政策金利引き下げという追加金融緩和は、「イールドカーブ・コントロールの強化」とセットで行われる必要があるだろう。

 もっとも、長期金利の水準を調節してイールドカーブの形状をコントロールするためには、市場とコミュニケーションをとりながらの機動的な対応が必要となってくる。

 金融政策決定会合で詳細を決めたり、5年の誘導目標を追加したりして調節の機動性を縛るのは現実的ではないだろう。

 18年7月の「枠組み強化」では、「(長期国債の)買い入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買い入れを実施する」となっている。

 これを、例えば「買い入れ額については、イールドカーブの適切な形状をコントロールできるように、幅広い銘柄から弾力的な買い入れを実施する」としておけば、あとは日銀の市場調節の担当部局が機動的な対応をしていくことになるだろう。

(三菱・UFJリサーチ&コンサルティング研究主幹 鈴木明彦)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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