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日本ハッカー協会がセミナー開催、情報法制研究所の高木浩光氏、平野敬弁護士らが登壇【後編】

ウイルス罪の解釈と運用はどこが「おかしくなっている」のか

2019年05月27日 07時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

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構成要件の「意図に反する動作」を字面どおりに解釈するのは誤りである

 次に少し専門的な(法律論的な)観点から、横浜地裁判決の評釈が続いた。

 条文の「意図に反する動作をさせる(反意図性)」の解釈については、検察官が論告文で引用した解説書(「大コンメンタール刑法」)を参照したところ検察官の理解に「明らかな誤り」があることがわかり、地裁判決文もその誤解を引き継いでしまった可能性があると述べる。

 詳細は高木氏の個人サイトで解説されているが(本稿末尾の関連リンク参照)、要約すれば、解説書では「保護法益を害するもの(プログラムに対する社会一般の信頼を侵害するもの)か否か」という観点から「意図に反する」ものを規範的に判断すべき(規範的構成要件要素)であると述べているのに対し、検察官の主張は「(サイト閲覧者の)意図に反する動作をさせる」プログラムだから「保護法益を害する」という内容になっている、という指摘だ。

(※追記:規範的構成要件要素:行為者自身の認識によらず、一般人的、平均的な観点/価値観から見て保護法益を害するかどうかで、犯罪構成要件を満たすかどうかを判断するもの。その代表例であるわいせつ物陳列罪の「わいせつ性」定義では、たとえ行為者が「わいせつではない」と認識していたとしても、「普通人の正常な性的羞恥心を害すること」など3要件を一般人的観点で満たすものは「わいせつ性がある」と判断される)

 つまり解説書(保護法益を害するものに限り→条文で定める「意図に反する」ものと判断)と検察官の主張(サイト閲覧者の意図に反する動きをする→「保護法益を害する」ものと判断)とでは因果関係が逆転しており、「意図に反する」という言葉が別の意味になってしまっている。

「意図に反する」という言葉に対する検察官の理解と、条文解説書(大コンメンタール刑法)における解釈の違い

 この検察官の解釈に基づくと、同意なく実行されるプログラムで、Coinhiveのようにまだ社会的に広く認知されていないようなプログラムは、ほぼすべて「意図に反する」プログラムに該当して「保護法益を害する」ことになってしまう。高木氏は、検察官の主張は解説書の「基本的な誤読」であり、この条文が本来意図し、解説書が示しているものは「『犯罪的なレベルで』意図に反するようなもの、典型的にはウイルスやマルウェアのようなものだけ」だと強調した。

 「控訴審では、検察側のこの解釈が誤りであったことを明らかにできるのは確実だと思う。ただしそう解釈を正したとしても、Coinhiveの設置が『保護法益を害する程度に』意図に反するものだったのではないかという論点は、あらためて問われることになる。Coinhiveの設置が『プログラムに対する社会一般の信頼を害した』と言えるかどうかが議論の本丸になる」

解説書の説明と、検察官による理解の違いを示したベン図(ただしCoinhiveの位置付けは高木氏、検察官それぞれの見解である)

 なお検察官は論告の中で、「意図に反する動作」をするものの中に、Web広告のような「社会的に許容し得る(=『不正な動作』とは言えない)ものが例外的に含まれる」と主張しており、判決文もこの図式を踏襲している。しかし高木氏は、これも解説書の誤読であり、前述した「意図に反する動作」の範囲を誤解しているがゆえの誤りだと述べた。前述した「保護法益を害するか否か」の観点から判断するならば、そもそもWeb広告は「意図に反する動作をするもの」にすら該当しない可能性が高い。

 これについて高木氏は、ニュース記事の法学者や弁護士などのコメントでも同様の誤解が多く見られると指摘したうえで、そもそも刑法では行為者の認識が問題とされるべきであり、利用者の同意の有無に頼るような判断は危険だとの考えを述べた。

「実行の用に供する目的で」の解釈が判例として示された

 今回の判決ではもうひとつ、条文にある「実行の用に供する目的で」の解釈についても「大きな判断が出ている」と高木氏は述べた。

 裁判の中で検察側は、被告人はCoinhiveの機能を認識したうえでサイトに設置しており、過去の猥褻(わいせつ)物に関する判例などと同様に、それが不正指令電磁的記録に該当するものであるという当人の認識までは不要である(そういう認識はなくとも同罪の構成要件を満たす)と主張した。

 この点について高木氏は、すでに立法時点の国会審議において条文解釈に“ぶれ”が生じうることが指摘され、その結果、参議院法務委員会の付帯決議として「単に実行の用に供するという意味ではなく、『不正指令電磁的記録として』実行の用に供する、『意図に反する動作をするものとして』実行の用に供する目的と解釈するべき」であると明示されていることを指摘する。

 実際に、横浜地裁判決もこの付帯決議の解釈に沿うかたちで、被告人が「不正指令電磁的記録に当たると認識認容しつつ」Coinhiveを設置し、実行させる目的があったとは「認めることはできない」として、同罪の構成要件を満たさないと判断している。

「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(参議院法務委員会、2011年6月16日、傍線は筆者)

 これを今回のケースに当てはめれば「『Coinhiveは皆が嫌がるプログラムだが、気付かれないだろう』などとと考えて設置していたのならば該当するが、『これくらいならばみんな問題とは思わないだろう』と考えて設置していれば、この『(実行の用に供する)目的』には当たらない」(高木氏)。今回の判決において、この解釈が判例として示されたと評価している。

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