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業務を変えるkintoneユーザー事例 第43回

電話の問い合わせを激減させ、ケアの質を上げるまで

福祉のひろばのkintone導入は「また社長が面倒くさいものを」から始まった

2019年04月15日 09時00分更新

文● 重森大 写真●金春利幸

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 2回目の開催となったkintone hive 仙台 2019では、5名のユーザーが事例発表を、3名がkintone hackとしてライトニングトークを行った。これらのイベントで語られるのはkintoneに惚れ込んで導入したという話がほとんどだが、山形県から参加してくれた福祉のひろばの阿部 めぐみ氏は、当初「いやいや使い始めた」という話を披露してくれた。

福祉のひろば 阿部 めぐみさん

社長が導入した当初は冷ややかな対応をしていた社員たち

 阿部氏が勤める「福祉のひろば」は、訪問入浴サービスに始まり、介護保険の施行に伴いデイサービスや居宅介護支援、訪問介護などに事業を広げてきた。鶴岡市と天童市に訪問入浴サービスとデイサービス拠点を持ち、事業の中心地である酒田市ではデイサービスやヨガスタジオ、サービス付き高齢者住宅を含む他世帯共生施設「てとて町中」を運営している。

 介護の中でも「治す介護」に重点を置く同社では、拠点間はもちろん、介護現場のスタッフと専門職とのミーティングが重視されている。そのミーティングの内容を記録したり、拠点間で情報を共有したりするツールとして、2代目となる現在の社長が導入したのがkintoneだった。

「kintoneは、いつの間にか社長が導入していました。しかし、介護保険制度の改定などに追われて、職員間の教育が継続しなかったこともあり、社長がまた面倒くさいものを入れて手間を増やした、程度に思われていました」(阿部氏)

 現場スタッフには、多忙を理由にkintoneの習熟を後回しにし続け、定着しなかったとのこと。社長が何かに影響を受けて勝手に導入しただけで、どうせすぐに使われなくなるだろうとも言われていた。kintoneが定着しない状況については社長本人も、「ケアマネジメントなしでは良い仕事はできない」という志はあるものの、自分が現場にいた頃とは利用者の状況やニーズ分析の在り方が変わったのかと、あきらめを感じていたという。

「使わなければならない状況」が、社内の諦めムードを一変させた

 社員だけではなく、導入した社長本人までも諦めムードに染まっていた「福祉のひろば」を変えたのは、ごく最近のこと。「厚生労働省平成30年度事業 介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン作成等一式事業」の助成を受けたのがきっかけだった。

「助成金を受けて生産性向上に向けた施策を実施し、成功した事例を元にガイドラインを作成、介護業界全体の生産性を高めようというプロジェクトです。生産性向上というと人員削減や効率化のための作業量削減などが思い浮かびますが、いずれも介護事業に合うとは思えませんでした。社長も製造業などとは違って簡単に効果が出るものではないと考えていたようです」(阿部氏)

 改めて、介護事業における生産性向上ではどのようなゴールを目指すべきかと見直すところからスタートしたプロジェクト。「乗り気ではない社長に命じられた、乗り気ではない社員によるプロジェクト」と阿部氏は言うが、介護事業に真剣に取り組む姿勢からあるゴールが見えてきた。

「介護事業における生産性向上とは、業務におけるムリ、ムラ、ムダを削減し、無駄な作業に使っている時間を削減すること。そうして生まれた時間の余裕をケアに充てることで、さらにケアの質を向上させることが目的だと気づいたんです。そしてこのプロジェクトが、後に社内にkintoneを浸透させる起爆剤になりました」(阿部氏)

 じゃあ、みんなでkintoneを使って作業を効率化しましょう!といえばみんなが業務を変えてくれるかというと、「人生、そんなに甘くありませんでした」と阿部氏。生産性向上のための正攻法として、業務の因果関係図を作るところから手を付けた。わかったことは、属人化している業務が実に多いという現状だった。

因果関係図を作った結果浮かび上がったのは情報共有不足による属人化

「属人化が起きる原因を深堀していくうちに、作業手順がバラバラなこと、情報共有ができていないことがわかりました。これらが原因となり属人化が進み、特定の人がいないと進まない業務が生じたり、そのために休みを取りづらい状況に陥っていたりすることもわかってきました」(阿部氏)

 情報共有の重要性に気づき、うまく活用されていなかったkintoneが改めて注目された。しかし一度は社内への浸透に失敗しており、いい印象は残っていない。しかし、Excelでバラバラに管理されている手順書や記録を残しにくいチャットでのコミュニケーションに変わる手段として、再び向き合うことになった。

ちゃんと向き合ってみたらわかった「kintoneって面白い!」

 kintone自体は以前から導入されており、阿部氏も触れていた。しかし前述の通り、前向きな気分では触れてこなかった。当然、便利で面白いツールだとも感じられなかった。命じられていやいや使っていたのだから、面白いと感じるはずもない。

「面白いと感じられなかった理由は明白でした。いやいや使っていたので、使いこなせていなかったのです。でもさすがに逃げられないと覚悟を決めてkintoneに改めて向き合ってみると、kintoneの面白さがわかってきたんです」(阿部氏)

 仕組みを理解し、自分の思い通りにアプリを作れるようになって初めてkintoneの面白さに気づいた阿部氏。エンジニアの目線から見ればノーコードでアプリを作れるkintoneはハードルが低く成功体験を得やすい仕組みだが、豊富なIT知識を持っている訳ではなく、まして自身で選んだのではなくトップダウンで導入されたkintone。阿部氏が面白さを理解するまでに時間がかかったのも無理はない。美しい導入体験ではないが、逆に言えば成功体験さえ得られれば、非エンジニアにも面白さがわかるのがkintoneの良さだ。

「kintoneを気に入った勢いをそのままに社内に浸透させるにはどうしたらいいかと考え、2つの方針を立てました。入口のハードルは可能な限り下げること、明日への可能性を大きく感じてもらうこと」(阿部氏)

 具体的には、チェックボックスやドロップダウンを多用して入力のハードルを下げることに注力した。アプリ改善の要望には即座に対応し、「やっぱりExcelの方がいいじゃんとは言わせない」という態度で臨んだ。スマホやタブレット自体に不慣れなスタッフもいたが、回りのスタッフがアドバイスできる体制を意識して作り上げていった。

 入力側だけではなく、報告書などもグラフを多用して情報共有をしやすい環境を目指した。入力のハードルを下げて情報を集め、それをわかりやすく可視化することでムリ、ムラ、ムダは目に見えて減っていった。現場スタッフにも効果が浸透し、さらに情報が集まり、kintoneによる情報共有が社内に浸透した結果、業務効率向上にも反映されていった。

kintoneが情報共有、コミュニケーションの基盤となりケアの質も向上

 kintoneが現場に浸透していくに従って、業務効率向上のサイクルも回り始めた。その一例が日々の業務報告だ。介護事業ではスタッフが社外で活動する時間が長く、業務報告は電話で行なわれていた。電話を受けて業務報告をまとめるために、オフィスには必ず1人、電話に対応するスタッフが配されていた。この業務報告を電話からメールに変更したところ、業務連絡の電話はなくなったが、代わりに次回自分が訪問する利用者の状況を問い合わせる電話が目立つようになった。

「業務報告をkintone上で共有することで、電話で問い合わせなくてもスマートフォンやタブレットから参照できるようになりました。オフィスへの電話が激減し、常に誰かが電話対応していなければならないというムダを省くことに成功しました」(阿部氏)

 事務的な業務にkintoneを広く活用していくことで、スタッフの業務効率は向上した。それによってケアに充てる時間も増え、利用者の満足度向上にもつながっているという。そうした効果を語ったうえで阿部氏は、当初の課題に立ち返った。

「業務課題を洗い出すために作った因果関係図で、情報共有不足による属人化が課題だとわかりました。まさにkintoneで、情報共有という課題をピンポイントで解決できたのです」(阿部氏)

 課題を解決し、心中で「やった!」と喜んだ阿部氏だが、決してひとりだけでやり遂げたことではないと謙虚に語る。

「私がkintoneの良さを実感し、周りが協力してくれて、kintoneの良さが伝わって実現できたことです。今では現場から、こんなアプリを作れないかと相談をしてきてくれるほどになっています」(阿部氏)

 社内に浸透し、期待を寄せられるようになったkintone。アプリ制作の依頼にもできる限り応えたいと阿部氏の勉強と努力は続く。

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