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スタートアップにおける特許リスクの現実

freee対マネーフォワード特許訴訟を振り返って

連載
知財で読み解くITビジネス by IPTech

スタートアップと知財の距離を近づける取り組みを特許庁とコラボしているASCIIでは、“ITにおける新ビジネスと知財”をテーマにした新連載を、Tech企業をIP(知的財産)で支援するIPTech特許業務法人と開始します。Techビジネスプレーヤーが知るべき知財のポイントをお届けします。

新しいIT技術の波と、スタートアップに広がる知財戦略

 近年のIT分野において、AI・IoTやブロックチェーンなど、新しい技術が続々と生み出されています。テック面だけでなく、サブスクリプション・SaaSなどビジネスモデルの観点からも流行の変化が激しく、新しいサービス・新しいスタートアップが雨後の筍のように生まれてきます。

 このようななかで、特許を取って自社サービス・独自技術を守るべしという考え方が、スタートアップの経営者にも広がっています。これは確実に良い方向性だと筆者は考えますが、では一体、スタートアップにとって「特許リスク」というのはどの程度のものなのでしょうか。

 今回から「知財で読み解くITビジネス」ということで知財ニュース解説のコラムを書いていきますが、上記の論点を考える上で欠かせないニュースが、freee対マネーフォワード(以下、MF)の特許訴訟です。もう2年前の事件ではありますが、日本では初めてのスタートアップ同士の特許訴訟という、エポックメーキングな出来事です。

 本コラムの第1回では、この事件について振り返りながら、スタートアップにおける特許リスクのリアルを考察できればと思います。なお、本稿で「知財リスク」ではなく「特許リスク」と表現しているのは、「特許」に話を絞るためです。商標などの特許以外の知財リスクは言うまでもなく、シード期から確実に存在しますのでご注意ください。

freee対MF訴訟の概要

 まずは簡単に訴訟の概要を振り返りましょう。

 freee社とMF社はクラウド会計サービスを提供する競合企業で、訴訟の対象となったのは「自動仕訳機能」です。具体的には、銀行やクレジットカードなどの取引履歴データを取り込むと、その情報から最適な勘定科目を自動で選択してくれる機能となっています。

 freee社はこの自動仕訳機能を2013年3月から提供しており、同時期に特許を出願して翌年に登録となっています。一方のMF社は2016年8月に自動仕訳機能をリリースしたのですが、そのわずか2ヵ月後の2016年10月にfreee社がMF社を特許権侵害訴訟で提起しました。

 訴訟自体は1年もかからないスピード決着で、2017年7月に特許権侵害を認めない旨、つまりMF社が勝訴した旨の判決が出て、翌月にはfreee社が控訴しないという判断を行ったため、MF社の勝訴が確定しました。

freee

 訴訟の争点となったのは自動仕訳に使用されるアルゴリズムです。freee社が訴訟に用いた特許はルールベースで勘定科目が選択されるという内容でした。一方でMF社が採用していたのは、特定のルールを設定することなく、機械学習により最適な勘定科目を選択するという、いわゆるAIを使用した自動仕訳でした。仕訳の結果は同じであっても、ルールベースによる特許をAI活用で回避できるのかという論点でしたが、結果としては非侵害という判断がなされました。

 IT業界の多くの方が気になるであろう「AI技術と特許」について考える上でも興味深い事例ではありますが、今回は冒頭で示した「スタートアップの特許リスク」の観点で話を続けたいと思います。

「会計ソフト業界の事業環境」から推測する、freee対MF特許訴訟の裏側

 今回の係争は「自動仕訳に関する特許を取ったら競合が同じような機能をリリースしてきた。自社製品の優位を保つために訴訟を起こしたが、特許権侵害が認められなかった」と、シンプルに捉えることもできます。

 しかし、「当時の会計ソフト業界の事業環境」を俯瞰してみると、この訴訟をちょっと違った角度から見ることができます。まずは2016年8月に公開された「会計ソフトの利用状況調査」の結果を見てみましょう。

 話をシンプルにするために法人・個人合計の結果に絞って見てみると「会計ソフトを利用しているユーザーは、全体の34.0%」しかおらず、さらに「クラウド会計ソフトを利用しているユーザーは、全体の4.4%」しかいないという結果になっています。

 本件訴訟では、Fintech・会計ソフト業界をけん引するスタートアップ2社による訴訟というようにニュースでは取り上げられましたが、実際は会計ソフト業界という点では弥生会計の一強であり、クラウド会計自体がまだまだシェアの少ない分野でした。

 freee社としては「仮に特許侵害が認められなくても、この訴訟でクラウド会計ソフトや同社サービスが話題になり、まだクラウド会計ソフトを利用していない大多数のユーザーに対してのアピールになればいい」と考えて訴訟を起こした可能性も考えられます。

MF社が特許係争を回避するためにできたことは?

 ここで、訴えた側のfreee社から訴えられた側のMF社に視点を移します。実はMF社は2017年9月にIPOを行なっており、freee社から訴えられた2016年10月はまさにIPOの準備をしている真っ最中であったと考えられます。

 本件は結果的にMF社の勝訴という結果になりましたが、訴えられたこと自体が事業リスクとみなされて市場の評価額が下がる可能性もあり、できる限り避けたい事態であったことは確かでしょう。では、この訴訟を回避するためにMF社ができることはあったのでしょうか。

 本件の場合、IPO直前という事業リスクの顕在化を抑えるべき状況を考えれば、MF社はfreee社の特許を事前に把握し、ほぼ確実に特許侵害に当たらないと判断した上で自動仕訳機能をリリースした可能性が高いと考えられます。

マネーフォワード

 その上で、MF社がほかにしておくべきだったことを考えると「freee社との交渉材料になる特許をあらかじめ取得しておくこと」だと筆者は考えています。(ちなみに、MF社は2016年10月時点で登録特許を1件も持っていませんでした)

 「どんな結果であろうと特許訴訟を仕掛けることが自社のメリットになる」と考えていた(かもしれない)freee社に対して、「訴えられた際、逆にMF社の特許で反撃される可能性が高い」という反撃材料を準備しておくことは、MF社にとってかなり有効なリスク対策となったはずです。

 米国まで話題を拡げると、実はあのFacebookもIPO直前にヤフーに特許訴訟を仕掛けられていました。しかし、Facebookは自社が保有していた特許でヤフーに対して逆提訴を行い、両社は訴訟の結果を待たずに和解する結果となりました。

特許は、スタートアップにとって「転ばぬ先の杖」である

 国内有数のスタートアップであるメルペイで知財担当を務める有定裕晶氏(株式会社メルカリ 知的財産チーム)は、特許活動を通じて「事業を“なめらかに”進めることができる」と語っています。

有定氏:「私ができるのは、メルペイで特許権という資産を構築すること。そして、他社の特許を侵害するリスクを事前に回避すること。この2つを実現できれば、メルペイで事業をなめらかに進められるだけでなく優位性も確保できるはず。そうすれば、今後新しい機能やサービスをリリースする際にも、なめらかに進められます。まさにメルペイらしい、なめらかな知財を……!」(https://mercan.mercari.com/articles/2019-01-09-113000/より引用)

 事業が“なめらかに進まない”状況とは、MF社の例でいえば「IPOの直前に特許侵害で訴えられて、評価額が下がる」とか、「新機能をリリースした直後に訴えられて、ユーザーに対してネガティブプロモーションになってしまう」といった状況であることがわかるでしょう。

 実際にスタートアップ企業が特許訴訟のターゲットになるのは、IPOの準備期間や、数十億の資金調達など、ある程度の成長を経た後のタイミングであろうと考えます。しかし特許は問題が起こる前にこそ準備しておくべき「転ばぬ先の杖」です。事業リスクを低減し“事業をなめらかに成長させる”ために「スタートアップこそ、早い段階から特許活動に力を入れるべき」と筆者は考えています。

特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」では、必ず知るべき各種基礎知識やお得な制度情報などの各種情報を発信している


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著者紹介:IPTech特許業務法人

著者近影 安高史朗

2018年設立。IT系/スタートアップに特化した新しい特許事務所。
(執筆:代表弁理士安高史朗)

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