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マルチクラウド時代のデータセンターサービスはどう「変わる」べきか【後編】

イベント/映像業界にも使いやすいデータセンターに。アット東京Cloud Labの狙い

2019年05月30日 08時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

提供: アット東京

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 「データセンターからクラウドに歩み寄ろう、というコンセプトで作ったサービスです」(アット東京 石川亮祐氏)

 「データセンターでどんなことを可能にしたらあらゆるお客様に喜んでいただけるだろうか、ということを考えてきました」(アット東京 新妻大輔氏)

 アット東京が今年3月に発表した「アット東京Cloud Lab(クラウド・ラボ)」は、これまでのデータセンター市場の常識を打ち破り“1日単位でのデータセンター利用”を可能にしたサービスだ。Amazon Web Services(AWS)などのメガクラウドと広帯域/ダイレクト接続できるネットワーク環境や作業室、ハウジングラックを提供することで、一般企業のクラウドPOC(実証検証)だけでなく、音楽/スポーツなどの大規模イベント、コンテンツデータのクラウド移行作業といった新たなニーズを持つ顧客も狙う。

「アット東京Cloud Lab」のサービス概要。メガクラウド各社との広帯域接続環境、作業室、ハウジングラックといった環境を1日単位で利用できる。申し込みから最短3日で利用開始できる点も特徴だ

 このCloud Labが誕生した背景には、2018年12月31日にNTTドコモが実施したPerfumeとのコラボレーションプロジェクト「FUTURE-EXPERIMENT VOL.04 その瞬間を共有せよ。」があった。このプロジェクト運営をテクノロジー面でサポートしたAT Linkage(エーティーリンケージ)が、アット東京の「プレミアムコネクト for AWS」を採用したことで、アット東京側も“データセンターのスポット利用”という新たな顧客ニーズを見出したという。

 今回はAT Linkage株式会社 代表取締役の福谷亮氏と、アット東京でソリューション営業を担当する石川亮祐氏、同じくアット東京ソリューション営業部課長の新妻大輔氏に、AT Linkageがプレミアムコネクトの利用に至った経緯から、アット東京がCloud Labを企画/開発した背景までを聞いた。

アット東京 営業本部 ソリューション営業部の石川亮祐氏、AT Linkage(エーティーリンケージ)代表取締役の福谷亮氏

ライブ会場、観客1万2000人のスマホアプリを低遅延でクラウド接続するには?

 AT Linkageは、大規模イベントのインターネット動画配信やIP映像伝送に関わる企画制作/映像技術/中継・配信技術を強みとするエキスパート集団だ。国内最大級の音楽フェスやスポーツの国際大会、政府系イベント、企業カンファレンスなど高い実績を持つ。NTTドコモが2017年から展開するFUTURE-EXPERIMENTシリーズにも、第1回(VOL.1)から現場のネットワーク設計、構築や映像伝送などの“裏方”として携わってきた。

AT Linkageはインターネット動画配信、IP映像伝送に関するエキスパート集団だ

 FUTURE-EXPERIMENTは、5G通信などNTTグループが研究・開発する最先端テクノロジーを音楽ライブやスポーツ観戦といったエンターテインメントの形に落とし込み、多くの人に臨場感や新しい体験を体感してもらうことを狙いとした実験的なプロジェクトだ。先進的なプロジェクトのため、通常のインターネット配信やライブビューイングイベントでは求められない役割が求められることが多くあり、そこを豊富なノウハウと高い技術力でカバーするのがAT Linkageの役割だという。

 「たとえばVOL.4では、クリエイティブ、映像や音声、照明、ネットワークなどにそれぞれ専門チームがいます。ただしプロジェクト全体として見ると、それぞれの“間”をつなぐような、広告業界やテレビなどの映像業界内でもあまり知見のない領域も生まれてきます。われわれは裏方として、そうした領域を多岐にわたってサポートしています」(福谷氏)

AT Linkage 福谷氏

 2018年大晦日のPerfumeカウントダウンライブと連動して実施されたFUTURE-EXPERIMENT Vol.4では、「空間シンクロプロジェクト」「アリーナ伝心プロジェクト」という2つのテクノロジープロジェクトが展開された。

 「空間シンクロプロジェクト」は、横浜アリーナと渋谷スクランブル交差点付近の特設会場を高速/低遅延なネットワークでつなぎ、ライブ会場の「環境」そのものを横浜から渋谷に伝送するという試みだった。迫力のあるライブ映像や音声だけでなく、会場内の照明演出や観客が手にするLEDデバイスが発光する演出も両会場で同期させることによって、まるで同じ会場にいるかのような一体感を持たせる仕掛けだ。

 もうひとつの「アリーナ伝心プロジェクト」は、スマートフォンアプリを使って会場のファンとのリアルタイムなインタラクションを行おうという試みだ。たとえばPerfumeのライブでは恒例の「P.T.A.のコーナー」(メンバーが「○○から来た人~?」「女子~?」などと会場に質問し、観客が声援で応えるMCのコーナー)を、ふだんのコール&レスポンス形式ではなくアプリを使って行った。1万2000人の観客による回答はリアルタイムに集計され、一人ひとりの座席位置も含めてステージ上のスクリーンに表示される。さらには、ステージ上のPerfumeによるタブレットへの手書きメッセージが観客のアプリでリアルタイムに表示される演出、観客がアプリで送信したメッセージをメンバーがリアルタイムに読み上げるといった演出も行われた。こちらもアーティストとファンの一体感を高める演出だ。

 AT Linkageでは、双方のプロジェクトで映像伝送や会場内外のネットワーク構築関連の技術サポートを行った。アット東京のプレミアムコネクト for AWSが必要となったのは、後者のアリーナ伝心プロジェクトだった。

 「スマホアプリを使ってPerfumeが1万2000人の観客とリアルタイムにインタラクションするために、AWS上で3ケタを超える台数のサーバーを使ってシステムが構築されました。そこで課題となったのが、会場の横浜アリーナとAWSクラウドの間をどのようにネットワーク接続するのかということでした」(福谷氏)

 1万2000人の観客が一斉にスマホアプリで入力するデータは、NTTグループが会場に設置した「高効率Wi-Fi」や5G実験回線を経由してクラウド上のサーバーに伝送される。そのトラフィックはおよそ3.6Gbpsになる計算だったが、クラウド環境と低遅延でやり取りできなければ、ライブ演出や観客の体験そのものが台無しになってしまうおそれがあった。それに加えて、もちろん通信の安定性やセキュリティも担保しなければならない。

 準備作業を続けながらプロジェクトチームがその解決策を模索していた2018年10月ごろ、福谷氏はWeb検索でアット東京のプレミアムコネクトサービスを知った。そこで11月中旬、毎年情報収集に訪れる展示会「Inter BEE 2018」で出展していたアット東京に話を聞き、その場で「これはいけそうだ」という感触をつかんだという。

 「アット東京のブースで『こういうことがやりたいんですが、できますか?』と質問し、できるということだったので、その場でわたしとしてはほぼ採用すべしと判断をしました。横浜アリーナから10Gbpsの専用線を引くことも検討しましたが、それは諸事情で難しかったため、最終的にはフレッツのビジネスタイプを10本、アット東京のセンターに引き込んでAWSと接続しました」(福谷氏)

会場の横浜アリーナとアット東京DCをフレッツIPv6網のVPN回線で、アット東京とAWSを「プレミアムコネクト for AWS」で接続することにより、短期間でセキュアかつ安定したネットワーク環境を用意できた

 採用が決まってからネットワークの準備作業は急ピッチで進み、大晦日のカウントダウンライブにも間に合った。福谷氏は「作業が動き始めてからは、特に大きな問題はありませんでした」と語る。ライブ当日も、横浜アリーナとAWSの間の通信には特にトラブルは起きなかったという。

「われわれのサービスはお客様のニーズに負けている」その反省から生まれたCloud Lab

 ただし、当時はまだアット東京がCloud Labサービスを提供しておらず、AT Linkageではプレミアムコネクトサービスを「1年間」利用契約しなければならなかった。そうしたケースは、データセンターやキャリアが提供する専用回線といったインフラサービスを利用する場合にはしばしばあると、福谷氏は説明する。

 「こうしたプロジェクトはわずかな準備期間しかないケースがほとんどですから、往々にしてコストよりも『やり切ること、実現すること』が優先になります。またデータセンターを利用するならば最低契約期間は1年くらいだよね、というのも常識として知っていました。過去のFUTURE-EXPERIMENT VOL.3では、たった1日のイベントでライブビューイングを実施するために、拠点間のダークファイバに1年分の料金を支払ったこともあります」(福谷氏)

 このように福谷氏は納得したうえで契約、利用したと語るが、アット東京側はそうではなかった。短期間の“スポット利用”という新たな顧客ニーズが生まれているにもかかわらず、最低1年間分の利用料金を請求しなければならないのは「提供しているサービスがお客様のニーズに負けている」、市場の変化に追随できていないという反省があったという。

 「従来のデータセンターニーズは企業のSI(システムインテグレーション)案件がほとんどで、プロジェクトのスケジュールも数カ月、数年単位で組まれています。しかし今回の案件ではスピード感がまったく違いました。最初に福谷さんと打ち合わせをしたときに、『来月にはもう本番』というスピード感にびっくりしたのを覚えています」(石川氏)

 「スピード感に加えて、イベント、アドテク、コンテンツ配信といった世界では『柔軟さ』も必要だと実感しています。お客様が『こういうサービスが、いついつまでに必要だ』とおっしゃるならば、それを実現するのがわたしたちの仕事。お客様の希望は、その先にいらっしゃる、イベントを楽しみにされている皆さんやそのサービスを利用される皆さんのためのものですから」(新妻氏)

アット東京 ソリューション営業部課長の新妻大輔氏

 実はこの話の1年ほど前から、新妻氏や石川氏らソリューション営業部ではデータセンターサービスを新たな顧客層に拡販するべく、いくつかの特定業界に絞って調査や議論、サービス企画などを重ねていた。

 「メディアやエンターテインメント、ネット広告など、取り扱うデータ量の大きな業界のお客様を新たな顧客ターゲットと想定して、どのようなデータセンターサービスをご提供できるのかを模索してきました」(新妻氏)

 「メディアやエンターテインメント業界向けの展示会であるInter BEEにブース出展したのも、そうしたマーケティング活動の一環ですね」(石川氏)

 こうした動きのさなかにAT Linkageと出会ったことで、2人はスポット利用ニーズが存在するという確信を強めていった。そしてわずか3カ月後には、アット東京Cloud Labを発表し、サービス提供を開始している。

 Cloud Labのサービス開発で最も重視したのは「スピード感」だという。パブリッククラウドは申し込みから数分で利用がスタートでき、しかも1時間単位で利用料金を支払えばよい仕組みだ。一方で、データセンターサービスは数週間~数カ月前からの申し込みが必要であり、最低契約期間も通常は1年間と長い。クラウドに慣れた顧客からは「スピード感に欠けている」と厳しく見られがちだろう。

 「インフラを提供するビジネスなので仕方がない部分もあるのですが、『利用の準備に何カ月もかかる』とお客様に見られてしまっているのがデータセンターの良くないところです。そんな市場に最短3日前までの申し込みで、1日単位で利用できるCloud Labを提供すれば、良い意味でかなり“尖った(斬新な)”ものになるだろうと考えました」(石川氏)

アット東京 石川氏

 たとえ数日間であっても、データセンター内の作業室やサーバーラック、充実したネットワーク環境はフルに使うことができる。たとえばある映像制作会社は、ポストプロダクションやデジタイズの用途でCloud Labに興味を持っているという。映像業界では、データをクラウド上に保存/共有することが一般化しつつあるからだ。

 「メディアやエンターテインメント、広告といった業界では、アット東京の名前はまだまだ浸透していないのが実情です。Inter BEEに出展しても、お客様にはまず当社が何の会社なのかを説明するところから始まります。Cloud Labは、そんな業界のお客様にアット東京のことを知っていただくためのきっかけ、“ドアノックツール”として使えるものになると考えています」(石川氏)

 「3月末にアット東京Cloud Labのサービス発表を行い、4月初旬に開催された『コンテンツ 配信・管理ソリューション展』に出展しました。これは発表直後のいいタイミングでしたね。メディアやエンターテインメント、広告業界の皆さまに、まずはアット東京を知っていただき、そのうえでアット東京Cloud Labをご紹介しました。わたしたちも説明員としてブースに立ちながら、お客様のご要望やお困り事はどんなことかを直接うかがうことができました」(新妻氏)

アット東京はメディアやエンターテインメント関連の展示会にも積極的に出展している(写真は「コンテンツ 配信・管理ソリューション展」ブース)

新妻氏らもブースに立ち、新たな顧客ニーズを探った

“クラウドオンリー”時代にもデータセンターが果たすべき役割はある

 福谷氏は、これからライブイベント市場がさらに拡大していく中で、FUTURE-EXPERIMENT VOL.4で展開されたような最先端テクノロジーを取り入れた演出も増えていくだろうと語った。

 「国内音楽ライブイベント市場の規模は10年間で1000億円から3000、4000億円規模へと拡大しました。イベント主催者は他との差別化を考えるようになっており、現在主流の照明やLEDパネルを使った演出から、今後はさらにITを取り入れたものが増えていくでしょう」(福谷氏)

 アット東京Cloud Labのサービスについて、福谷氏は「データセンターのスポット利用という潜在的需要はきっとあると思います」と評価する。「現状では『そんなことはできないだろう』と思われているだけで、これからサービスの認知が進めば、利用したいという声は多いでしょうね」(福谷氏)。

 もちろんアット東京も、今回のCloud Labだけで新たな顧客層を獲得できるとは考えていない。新しい顧客ニーズにどう対応していくのか、その模索はこれからも続いていく。石川氏は、マルチクラウド時代においてデータセンターの役割が変化してきていることを指摘した。

 「これからお客様が所有するサーバーは減り、クラウドファーストから“クラウドオンリー”の方向に進むのだろうと思います。たとえそうなったときでも、やはりネットワークには終端装置が存在し、それを安心して置けるのは環境が整ったデータセンターとなるのではないでしょうか」(石川氏)

 「その中で、アット東京のセンターはお客様のさまざまな環境をつなぐ“ハブ”的な位置付けでありたいと考えています。たとえば異なるクラウドサービス環境どうしをつなぎたい、そこではアット東京という“ハブ”を介してつなぐといったイメージです」(新妻氏)

 これまでのサービスやビジネスモデルに満足せず、常に新しいニーズをキャッチして次なるサービスを展開していく。そのためには“無茶なリクエスト”をする福谷氏のような顧客が存在し、そんなリクエストにも真摯に向き合う姿勢が必要だろう。

 「お客様からご信頼いただき、ときには安心して“無茶”を言っていただけるような存在になりたいですね」(石川氏)

(提供:アット東京)

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