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日本ハッカー協会がセミナー開催、同事件担当の平野敬弁護士や高木浩光氏らが登壇【前編】

Coinhive事件に学ぶ、エンジニアが刑事事件で身を守る方法

2019年05月08日 07時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

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捜査/公判段階で弁護人はどう関わり、被疑者をどう支援するのか

 3つめの覚えておくべきルールが弁護人選任権(憲法 37条3項、刑事訴訟法 30条1項)。捜査段階でも公判段階でも、被疑者/被告人は法律の専門知識を持つ弁護士を選任する(弁護を依頼する)権利を持っている。

なお国が弁護人を選任する「国選弁護制度」もあるが、「財産が50万円未満」「公判段階または身柄事件の捜査段階」という条件があり「使い勝手が悪い」(平野氏)。捜査段階での弁護活動が重要であるため、被疑者自ら私選弁護人を付けるべきと述べた

 それでは弁護士は、具体的にどのような弁護活動を行って被疑者をサポートするのか。平野氏は、Coinhive事件において行ってきた弁護活動も具体的に紹介しつつ説明した。まずは捜査段階の弁護(捜査弁護)からだ。

 事件を受任した弁護士はまず「事件の筋読み」を行い、その後の対応方針を決定していく。予想されるのは有罪か無罪か、有罪になりそうな場合もどう対応すれば罪を軽くできるかといったことを、過去の事例などもふまえながら決定し、被疑者に助言する。「たとえば積極的に警察に協力していくのか、黙秘を貫いてがんばるのかといった対応方針を助言する」。

 次は証拠収集だ。その事件に関する重要な証拠とは何かを判断したうえで、弁護士会照会制度を使って証拠を取り寄せる手続きを行う。ここには証人の確保も含まれる。無罪を証明する重要な証拠を先に警察や検察が押収しないよう、弁護人は迅速に証拠集めを進めなければならないという。

捜査段階の弁護活動(1/2)。過去の判例調査など基づいて対応方針を固め、被疑者に助言するとともに証拠収集を行う

 他方で、捜査機関による捜査を監視し、違法な捜査には抗議する弁護活動も行う。ここでは押収された物をいち早く取り戻すための還付請求や、不当な押収(事件に関係のない物など)に対する裁判所への準抗告申立などの手続きを行う。

 捜査段階の最後に、弁護人は検察官に対して「終局処分意見書」を提出する。「この犯罪はこういう理由で無罪です、あるいはこういう理由で不起訴が相当です、といった意見を提出できる」。

捜査段階の弁護活動(3/4)。捜査を監視し、違法捜査があれば抗議する。また終局処分を決める検察官へ意見書を提出する

 起訴となって公判段階に移ったあとは、公判前整理手続における裁判官や検察官への事案説明、公判における証人尋問(被告人を含む)や裁判官との応答といった弁護活動を行う。「最終的には無罪を勝ち取る、より軽い処分を勝ち取ることが目標となる」。

公判段階の弁護活動。公判前整理手続でお互いの争点を整理するとともに、証拠提出するものを決める。また被告人や証人の尋問準備を行う

Coinhive事件における弁護活動の実際、技術的説明を伝える努力

 それでは、Coinhive事件における実際の弁護活動はどのようなものだったのか。

 被疑者から事件を受任した平野氏はまず、方針決定のために不正指令電磁的記録についての判例や学説の調査、暗号通貨に関する調査とエンジニアへのコードレビュー依頼、高木氏や刑法学者などへの意見聴取を実施。そのうえで無罪を求める方針を決定した。

 証拠収集においては、平野氏自身のPCでCoinhiveを12時間ほど稼働させて挙動を確認したほか、Coinhiveと他のJavaScriptの挙動の違いや、他のWebサイトにおけるCoinhive設置時の一般慣行なども調査し、裁判所へ証拠提出する報告書にまとめた。さらにこの裁判では、裁判官に技術的な内容を理解してもらう必要があったため、高木氏らに証人参加を依頼した。

 捜査監視のために被疑者取調べや捜索差押えへの立ち会いも行った。取調べにおいてはユニークな戦略をとったと、平野氏はエピソードを披露した。

 「取調べに弁護人の立ち会いを求める権利はないが、それを禁止する規定もない。そこで被疑者が警察署に出頭を求められたら、わたしも一緒に出向いて『弁護人と一緒に取調べをしてください』とお願いする戦略をとった。立ち会いは認められないと言われたら『一緒の取調べがいやだと言うなら仕方ないですね、じゃあ一緒に帰ります』。――これを何度かやった(会場笑)」

 出頭を拒否すると「逃亡の恐れあり」と判断されて逮捕・勾留の方向に進む可能性もあるが、出頭には毎回応じつつ、取調べを行わず帰るならばそうならないという。結局、これを繰り返すうちに警察側が音を上げて態度を軟化させ、平野氏が取調室前に待機して、必ず1時間ごとに被疑者と打ち合わせさせるという条件を飲んだ。これにより、不利な供述を強要されていないか、調書に不利な内容が書き込まれていないかといった細かなチェックができたと語る。

 裁判所における公判弁護では、まず公判前整理手続において裁判官と検察官への事案説明を行った。ここでは参考資料も開示しながら暗号通貨やJavaScriptについて解説を行い、理解を求めた。

 また公判の証拠として、被疑者が録音していた神奈川県警における取調べ時の会話(「お前やってることは法律に引っかかってんだよ!」「反省してんのか?」など取調官が恫喝する音声)を提出しようとしたが、これは検察側が供述調書の提出を取り下げることと引き換えに断念したという。そのほかに被告人や証人と尋問の事前準備も行い、法廷での尋問に臨んだ。

 こうした弁護活動の助けも得て、今年3月、被疑者は横浜地裁における一審無罪判決を勝ち取った(その後4月、検察側は東京高裁に控訴)。弁護活動を振り返りつつ、平野氏は「やはり捜査段階での弁護がとても重要。公判段階になってから弁護に付いても難しい」と語る。

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