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久保建英レアル移籍の真実、FC東京社長が明かす「入団時の約束」

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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久保建英
レアル・マドリードへの電撃移籍を発表した久保建英。その舞台裏では何があったのか Photo:JIJI

歴代で2番目の若さとなる、18歳5日でフル代表デビューを果たしたわずか5日後の今月14日に、世界一のビッグクラブ、レアル・マドリード(スペイン)への完全移籍を電撃的に発表。日本のファンやサポーターだけでなく世界中を仰天させた久保建英は、南米ブラジルで開催中のコパ・アメリカでも各国のメディアから熱い視線を注がれている。森保ジャパンでデビューした時は無所属状態となっていた舞台裏や、下部組織時代を過ごした古巣FCバルセロナの宿命のライバルを新天地に選んだ理由を、FC東京時代に久保が残してきた語録などを基に探った。(ノンフィクションライター 藤江直人)

「18歳の誕生日まで」に
こだわってFC東京と契約していた

 Jリーガーと所属クラブとの契約は、例えば単年契約ならば2月1日から翌年の1月31日まで、となる形がほとんどを占める。春に幕を開け、J1ならば12月の第1土曜日で閉幕するシーズンに合わせたもので、クラブ側は原則として11月30日までに契約を更新するか否かを選手側に告げる。

 中には6月30日までの契約として、7月1日から契約をスタートさせることが多いヨーロッパのクラブへの移籍へ向けて、交渉がしやすい状況を望むJリーガーもいた。こうした観点に立てば、FC東京と2019年6月4日までの契約を結んでいた久保建英のケースは異例といっていい。

 つまり、歴代2位の若さとなる18歳5日で森保一監督率いるフル代表でデビューし、及第点のパフォーマンスを披露した今月9日のエルサルバドル代表戦が行われた時点では、所属クラブなしの状態で試合会場のひとめぼれスタジアム宮城のピッチに立っていたことになる。

 一見して中途半端に映る形の契約をした理由は、今年の6月4日が久保の18度目の誕生日だったからに他ならない。18歳になれば国際移籍が解禁となる点に、久保本人が強いこだわりを持ち続けていたと、FC東京の大金直輝代表取締役社長は契約の舞台裏を説明する。

「中学2年生だった(久保)建英がFC東京の下部組織に加入した時から、18歳の誕生日まで、というのが約束事でした。当時はアマチュアでしたが、プロ契約を結んだ時も18歳になるまで、と。本人に聞いてみないと分からない部分はありますが、例えばFC東京以外のJクラブに入っていたとしても、この条件がセットだったのではないか、と思っています」

 14歳の誕生日を迎える直前の2015年5月に、久保はFC東京の下部組織となる中学生年代のFC東京U-15むさしに加入。翌2016年には中学3年生にして高校生年代のFC東京U-18に昇格し、さらには高校1年生だった2017年11月1日にプロ契約を結んだ。

 久保はこの時から、FC東京とのプロ契約を「2019年6月4日」をもって満了とする形を譲らなかったという。幾度となく契約を延長するタイミングはあっても、実際に実現しなかったのは、久保がFC東京の下部組織に加入するに至った経緯と密接にリンクしている。

 川崎フロンターレの下部組織、小学生年代の川崎フロンターレU-12に所属していた久保は、スペインの名門FCバルセロナの下部組織の入団テストに合格。10歳だった2011年8月に海を渡り、年齢ごとに分けられたチームでも活躍を演じて将来を嘱望されていた。

 順風満帆だった軌跡は、2013年の秋ごろから急停止を余儀なくされる。国際移籍で原則禁止されている18歳未満の外国籍選手を獲得・登録していたとして、久保を含めた複数の下部組織所属選手が、国際サッカー連盟(FIFA)から公式戦に出場できないペナルティーを科されてしまったからだ。

 1年半ほどは静観して状況の推移を見守ってきたが、ペナルティが解除される見込みはなかった。このままではサッカー人生にむしろマイナスになる、と判断したのだろう。無念の思いを胸中に抱きながら、2015年3月に帰国する道を選んでいる。

 そして、1ヵ月半ほどの時間をおいて、FC東京U-15むさしへの加入が決まった。この間には恐らく他のJクラブとも交渉の場を持ったはずだが、スペイン語をほぼ完璧にマスターしていた久保が抱いていた、ヨーロッパでプレーすることへの憧憬の思いは一貫して変わらなかった。

「自分が成長し続けるために大切なのは、やっぱり気持ちだと思っています。具体的には貪欲さというか、上にはさらに上がいるということ。まだまだ自分は下にいるので、どんどん追い越せていけるように、という気持ちを抱きながら毎日を過ごしています」

 多感な十代を過ごしながら、久保はこんな言葉を残したことがある。プロ契約に伴って都内の全日制高校から通信制高校に転校。午前中に行われるトップチームの練習に参加できる状況を整えた一方で、比較的自由にできる時間が生まれたことに対してはこう言及したこともある。

「自分はスペインに行っていたので、語学の大切さは分かっています。どうにかして他の言語もマスターしたい、という思いはあります。模範的な答えになっちゃうんですけど、やっぱり英語ですよね。サッカーはどこの国に行っても、英語をしゃべれる人が多いと思うので」

 こうした考え方を見ても視線を常に海外、特にヨーロッパへ向けていたことが分かる。Jリーグがシーズンオフになると毎年のようにバルセロナを訪れ、かつて切磋琢磨してきた下部組織の仲間たちと旧交を温めてきた。久保の才能を認めるバルセロナもまた、日本での動向を注視していた。

FC東京・大金社長はラブコールも
「無所属」になる覚悟で契約満了へ

 そして、久保がこだわり続けた18歳の誕生日が近づいてきた。今シーズンの始動を前に期限付き移籍していた横浜F・マリノスから復帰した久保は、試合を重ねるごとに稀有な潜在能力を開花。群を抜くパフォーマンスを演じ続け、J1の首位を独走するFC東京の原動力になってきた。

 タイミングを見ながら、大金社長は「FC東京に残って、一緒に戦ってほしい」とラブコールを送ってきた。もちろん契約を延長して、FC東京がまだ見ぬリーグ戦のタイトル獲得に貢献したいという思いも久保にあった。来夏の東京五輪を経て、満を持してヨーロッパへ、という道もあっただろう。

 それでも最終的にはすべての思いを封印した。結果的にFC東京における最後の試合となった、6月1日の大分トリニータ戦で決めた2ゴールを置き土産にして、久保は翌2日から森保ジャパンに合流。誕生日であり、FC東京との契約も満了する4日の取材対応ではこんな言葉を残している。

「ひとつ年を取った、という言い方は変ですけど、これからはジュニアと書かれることはなくなりますし、世界でも18歳はもう若くはない、みたいな感じになってきている。18歳でも試合に出る選手は出ますし、だからと言って22、23歳になった時に約束されていることは何もないので」

 今になって振り返れば、無所属になる状況を覚悟の上で、それでも後ろを振り向くことなく前へ進んで行くと、腹をくくっているようにも聞こえる。実際、取材を介して書き留めてきた久保の語録をあらためて読み返してみると、Jリーガーになって間もない頃にはこんな言葉を残していた。

「ずっとサッカーをやってきた姿勢がプロになったからとか、ある程度成功したからといって変わってしまえば、今までの成長スピードも落ちてしまうんじゃないか。そう考えただけで怖くなりますけど、だからこそ楽しくサッカーができているうちはどんどん上へあがっていける、と思っています。そういう状態ができるだけ長くというか、いつまでも続いてほしいというのはありますけど、身体的にもそういうことがあるかもしれないので、今はサッカーができる喜びをかみしめながら、1日1日を、目の前の試合を大切にできればと思っています」

 ここで久保が言及した「身体的にもそういうこと」とは、不慮のアクシデントで大けがに見舞われることを指す。もちろん、けがを恐れていてはベストのプレーはできない。一方で数秒先に何が起こるかも、誰にも分からない。刹那を生きている、という覚悟が高校生とは思えない言葉から伝わってくる。

レアルでは「Bチーム」からスタート
1~2年の結果で先の道は決まる

 プロサッカー選手の“旬”は、決して長いとは言えない。だからこそ、目の前に開けたチャンスを逃したくない、という思いが上回ったのは必然だった。18歳が近づいてきた久保の元へは、古巣となるバルセロナを含めて、ヨーロッパのビッグクラブからオファーが届き始めていた。

 しかし、バルセロナが示した条件は年俸25万ユーロ(約3000万円)で、なおかつ将来へ向けた武者修行として3部相当のリーグを戦うセカンドチーム、バルセロナBでプレーすることを2年間求めたとされている。久保側が難色を示したのは年俸面よりも、武者修行の期間だった。

 フランスの名門パリ・サンジェルマン、ドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンとともにオファーを出し、最終的に久保を射止めたレアル・マドリードは5年契約で、120万ユーロ(約1億4600万円)とも200万ユーロ(約2億4400万円)ともいわれる年俸を提示した。

 もちろん、世界中から超一流選手が集まることから「銀河系軍団」と畏怖されたレアル・マドリードで、1年目から居場所を築くのは極めて難しい。レアルでも3部相当のリーグに所属するBチーム、レアル・マドリード・カスティージャから久保は新たなキャリアをスタートさせる。

 ただ、レアル側はカスティージャでの武者修行を1年としたという。もちろん絶対的な約束ではないし、何の保証もされていない。カスティージャには毎年のように世界中から金の卵が集結してくるが、1年ないし2年で結果を残せなければ、他のクラブへ期限付き移籍するケースが多い。

 新天地で周囲を納得させる結果を残し、レアル・マドリードのトップチームへ復帰するケースも極めて限られてくる。表現は悪くなるが、十代の若手を獲得するのはレアル・マドリードにとって投資であり、カスティージャから先の道を切り開けるかどうかは最終的には選手自身にかかってくる。

 ましてや、無所属になっていた久保には違約金が発生していない。例えば久保と同じ2001年生まれの18歳で、ブラジルのサントスFCから6年契約で加入したFWロドリゴ・ゴエスには、実に4500万ユーロ(約55億円)もの違約金をレアル・マドリードが支払っている。

 ビジネスの視点で見れば、巨額な違約金を回収するさまざまな手段が講じられるだろう。試合での起用も優先されるかもしれない。しかし、弱肉強食の掟にさらに拍車がかかるサバイバルの舞台を、久保は自ら望んで選んだ。実力ではい上がってみせる、という覚悟と決意が伝わってくる。

「現時点で他の同年代の選手たちよりも、自分は半歩ぐらい前に出られているのかなと思う。ただ、スタートが早いだけではなくて、失速することなく、このままどんどん上へ行きたい」

 FC東京のトップチームでプレーし始めた頃に、久保はこんな言葉を残している。成長スピードを可能な限り加速させた先にたどり着く、自分自身の姿を「サッカー選手として大きな存在でありたい」と表現したこともある。

「久保選手を見てサッカーを始めましたと言ってもらえるような選手に、より大きな影響を周囲に与えられるような選手に、ひと言で表現すれば『すごい選手』になることが僕の目標です」

 レアル・マドリードから違約金が支払われないことを承知の上で、FC東京側も最終的には「今以上に成長して、世界を代表する選手になって日本サッカー界をけん引してほしい」と快く久保を送り出した。感謝の思いを、久保はFC東京を通じて発表したコメントに凝縮させている。

「自分で決めた以上は悔いのないよう、責任を持ってしっかりサッカーと向き合いたい。(中略)これから先は何が起こるか分かりませんし、不安も少なからずありますが、FC東京で培ってきたもの、そして歩んできた日々が自分の自信となり、背中を押してくれると信じています」

 森保ジャパンの一員として臨んでいる、南米ブラジルで開催中のコパ・アメリカでの戦いが終わるとともに、久保はモードを新天地へと切り替える。首位を独走するFC東京を、シーズン途中で離れる断腸の思いを前に進む力へ変えて、壮大な夢をつかみ取るための一世一代の挑戦が幕を開ける。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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