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Photo:DOL |
筆記具大手のぺんてるの株式を文具最大手コクヨが間接的に取得したことで、ファンド業界が騒然としている。というのも、ファンドを介したその取得方法が“御法度”に近いためだ。しかもそのファンドに、政府系金融機関である政策投資銀行が資金を出していることも波紋を広げている。(ダイヤモンド編集部編集委員 田島靖久、ジャーナリスト 滋賀利雅)
ぺんてる株の取得方法に
ファンド業界から異論噴出
「違法ではないかもしれないが、信義に反するし、プロとしてやるべきことではない。ブーイングが出てもおかしくない反則すれすれのプレーで、彼らは業界で二度と仕事ができなくなるのではないか」
外資系大手のプライベートエクイティ(PE)ファンドの幹部は、このように語った上で次のように続ける。
「しかも事が重大なのは、このファンドに政府系金融機関である政策投資銀行(DBJ)の資金が入っていること。政府に近いファンドがやったというのは、大きな問題に発展する可能性もあり、由々しき事態だ」
この幹部がこのように指摘するのは、5月10日に文具最大手のコクヨが、「間接的に」筆記具大手ぺんてるの株式37.45%を取得したことだ。これを受けて、経済紙は「業界再編」との見出しで大きく報じた。
しかしPEファンド業界では、今回のディールは業界再編よりも、法規制の盲点を突いた“寝技行為”なのではないかということの方が話題となっているのだ。
譲渡制限がついていたため
投資組合をまるごと売却の荒技
一体、何が問題なのか。そこで、今回のディールを簡単に振り返っておこう。
コクヨは、「当社は2019年5月10日に、株式会社マーキュリアインベストメントが 管理・運営するPI投資事業有限責任組合の有限責任組合員としての持分すべてを取得することを取締役会で決議いたしました」としている。
これに対し売却する側のマーキュリアは、「株式会社マーキュリアインベストメントが管理・運営し、ぺんてる 株式会社へ出資する PI投資事業有限責任組合にコクヨ株式会社が参画(本組合持分の取得をいいます。)することをお知らせ致します」としている(いずれもプレスリリースより)。
つまり、マーキュリアはぺんてる株を保有する「投資組合」を売却、コクヨからすると、「投資組合」そのものを取得することで、同組合が保有するぺんてる株を「間接的」にコントロールすることになったわけだ。
これを受けて5月中旬、コクヨの黒田章裕会長は、関西経済同友会代表幹事を退任するにあたって、今回のぺんてる株の間接保有について、「(息子の)英邦社長がいい買い物をした」と称賛する趣旨の発言をしている。
だが、なぜこのような複雑なスキームを採ったのか。その鍵は、ぺんてるが未上場会社であり、同社の定款に「株式譲渡に関しては、取締役会の承認を得なければならない」と記されていることにある。
つまり、ぺんてる株は「譲渡制限」がついた株式だった。
ぺんてる株は、ファンド(投資組合)が直接保有しているわけではなく、その下にぶら下がるいくつかの“子ファンド”が保有している。しかし、この株は譲渡制限がついており、取締役会の承認がなければ売買できない。
そこでコクヨは、投資組合を“まるごと”買うことでその点をクリア。ぺんてるの取締役会の承認を得ることなく株式を取得し、筆頭株主となれたわけだ。
コクヨ側が「間接的」と言っているのも、冒頭のPEファンド幹部が「反則すれすれの寝技」と言うのも、そうした理由からだ。
これに対しマーキュリア関係者は、「ぺんてるとコクヨとは補完的な関係でシナジーがある。だからマーキュリアとしては今後もこのアライアンスに関わっていくため、売りっぱなしではなくゼネラルパートナーとして残る。ただ、ぺんてる株に譲渡制限がついていたため、仕方がなくこうしたスキームを採らざるを得なかった」と主張する。
中長期的なファンドが変心
「高い売却益が目的か」の声も
そもそも、図らずも今回、“主役”の1人になったマーキュリアのようなPEファンドは、わずか数パーセントの株式しか取得していないのに、株主提案という形で増配などを求める「物言う株主」とは異なる。
発行済み株式の過半数を握らないとしても、筆頭株主となって経営を主導、3~5年といった比較的長いスパンで経営改革を断行し、企業価値を向上させて別の株主に譲渡・売却するのが通常だ。
事実、マーキュリアも、2007年にライフネット生命に投資、5年後の12年に上場という形でエグジット(売却)している。食品やサプリメント、化粧品などの製造販売を手掛けるSonokoについても、13年に投資して3年後の16年に売却するなど、中長期的な視野を持ったファンドだと見られていた。
「業界では、DBJ出身者が設立したファンドで、DBJの金も入っているだけに、短期的な収益を追わない中長期的なファンドだという認識だった」(PEファンド関係者)
にもかかわらず、今回は大きく違った。
マーキュリアがぺんてる株を取得したのは18年3月22日。それからわずか13ヵ月後の今年5月10日に実質的に売却しており、これまでの投資パターンとは、まったく異なるのは一目瞭然だ。
もちろん、マーキュリアもファンドであることには違いなく、リターンを求めるのは当然のこと。ただ、今回のように寝技的な手法まで使って、短期間で売り抜けようとする姿を捉えて、「高い売却益の獲得に目がくらんだのか」といった見方がもっぱらだ。
このあたりについては、ダイヤモンド・オンラインの既報「コクヨが突如ぺんてる筆頭株主に、文具業界で勃発した経営権問題」を参照いただくとして、業界で問題視されているのは、マーキュリアにDBJの資金が入っており、間接的にDBJも利益を受けているのではないかという点だ。
政府系金融機関の
政策投資銀行にも疑問の声が
事実、DBJは、2018年3月にマーキュリアと協働して組成した前述の投資組合を通じて、ぺんてるに資本参加。さらに一連のぺんてる株の取得や、投資組合の売却にも関与している。
「政府系金融機関のDBJが、こんな“禁じ手”をやっていいのか」と投資ファンドの幹部は述べるが、DBJはどう考えているのか。
DBJは本編集部の取材に対し、「マーキュリアはDBJ出身者が設立し、資金を出しているのも確かだが、独立した上場企業であり、私どもの方から個別の取引についてコメントすることはない」としている。
だが、本当にそうだろうか。
前出の投資ファンドの幹部は、「マーキュリアをおもんぱかり、売却益を出すことが目的だったのでは」と見る。
コクヨのリリースを見ると、ぺんてる株を保有する投資組合には101億円支払っていることが示されている。関係者によればマーキュリアの購入価格は2000円程度であったとされているが、それを約3000円で売却したことになる。
となるとDBJは、今回の投資組合の売却によって、50%の利益を確保したことになる計算だ。
DBJは、決して赤字を垂れ流しているわけではない。むしろ、しっかりと黒字を確保しており、今回のディール規模で利益を確保しなければならないほど、差し迫った状況にはまったくない。
業績悪化のマーキュリア
救済措置との見方も浮上
だが、マーキュリアは、17年度に約22億円だった利益が、翌18年度には21億円となり、初めての減益となった。
今月に入って公表された1月期決算で示された19年度見通しは、減益ペースがさらに加速し、15億円にまで利益が縮小すると予想している。つまり、マーキュリア側には、早い時期に利益を確保しなければならない“事情”があり、「親密なDBJによる救済的な措置だったのではないか」(投資ファンド幹部)と見る向きも少なくない。
DBJは昨年のぺんてる株式取得時に、投資目的について「本件は、今後中間層や就学・就職人口の増加による成長が期待されるアジア等において、ぺんてる海外事業のさらなる推進等を支援するものであり、ぺんてるおよびわが国企業の国際競争力強化に資すると期待されることから、(中略)サポートを行うものです」と強調していた。
しかし、ぺんてるによれば、マーキュリアがぺんてるの株主になって以降、いくつかの海外拠点の視察には出かけているが、それ以外、特に目立つような海外事業に関する提案はなされていないという。
一連のぺんてる株の売買は、法的にはセーフかもしれない。しかし、マーキュリアに加えて、政府系金融機関であるDBJの姿勢には疑問を持たざるを得ない。
※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら
