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米中新冷戦はグローバル企業の「生産拠点回帰」を進めるか

2019年06月26日 06時00分更新

文● 河野龍太郎(ダイヤモンド・オンライン

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「米中新冷戦」はグローバル企業の“生産拠点回帰”を進めるか
Photo:PIXTA

東南アジアへの
生産拠点のシフトは進むか

 米中貿易戦争は、仮に双方が歩み寄りをみせても、それはあくまで一時的な休戦であって、20年、30年といった長期間にわたって継続すると考えられる。

 単に2020年の米国大統領選挙に向けた政治キャンペーンとしてだけでなく、国家資本主義として膨張を続ける中国の技術覇権、経済覇権を封じ込めるために、米国は執拗な攻撃を続けるのだろう。

 それは、仮に政権が共和党から民主党に代わっても、基本的には変わらないと思われる。

 このことはグローバル企業の生産拠点の展開などにも大きな影響をもたらし、グローバリゼーションの形を変える可能性がある。

 米中の貿易紛争が早期に解決すれば、今後も「世界の工場」である中国で、今まで通りの生産活動を拡大できると考えていたグローバル企業の経営者も少なくなかったはずだ。

 しかし、第3弾の対中貿易制裁関税が課され、その後、中国が直ちに報復措置を発表、それに対してトランプ大統領は第4弾の制裁を表明している。

 これを見て、多くの経営者は、今後、米中がなんらかの合意に至ることがあっても、それが将来、再び覆されるリスクがあることを認識したと思われる。

 つまり、中国で生産を行うグローバル企業は、中国での生産継続を躊躇するようになるだろう。

 それでは、グローバル企業は生産拠点を何処にシフトさせるのか。

 多くの人が考えているのは、中国から東南アジアやインドなど比較的、賃金の安い国に生産拠点をシフトさせることだろう。

 ただ、東南アジアへの生産拠点のシフトは、2009年前後に中国が「ルイスの転換点」を迎え、賃金の高騰が始まった頃から、安い労働力を求めてすでに始まっていた。

 その結果、東南アジアでも、人件費の高騰が始まり、生産拠点のシフトは一巡していた。

 今後、東南アジアの中でも、人件費のさらに安い低開発国への生産拠点のシフトが進むのだろうか。

 低開発国でも、いずれ農村の余剰労働力が吸収され、賃金が高騰するだけのようにも思われる。グローバル企業は再び賃金の安い国を探さなければならなくなるだろう。

 もし米中貿易戦争の原因が、国家体制やイデオロギーの問題に限られるなら、そうしたシナリオを検討するだけで十分かもしれない。

 その場合、米国にとって問題なのは、国家資本主義体制を取る中国からの輸入が拡大することであり、米国の安全保障上、脅威とはならない途上国からの輸入が増えるのは、政治的に問題とはならない、ということになる。

 しかし、トランプ大統領が誕生した背景を考えると、事はそう簡単ではない。

中間層の支持を意識
新たな制裁関税の可能性

 トランプ大統領は、中間層から転げ落ちたと悲憤を感じる人々からの強い支持を受けて誕生した。

 米国内では、情報通信革命の進展によって、オフショアリングなど労働節約的なイノベーションが進み、中間的な賃金を提供する仕事が減り、高い賃金の仕事と低い賃金の仕事に二極化している。

 その結果、中間層が瓦解、これに伴い中道左派、中道右派などの政治勢力が弱体化し、その間隙を縫って、躍進したのがトランプ大統領なのである。

 二極化を引き起こしている主因が貿易ではなく、情報通信革命だったとしても、政治的には、貿易赤字問題を前面に出すほうがアピールしやすい。

 2国間の貿易赤字を「勝ち負け」の問題だと訴え、製造業などの国内回帰を求めるのはそのためであり、トランプ大統領にしてみれば、中国からの輸入は減っても、東南アジアなどで組み立てられた製品の輸入が増えるのであれば、今度は、東南アジアからの輸入製品を対象に再び高関税を課すことになるのではないのか。

 実際、貿易戦争が激化した後、一部の企業が労働集約的な工程を東南アジアにシフトする動きもみられた。

 しかし5月に入って、米商務省は通貨安誘導をする国への相殺関税を検討すると発表、財務省も為替操作国の認定基準を変更して監視リスト掲載国を増やすなど、中国以外の国の対米黒字にも警鐘を鳴らしている。

 こうした動きをみれば、グローバル企業が東南アジアに生産拠点を積極的にシフトさせる可能性は小さいと思われる。

グローバル企業は
「地産地消」的な経営に

 それでは生産拠点はどこに向かうのか。多くのグローバル企業は、「地産地消」的な戦略を取るのではないだろうか。

 つまり、米国で売るものは米国で生産する。欧州で売るものは欧州で生産する。日本で売るものは日本で生産する。そして中国で売るものは中国で生産する。こうした新たなオペレーションを目指す可能性が高い。

 ただこうした「地産地消」的な戦略が選択されるのは、米中の貿易戦争や米中対立の長期化だけが原因ではないことにも留意が必要だ。

 多くの人には、政治的な制約によって、グローバル企業がグローバルな最適地生産の放棄を余儀なくされるように見えるかもしれない。

 しかし、筆者は、2010年代後半に始まった新たなイノベーションが「地産地消」を最適戦略としていると考えている。

 その核になるのは、ロボティクスやAIによって、各国で無人の工場が増えることだ。

 もちろん、集積の問題もあるため、小さなマーケットで無人工場が大々的に建設されるわけではない。米国や欧州、中国などの大きなマーケットで、その地域や国に合った商品やサービスの研究・開発が進められ、無人化された工場で生産は行われるのである。

 筆者は、今回の貿易戦争を契機にした大きな貿易構造の変化が、後に確認される可能性があると考えている。

 それは、いわば第2次グローバリゼーションから「第3次グローバリゼーション」への転換だというのが、筆者の仮説である。

「無人化工場」を
母国や域内に展開

 貿易論の大家であるリチャード・ボールドウィン教授が論じる通り、第1次グローバリゼーションが始まったのは、19世紀初頭に、蒸気機関の実用化が広がったためだった。

 蒸気機関車や蒸気船の広範囲な実用化で、モノを運ぶコストが劇的に低下し、生産地と消費地を結びつけることが可能になった。それ以前は、モノを運ぶことが容易ではなかったため、消費する場所で生産を行わなければならず、それが工業化への大きな制約となっていた。

 モノの移動コストが大きく低下したお陰で、1ヵ所で生産の集中が可能となり、イノベーションが進み、生産性が上昇することで、さらなる集積が進んだ。

 英国で工業化が始まり、フランス、ドイツ、オランダ、アメリカなどが続き、やや遅れて日本も加わった。

 19世紀初頭以降の工業化の後、G7が大量の工業製品を生産し、輸出する第1次グローバリゼーションの時代が170年あまりにわたって続いたのだ。

 そして1990年代後半に、第2次グローバリゼーションの時代が訪れる。

 情報通信革命によって国境を超えた生産管理が可能となったため、先進国の企業は、自らが持つ生産ノウハウと新興国の安価な労働力を組み合わせ、オフショアリングを進めた。

 今度は、知識の移動が可能となったのである。

 その結果、2000年代以前は工業国といえば先進国を意味していたが、2000年代以降は工業化した新興国のことを示すようになる。そして2000年代終盤には、中国が「世界の工場」と呼ばれるようになった。

 グローバル企業が自国や先進国に生産拠点をシフトさせるとなると、第1次グローバリゼーションに“先祖返り”するかのように見えるかもしれない。しかし、内実は異なるのだ。

 2010年代後半に入って新たなイノベーションが生じ、ロボティクスやアルゴリズム、ソフトウェアを駆使することで、多くの生産工程で、労働力そのものが不要となっている。

 このため、製造業は人件費のさらに安い途上国に生産拠点をシフトするのではなく、母国に無人工場を建設する動きが始まっている。

 労働集約的な生産工程そのものが存在しなくなるのだから、もはや人件費の安い途上国を追い求める必要はない。

 それでも人件費の安い国に向かうのは、マシンより人手を使った方が安上がりな分野である。そうした分野の一部は、すでに2009年前後に中国の人件費が高騰した際、シフトが始まっていた。

イノベーションが進める
「第3次グローバリゼーション」

 新たなイノベーションの影響は生産拠点だけにはとどまらない。

 製造業で人件費などのコストがかかるのは、非製造業と同様、本社のオフィス業務である。

 しかし、アルゴリズムやソフトウェアは、生産工程だけでなく、計画立案や報告書作成、管理などの本社業務も早晩代替する。むしろ生産工程に付随するオフィス業務のコスト低下が、新興国から先進国への生産拠点の回帰を促すのかもしれない。

 こうした新たなイノベーションが胎動し始めたところに、今回の米中の貿易戦争、さらには覇権争いが始まったということだ。

 ただ、先進国で、グローバル企業が単に生産拠点をそれぞれの自国に回帰させるだけで、自国からの米国向け輸出を増やすのなら、日米間、欧米間で貿易摩擦が深刻化する。

 マシンやアルゴリズム、ソフトウェアの代替で人手を使わないのなら、工場を日本に置いても、米国に置いても、欧州に置いても、さして変わりはないはずである。

 むしろ最終消費地で、無人化された拠点で生産をし、さらに研究開発を行うことが、プロダクト・イノベーションには効果的である。

 今後、「地産地消」の動きが先進各国の製造業で広がってくる。これが2010年代後半から始まった「第3次グローバリゼーション」の1つの姿である。

 新興国における既存工場の大きなサンクコストが存在するため、筆者は当初、変化はゆっくり進むのだと考えていた。しかし、トランプ大統領によって、グローバル企業は強く背中を押され、米国や本国に生産拠点をシフトし、「第3次グローバリゼーション」が加速すると思われる。

 ただ、留意すべきは、米国や先進国で生産が増えるとしても、無人化された工場での生産であり、これまでのように比較的高い賃金が提供される生産工程は戻らず、中間層の復活につながるわけではない。

 所得が増えるのは、やはり資本の出し手やアイデアの出し手であって、高い賃金の仕事と低い賃金への二極化がますます進む。

 結局、所得の二極化を引き起こしている主因は貿易ではなく、イノベーションということなのだが、事態が改善しないため、ますます人々は「反グローバリゼーション」に傾いていくのだと思われる。

(BNPパリバ証券チーフエコノミスト 河野龍太郎)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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