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ブレグジット期限の柔軟な延長は「離脱撤回」への誘導路か

文● 末澤豪謙(ダイヤモンド・オンライン

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Brexit期限の「柔軟な延長」は「離脱撤回」への誘導路か
Photo:PIXTA

 英国のEU(欧州連合)からの離脱問題は、メイ首相がEUと合意した離脱案(正確には法的拘束力のある離脱協定案及び法的拘束力のない英国とEUの将来関係に関する政治宣言案の2つ)が、英国議会で3度、否決され(3度目は離脱協定案のみ採決)、「合意無き離脱」になりかねない土壇場で、離脱期限が10月末まで延長されることになった。

 だがこの間に、英国がどういう「出口」を見いだすのかは、見えないままだ。

 総選挙や再度の国民投票実施の可能性もある。だが、北アイルランド問題という根深い対立と世論の分断を抱えた英国が混迷から抜け出せるのかどうかは、予断を許さない。

EU大統領が提案した
「柔軟な延長」の意味

 3月29日の離脱協定案の3度目の否決を受けて、ベルギーのブリュッセルで4月10日に開催された臨時の欧州理事会では、8時間にわたった会議後の11日未明(現地時間)、英国の離脱期限の再延長で合意した。

 新たな離脱期限は10月31日で、進捗状況を6月に再確認する。

 これまでの英議会での採決の状況は上の図の通りだ。

 ドナルド・トゥスク欧州理事会議長(EU大統領)は、理事会で期限再延長の合意の直後、「EU27ヵ国はリスボン条約第50条の延長で合意した。これからメイ英首相に会って、英国政府との合意を得る」と、ツイッターで発信した。

 さらにその後、「EU27ヵ国と英国は、10月31日までの『柔軟な延長』で合意した。これは、英国が可能な限り最善の解決策を見つけるために、さらに6ヵ月を要することを意味する」と書いた。

 注目すべきは、「Flextension(柔軟な延長)」という表現だろう。

「Brexit」と同様に造語で、フレキシブル(柔軟な:Flexible)とエクステンション(延長:Extension)を組み合わせたものだ。

 トゥスク氏は臨時の欧州理事会の開催にあたり、当初は、各国首脳に対し、「最長1年間の柔軟な延長」を加盟国に提案していた。

 延長期間は最長1年だが、英国が離脱協定案を批准した場合は、離脱の前倒しを認めるというものだった。

 この提案にドイツ等の大半の加盟国は賛同したが、フランスのマクロン大統領が長期の延長に強硬に反対したことで、妥協案として延期期限が10月31日に設定されたとみられる。

 離脱期限の延期には、欧州理事会での全会一致での承認が必要で、フランスが最後まで反対すれば、4月12日に、「合意無き離脱」の事態になりかねず、さすがにマクロン大統領も大混乱の張本人とは名指しされたくなかったようだ。

 トゥスク氏が「最長1年」という延長を考えたのはどういう理由からだったのだろうか。

 結果的に離脱期限が10月31日に延ばされたことで、今後、どういう展開が考えられるのか。

5月末、10月末に
「合意無き離脱」のリスク残る

 今回のEUと英国との期限延期に関する合意は次のようになっている(図表2)。

 今回の合意で当面、経済など大きな影響をもたらす「合意無き離脱」となるリスクは払拭されたが、10月末までの延期は、英国が5月23日から26日(英国は23日の予定)に実施される欧州議会選挙への参加が前提となっている。

 この結果、欧州議会選挙に参加しない場合は5月31日に、またこれから半年かけても、離脱協定案が英議会下院で承認されない場合は10月31日に、それぞれ「合意無き離脱」となるリスクはなお残る。

 今回の合意でも、EUサイドは、離脱協定案の修正を明確に否定しており、ボールは英国に投げ返された格好となっている。

 メイ首相は、協定案が保守党強硬派などの反対で3度、否決されたことで、すでに最大野党労働党のジェレミー・コービン党首と共同案の策定に向けて、協議を始めているが、難航しているようだ。

 労働党は関税同盟及び単一市場への残留を主張し、2度目の国民投票も選択肢に入れるよう主張しているが、関税同盟等への残留や2度目の国民投票の実施は、メイ首相を含め保守党はこれまで拒否してきた。

 仮にメイ首相が同意しても、メイ首相は離脱案可決後の早期退陣を表明しているため、後任の保守党党首(首相)が約束をほごにする可能性がある。

 結局、メイ政権と労働党の協議は、保守党内の離脱強硬派、労働党内の残留派の双方の圧力もあり、合意のハードルは相当高いと言わざるを得ないだろう。

総選挙や国民投票でも
混乱から出られない懸念

 5月22日までに、離脱協定案等が英国で批准できず、メイ首相が否定し続けてきた、欧州議会選挙に参加することになれば、英国は政局が不安定化する可能性が高そうだ。

 メイ首相は、離脱協定案可決後の早期退陣を表明しているが、保守党内でのメイおろしの動きが強まり、労働党提出の内閣不信任決議案の可決、下院の3分の2の多数による総選挙の前倒し決議などが行われる可能性がある。

 そうなれば、メイ内閣の総辞職ないし下院の解散・総選挙が実施されることになる。

 一方、2度目の国民投票の実施には、最低半年を要するとみられることから、10月末までの延長では時間が足りない可能性もある。

 ただし2度目の国民投票の実施が決まった場合は、英国民の民意の確認という大義名分ができることから、EUサイドは再再度の離脱期限の延長に応じるのではないか。

 仮に2度目の国民投票が実施される場合、2016年と異なり、残留派が多数となることも予想され、EU離脱問題が振り出しに戻る可能性も否定できない。

 一方、離脱派は「一勝一敗」と主張することが予想され、英国政治の混乱や英国民の分断状態は長期化することになろう。

「出口」が見えない理由
地域や年齢層で違う利害

「Brexit」がここまでこじれた背景には、様々な偶然などによる政治家の読み間違いとともに、感情的な対立、世代間の対立、矛盾する問題などが内包されている。

 もともと2016年6月に国民投票が実施された当時の保守党党首だったキャメロン首相が、国民投票にうってでた際は、離脱が多数となるとは夢にも思っていなかったはずだ。

 国民投票では、世論調査等で示された残留優位との事前予想と異なり、離脱派が過半数となった。

 結果は、離脱(Leave)が1741万0742票、残留(Remain)が1614万1241票と約127万票の差となった。投票比率は51.9%対48.1%。

 僅差の中、離脱派が勝利した背景として考えられるのが、残留派と離脱派の構成の違いだ。

 残留派は、地域ではロンドンなどの都市部とスコットランド及び北アイルランド、若年層、富裕層が主体であるのに対し、離脱派は、地域ではロンドンを除くイングランド、ウェールズ、高齢層、中低所得者層が主体だった。
 
 離脱派の最大の関心事は移民問題と考えられるが、英国の有名な気風として「ジョンブル魂」(不屈の精神を持つ典型的な英国人気質)がある。

 残留優勢との報で、「アンダードッグ効果」的に、離脱派の高齢層等の投票率が上昇したのに対し、残留派の若年層等は慢心し、さらに投票当日に、ロンドンなどイングランド南部を襲った夕刻の豪雨の影響もあって、残留派の投票率が伸び悩んだ可能性が挙げられる。

 実際、英国全土での最終的な投票率は72.2%だったが、離脱派の多いイングランド(73.0%)やウェールズ(71.7%)の投票率の方が、残留派の多いスコットランド(67.2%)や北アイルランド(62.9%)よりも投票率が高い結果となった。

 こうしたことから、離脱派の投票行動がより積極的だったことがうかがわれる。

 それは、52対48で残留派優勢との調査結果を、国民投票終了後いち早く流し、結果的にその後の金融市場の大混乱の一因ともなったYouGovの23日の調査結果でも、裏づけられている。

 残留派が66%を占めた「18~24歳」の若年層の棄権率が10%だったのに対し、離脱派が59%を占めた「65歳以上」の高齢層の棄権率は2%に過ぎなかった。

 現実の投票行動では、棄権率は、同社の調査結果以上の差がついた可能性もありそうだ。

 このように、英国のEU離脱問題は、地域間や世代間で意見が二極化している。

 スコットランドや北アイルランドはもともと英国からの独立志向が強いことから、EU残留を望む有権者が多い。

 高齢者はEU離脱に伴う経済的な悪影響よりも、近所に住む移民や難民の流入規制を優先し、「離脱」に投票。一方で、若年層は失業を恐れ「残留」に投票した。

 この対立の構造は、現在でも大きな変化はなく、議会でも、地方部や高齢層に支持層の多い保守党は離脱派が、都市部や若年層に支持層の多い労働党では残留派が多い。

 こうした事情が議会での妥協を困難にしている。

「バックストップ問題」に
アイルランド紛争の根深い歴史

 また、メイ政権の離脱案に反対が多い最大の要因である、英領北アイルランドとアイルランドとの「バックストップ」の問題は、そもそも矛盾した問題が背景にあり、持続可能性の高い解決策は当面見つかりそうにない。

「バックストップ」は、野球などの「バックネット」のことで、離脱協定案では「安全策:セーフティネット」を意味する。

 協定案では、過去の北アイルランド紛争の経緯を踏まえ、現行通り、英領北アイルランドとEUに加盟するアイルランドとの間では、当面、物理的な国境等を設けないことになっている。

 一方、アイルランドと英本土(ブリテン島)との間でも、規制などを設けないとされている。そのため、北アイルランド問題が解決するまでの間は、ブリテン島も含めた英国全土がEUの関税同盟に残ることになる。

 プロテスタント主体の英国、カトリック主体のアイルランドに対し、英領北アイルランドは、プロテスタントとカトリックはほぼ半々だ。

 アイルランド独立時には、こうした宗教的違いに加えて、英国への帰属を求めるユニオニストと、英国からの独立ないしアイルランドとの統合を求めるナショナリストとの対立が続き、北アイルランド紛争に発展した経緯がある。

 同問題が収束したのは、1998年のベルファスト合意後に国境が廃止されたことが大きい。

 国境廃止は、EU基本条約がシェンゲン協定を引き継ぎ、「人」の移動を自由にし、また、関税同盟、単一市場化により、「物」と「金」の移動も自由になったことが背景にある。

 なお、英国とアイルランドはシェンゲン協定には加盟しておらず、EU離脱により、国境の復活問題が生じることになった。

 そのため、英国は北アイルランド問題が解決するまで、EU離脱後も、関税同盟に残留することになったが、EU加盟国のアイルランドとEUから離脱した英領北アイルランドに国境等を設けず、一方で、英国と北アイルランドとの間の「人、物、金」の移動も従前のまま自由にするというのは、矛盾した命題だ。

 メイ首相は、英国がEUの関税同盟に残るのは一時的と強調しているが、現実には、北アイルランド問題の解決は容易ではなく、英国とEUとの将来協定の締結も難航することが予想される。

期限延長が
「離脱撤回」になる可能性も

 こうした根深い事情から、一時的な関税同盟残留が半永続的となり、EUの規制などに英国が従い続けることになる可能性は残る。

 しかも、その間、英国のEU内の発言権が現在に比べて大幅に低下するのは明らかであり、EUからの離脱どころか、EUの従属国に成り下がるとの反対意見が、保守党内の強硬離脱派のみならず、メイ政権に閣外協力中の民主統一党(DUP)や野党からも多く出されている。

 これが、過去3回のEU離脱案の否決の主因でもある。

 この問題は、実は、英国の民主主義の根本原理にも抵触しかねない重要問題とも言える。

 英国は近代民主主義の発祥地だが、特に、1215年に制定された「マグナカルタ」に始まる「代表なくして課税なし:No Taxation Without Representation」の原則が有名だ。

 それは、米国が英国から独立する際のスローガンにもなった。

 人民が自ら選出した議会の代表の承認無しに政府が人民に課税することは不当であるという理念である。

 バックストップ問題が解決しないと、英国は欧州議会に代表を送り込んでいないにもかかわらず、EUのルールに縛られ続け、負担金等の供出も迫られることになりかねないのだ。

 そういうことになるくらいなら、「離脱を撤回し、EUに残留すべき」との声や「合意無き離脱の方がまし」との声が、再度、高まる可能性がでてくるだろう。

 いずれにせよ、英国は最終的には、下院の解散総選挙(内閣不信任案の可決か下院の3分の2の多数による議決が要件)や2回目の国民投票で、決着を図ることにならざるを得ないのではないか。

 ただしそれが最終決着となるかはわからない。

 仮に2度目の国民投票で「残留」が多数となっても、離脱派は「これで一勝一敗」と主張するだろう。英国政治の混乱と国民の分断状況の収束には相当な時間がかかりそうだ。

 英国のEU残留を希望するトゥスク欧州理事会議長(EU大統領)の「柔軟な延長)」案は、Brexitへの「出口」ではなく、「離脱撤回」への誘導路かもしれない。

(SMBC日興証券金融経済調査部金融財政アナリスト 末澤豪謙)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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