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三井物産が出資するロシア巨大LNG、その命運を握る「黒い金庫番」の正体

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握手する安倍晋三首相とプーチン大統領
日ロ首脳会談後、握手する安倍晋三首相(左)とプーチン大統領。三井物産とJOGMECが北極圏LNGプロジェクトへの参画を決めた Photo:EPA=JIJI

三井物産がロシアのLNGプロジェクトに出資することを決めた。このプロジェクトに懸ける三井物産の安永竜夫社長の思いと、三井物産の命運を握る男の正体に迫った。(ダイヤモンド編集部 堀内 亮)

 6月6日からロシア・サンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラム。ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席といった超大物が顔を揃える中、三井物産の安永竜夫社長の姿があった。

 ロシアの民間ガス大手ノバテクが北極圏で計画する液化天然ガス(LNG)プロジェクト「アークティックLNG2(アーク2)」へ出資する意思をトップ自ら示すためだった。

 同じくアーク2への出資要請を受けていた三菱商事の垣内威彦社長の姿はなかった。アーク2に対する三井物産と三菱商事のスタンスの違いが明確に表れていた。

 三井物産と政府出資の独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は6月29日、アーク2に出資することを決めた。出資総額は3000億円超で、その出資割合は三井物産が25%、JOGMECが75%となる。

思惑絡み、安倍首相とプーチン大統領の前で署名式

 アーク2は2023年から年間約2000万トンのLNGを生産する予定の巨大プロジェクトだ。このプロジェクトは日本、米国、ロシアそれぞれの政府の思惑が絡み、極めて政治色が濃い。

 G20サミット(20ヵ国・地域首脳会議)に合わせた日ロ首脳会談後、安倍晋三首相とプーチン大統領の前で署名式が行われたことがそれを物語っている。

 シェール革命の恩恵を受けた米国のトランプ政権は、世界のLNG市場で覇権を握ろうとしている。それに対抗するかのように、豊富な天然ガスの埋蔵量を誇るロシアは、アーク2をはじめとする北極圏のLNGプロジェクトで米国の同盟国に揺さぶりをかけている。

 アーク2にはすでにノバテクが6割、仏メジャーのトタールが1割、中国海洋石油集団(CNOOC)が1割、中国石油天然気集団(CNPC)の子会社が1割、それぞれ出資することが決まっていた。ノバテクは三井物産、三菱商事に出資を要請し、回答を待っていた。

 日本側にも思惑があった。6年以上の長期政権となり、後世に評価されるレガシーをつくりたい安倍晋三首相は、北方領土返還を含む日ロ平和条約の締結に向け、日本企業のアーク2への出資を交渉カードとして切る準備をしていた。だから三井物産と三菱商事の出資を“援護射撃”するかたちで、JOGMECはアーク2に出資を決めたのである。

 三井物産と三菱商事は事業性を見極めるだけでなく、政府の思惑も意識しなければならなかった。悩みに悩む三井物産、三菱商事の足下を見て、ノバテクはG20サミット(20ヵ国・地域首脳会議)が開かれる6月末を出資への回答期限とした。もともと出資に前向きだった三井物産は、それに応えた。三菱商事は引き続き、出資の検討を続ける模様だ。

 LNGプロジェクトは、数十年にわたって投資を回収する息の長い事業である。物産は大きなリスクを抱えながら、プロジェクトを完遂させていくことになる。このアーク2には、成否の鍵を握り、リスク要因ともなる、キーマンが存在する。

“黒い金庫番”は米国の制裁対象

 キーマンとなる男の名はゲンナジー・ティムチェンコ。プーチン大統領の“黒い金庫番”と呼ばれ、ロシアのクリミア半島併合をきっかけに始まった米国の経済制裁対象に指定されている。

 ティムチェンコ氏は急成長を遂げたノバテクを支えたとされ、ノバテクの株を23%超保有する大株主で、取締役も務めている。米経済誌フォーブスの19年の億万長者リストに名を連ね、保有資産は2.2兆円にも上る。

 ティムチェンコ氏とプーチン大統領の関係は、プーチン大統領がサンクトペテルブルク市長を務めていた1990年代から始まったとされる。ティムチェンコ氏はサンクトペテルブルクの柔道クラブを創設し、プーチン大統領はその柔道クラブの名誉総裁を務めている。

 ティムチェンコ氏は石油トレーダー業の発展に力を入れ、2000年に石油貿易会社のグンヴォルを設立。ロシア産原油の輸出を手掛け、世界第4位の石油トレーダーに成長した。ロシア国内の製油所やパイプラインの建設も引き受け、巨万の富を築いた。

 さらに2007年、ルクセンブルクに投資基金「ヴォルガ」を設立し、ノバテクに出資。ノバテクは北極圏のLNGプロジェクトで急成長を遂げた。

プーチンが退任すれば、キーマンの地位も危うい?

 グンヴォル、ノバテクの急成長の陰には、いずれもプーチン大統領の後押しがあったとされている。アーク2を含むノバテクが手掛ける北極圏のLNGプロジェクトは、ロシア政府の補助金や免税措置によって“げた”を履かされている。

 米政府はティムチェンコ氏がプーチン大統領の資金源になっていると断定し、民間人ながら制裁対象に加えたのである。

 権力闘争が激しいロシアでティムチェンコ氏の隆盛がいつまでも続くか見通せない上、プーチン大統領が退任すれば、ティムチェンコ氏の地位も危うくなる可能性は小さくない。業界関係者は「プーチンの後はプーチンとも言われるが、永遠には続かないはずだ。プーチンがいなくなれば、ノバテクは厳しい立場に追い込まれるに違いない」と指摘する。

 ロシア情勢に詳しい塩原俊彦・高知大学准教授は、三井物産がアーク2への出資を決めたことに対し、「米国の経済制裁対象になっている企業、あのティムチェンコが絡むプロジェクトによくもまあ、出資した。勇気ある行動」と皮肉る。

 物産がアーク2に出資するのは、米政府による経済制裁、ロシアの政策変更のリスクを負うことを意味するわけだ。

前のめりになる三井物産社長の思い

 三井物産にすれば、ノバテクもティムチェンコについても、大きなリスクがあるのは重々承知の上での判断だ。なぜ、そこまでしてアーク2に賭けたのか。

「サハリンで苦労した安永さんは、ロシアにはよほどの思い入れがある」と三井物産関係者は明かす。

 サハリンとは、ロシアの国営ガス会社であるガスプロムが極東で手掛け、物産も参画したLNGプロジェクト「サハリン2」を指す。安永社長は、このサハリン2の事業立ち上げや最終投資決定に携わっていた。

 2007年、パイプライン建設をめぐる環境問題をきっかけに、三井物産は上流権益をガスプロムに譲渡せざるを得なくなった。安永社長は当時、この対応にも当たっていて「非常に悔しがっていた」(物産関係者)。

 だからこそ、安永社長には前のめりになってでも、ロシアのプロジェクトを成功させたい思いがあるという。

 三井物産はこれまで世界のLNGビジネスを牽引してきた。アーク2に参画することはそのプレゼンスを示す絶好のチャンスでもあり、需要が縮小する日本以外でLNG市場を開拓する物産の戦略に合致する。

 物産関係者によれば、アーク2で生産されたLNGの多くは欧州市場に向かうとされ、物産が欧州にさらに食い込むきっかけになるという。

 トップ自らが賭けたプロジェクトは果たして吉と出るか、凶と出るか。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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