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群雄割拠の社内チャットを統一したgumiのCTOが語るSlack導入秘話

2019年07月22日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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 モバイルやVRのゲームを手がけるgumi。Slackのユーザーイベントである「Why Slack?」に登壇した幾田雅仁氏は2012年にgumiに入社し、2016年にCTOに就任。開発環境と社内ツール全般の導入を手がけており、2013年にアトラシアンのHipchat、2017年にSlack Plusの導入を主導。2019年には2年越しでSlack Enterprise Gridを導入し、社内でのSlack活用を模索している最中だという。今回は社内メールからスタートし、Hipchatを経て、Slackにたどり着いた同社が、メッセージング環境の改善、Slack導入前の準備と導入後の改善ヒントなどを披露した。

Why Slack?に登壇したgumi CTO 幾田雅仁氏

Skype、Yammer、Chatwork、WhatsApp、LINEなどが乱立

 幾田氏が入社した2012年頃、社内公式のメッセージツールはGmailだけだった。しかし、メールだけでは業務が円滑に進まなかったため、Skype、Yammer、Chatwork、WhatsApp、LINEなど、支社や拠点、部、プロジェクトチームごとに異なるツールを導入していた。「ちょうど当時はビジネスの拡大期で、そもそも情シスがなかった。そのため、部長やプロダクトリーダーが管理者になっており、情報セキュリティのリテラシに個人差があった」(幾田氏)。そのため、入退職時にアカウントの作成や削除を忘れてしまったり、情報の公開・非公開設定が適切でなかったため、セキュリティが十分に担保されていなかった。当然、利用するツールを統合して、情シスがツールを統一しようという話になったという。

 その結果、採用されたのがアトラシアンの「Hipchat」だった。G-Suiteをベースにしたユーザー管理が可能なこと、外国人従業員が多いため英語対応が充実していること、JIRAやConfluenceなどのアトラシアン製品との連携ができること、通知やボットなどChatBotが可能なことなども重要な採用理由だったが、「ボットが作り放題で1人2ドル/月という、とにかく驚きの安さだった。開発者にとっては最高のツールだった」というのも大きかった。

さまざまな理由でアトラシアンのHipchatを採用

 Hipchatはその後、6年間の長きにわたって社内の公式ツールとしてヘビーに利用されてきた。しかし、Hipchatはよく言えばシンプルで、悪く言えばUIが機能的に貧弱だった。「開発者以外はボットが作れないので、拡張ができなかった。非エンジニアには耐えがたい状態だったと思う」(幾田氏)とのことで、結局現場ではSkypeやChatwork、WhatsApp、LINEなどがなくならず、さらに個人SNSのFacebook Messengerまで増えてしまった。

 これはまずいということで、2016年にCTOになった幾田氏は、情シスとともにシャドウITを強引につぶすか、不満解消が可能なツールを導入するかを検討し始めた。もちろん、チョイスは後者。「利用の規制をかけても闇に潜っていくだけなので、結局用途にあわせてよいモノを使えるよう、社内のルールを整備してしまおうということになった」(幾田氏)という経緯で、チームツールと社内公式ツールの要件を検討し始めたという。これが2018年のことだ。

Hipchat以外の野良ツールが増えてしまった

社内公式ツールとしてSlackを選んだ背景

 まずチームごとに使うツールの要件としては、「SAML認証が可能なこと」を定めた。該当するのがHipChat、G-Suite、Chatworkだったので、これを利用可能なツールとして告知し、取引先との利用に限ること、事故への注意喚起などを行なった。

 続いて、社内統一のツールの要件を考えた結果、①英語のみならずフランス語や中国語まで含めた言語対応、②エンジニア以外でも他システムとの連携をしやすいこと、③さまざまな運用ルールに対応する管理機能、④ツール本体の改善が活発であることなどが決められた。こうした要件を受けて、社内の利用実態を調査したところ、有力候補に挙がってきたのがSlackだったという。

 結果的にSlackの導入に舵を切ったgumi。スケジュール的にはかなり余裕を持っていたが、アトラシアンからなんとHipchatが2019年2月15日にサービス終了される旨が告知された。「これでSlackに全面移行すべく、腹をくくることができた。努力目標が必達目標に変わってしまった(笑)」(幾田氏)とのことで、2月15日を最終ゴールに逆算して全体スケジュールを引き直したという。

Slackに舵を切ったが、なんとHipchatが終了するためおしりが設けられてしまった

 HipchatとSlackの併用期間を2週間設け、ChatOpsでの連携システムの調整に1ヶ月をとった。「ゲームのプロジェクトでのビルド指示や、KPIを変動したら通知するなどチャットボットをいろいろ組んでいましたが、おおむね複数のチャットフレームワークに対応できるようボットを組んでいたので、HipchatからSlackへの移行は1ヶ月でできるだろうと踏んだ」(幾田氏)。

 また、Hipchatの6年分の過去ログの移行に2ヶ月、2018年末には社内のインフルエンサーへの根回しを組み込んだ。そして、Slackのトレーニングや運用設計、全体告知などもあわせて移行はおおむね4ヶ月を見込んだ。以降、幾田氏はこの中で特に苦労した2つのトピックを披露した。

インフルエンサーの意見を聞き、丁寧に説得する

 最初に披露したのが、インフルエンサーの意見交換会について。ここで言うインフルエンサーとは、社内で発言権のあるユーザーやヘビーに開発を行なっているユーザーを指しており、事前に根回しをしておくことで援軍を増やしていく狙いがあったという。

 調べてみると、まず「今のツールが慣れている」という声はChatwork、Skype、その他含めて幅広く分布していたが、比較検討した結果として今のツールがよいと判断しているインフルエンサーはChatworkに固まっていたという。「むしろChatworkに統一すべき」という意見や、取引先からChatworkやSkypeを指定されているので使わせてほしいという声もあり、幾田氏のチームはそれぞれの声に対して個別の返答を用意することにしたという。

インフルエンサーと個別に意見交換した

 まず「今のツールが慣れている」という声に対しては「トレーニングを提供します」、「特定の機能が優れている」という声には「Slackで実現できるか調べます」という回答を用意した。「個別の機能にこだわり、Slack導入で得られるほかのメリットすべてを捨ててしまわないように気をつけて話しました」(幾田氏)。

 また、「価格より使い勝手を優先すべき」という声に対しては、過去のHipchat導入の件に関してきちんとお詫びしたという。「過去のことをなかったことにして、新しいことをやろうとしてもなかなか受け入れられない。ですから、そこに対しては謝罪して、誠意を見せ、その上でSlackを使ってもらえないかとお願いした」(幾田氏)。さらに「他ツールを推す層」に対しては多くの職種で業務効率が上がるという点をユースケースを交えて説明し、「国外に教育を提供すべし」という声に対しては自助努力でさまざまな課題解決につなげられるSlackのコンテンツの多さをアピールした。

 そして、取引先にチャットツールを指定されているプロジェクトに向けては、ユーザーをしぼってChatWorkだけ許可。逆にそれ以外のチャットツールの利用に関しては、内部通報案件ということで妥協しなかった。「WhatsAppやFacebook Messenger、LINEはわれわれがセキュリティを担保できないのに加え、ビジネスチャットではないので機能不足。業務効率が著しく落ちるので、これだけは絶対に容認できないとお伝えした」(幾田氏)。結果として、内部的な軋轢が発生したこともあったが、Slack Japanの協力を受けながら、社内のインフルエンサーに丁寧に説明を続け、Slack採用にまでこぎ着けた。

 こうしてSlack本格導入に舵を切ったgumiだが、導入前にきちんとルールを定めた。「Slackって楽しいイメージがありますが、きちんとルールを決めました。嫌われがちなルールですが、あとの快適さを保つために必要なもの。導入前に絶対に決めておかなければなりません」と幾田氏は主張する。

快適さを保つために重要なルール

 たとえば、ワークスペースは1組織1つに限定。チャンネル名には接頭辞にプロジェクトを必ず付けることにし、いわゆる社内の「チャンネル警察」がルール違反の名前を変更するという。ユーザー名は本名で漢字とアルファベットで表記し、ハンドル名はNGだ。「名前にルールがあると検索の際の効率が上がります。外部の人を招く場合には接頭辞を付けておくと、発言に気をつけるようになる」と幾田氏は語る。

 また、シャドウITを抑制すべく、公式の雑談チャンネルを設けたり、デフォルトチャンネルを制限して、通知を減らすといった工夫も行なわれている。インテグレーションに関しても、似たようなアプリの重複を避けるため、承認ルールを設けた。ルールと言うより、まさに快適に使うための「仕掛け」と言える。

 こうしてHipchatがサービスを終了し、G SuiteとともにSlackがgumiの公式ツールとなったが、「導入した後は、社内から感謝の言葉をいただくようになりました」(幾田氏)という。非エンジニアが簡単に機能を拡張できるようになり、IT部門が主導せずとも、現場で業務改善が行なわれるようになった。「人事部がピアボーナスを導入するときや、総務部が来客受付を効率化するときにSlackを使ってくれた。今までいろいろなツールを導入してきたが、導入を主導した人以外から『ありがとうございます』と言われたのは初めての経験」と幾田氏は語る。

社内から感謝の声が挙がった(他のツールではなかった)

Slack導入後もルールは改善し続け、新機能に追従する

 とはいえ、3ヶ月運用した結果、「本当に使いこなしているのか?」という疑問も出てきたという。たとえば、ワークスペースを1法人で1つに制限したことで、結果的にプライベートチャンネルが増加し、社員の情報取得が受け身になっていたという。そのため、管理負荷が増加しないように気をつけながら、ワークスペースを増やすことを検討している。「ワークスペース単位で情報が守られるので、パブリックチャンネルを増やして、社員が情報を自ら取りに行く意識が出てくるのではないかと思っている」と幾田氏は語る。

 また、Slack自体の機能強化も非常に速いので、有益な機能をいち早く取り込むために、ルールも追従させる必要があるという。「導入して終わりではないという点がポイント。つねに使い方を工夫し続ける必要があるということを、強くお伝えしたい」と幾田氏は語る。

 まとめとして幾田氏は、「インフルエンサーを味方につける」、「快適性を保つためのルールを作る」という導入前の準備を徹底する必要性をアピール。そして、導入後もルールを改善し続け、Slackの新機能に追従し続けようと語って、セッションを終えた。ツールへのこだわりの強さは時に組織に軋轢を生む。そんな相手に対しても、粘り強く、真摯に語りかけることで、Slackへの移行を無事完了させたCTO幾田氏の姿勢が印象的な事例だった。

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