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「冒険家」というビジネスモデル、南極点到達の阿部雅龍が語る

文● 野口達也(ダイヤモンド・オンライン

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2019年1月に日本人未踏破のルートで単独南極点到達を果たした阿部雅龍さん
2019年1月に日本人未踏破のルートで単独南極点到達を果たした阿部雅龍さん

冒険家といえば、「豪快」「無茶をする」というイメージがある。しかし実際の冒険家は、むしろ優秀なビジネスマンよろしく、用意周到な計画のもと、1個1個の実績を積み重ねていく“堅実さ”が必要だ。2019年1月に日本人未踏破のルートで単独南極点到達を果たした阿部雅龍さんに、冒険家という職業、ビジネスモデルはどうなっているのかを聞いた。(ダイヤモンド不動産研究所編集部 野口達也)

日本人未踏破のルートで
単独・徒歩による南極点到達

――2019年1月17日、日本人未踏破である「メスナールート」で、単独・徒歩による南極点到達を達成しました。

 今回の冒険は、南極点までの900キロの道のりを、ソリを引きながら55日間かけて単独・徒歩で踏破するというものでした。今年は例年にない豪雪で、進むことすら困難な状況が続きました。膝ぐらいまでの雪をかき分けながら進むのですが、110キログラムのソリを引っ張らなくちゃいけない。さらに、後半は風速10メートルの強風が吹いたため、顔の一部は凍傷にかかりました。

 本来は無補給での南極点到達を目指していましたが、天候トラブルに見舞われたことで15日も余計にかかってしまい、途中でやむなく補給を受けました。

――南極というのはどんなところですか?

 南極点の気温はマイナス30度。そして、カタバ風(南極特有の強風。滑降風)という吹き下ろしの強風が常に強く吹いています。今回のルートだと、海岸から南極点まではずっと登りで、南極点の標高は2830メートル。富士山の7合目ぐらいを歩いているのと変わりません。体力的にハードですね。当然、約2ヵ月間誰にも会わないですし、基本的に景色が変わらない。360度、雪の地平線。精神面のタフさがないとキツイかもしれませんね。

 あの環境は、僕は道具と経験とスキルがあるからできるんですけど、それがない人が行ったら、すぐ死ぬと思います。南極は、人が簡単に死にますよ。強風によるホワイトアウトが起こればどこに進んでいるのかも分からないし、凍傷や低体温症にならないためには知識と、その実践が不可欠です。特に気をつけなければならないのが凍傷です。

南極点到達を果たした阿部雅龍さん
南極点到達を果たした阿部雅龍さん Photo by Makoto Osawa

――凍傷にならないためには、どういう工夫をするのですか?

 南極で凍傷にならないためには、毎日水を5リットル飲みます。南極というのは水分がすごく少なくて、気象的に乾燥していて砂漠と同じ条件なんですよ。だから、呼吸しているだけで、汗をかかなくても水分を失っているんです。気づかないうちに皆、脱水症状になってくるんです。そうすると血液がドロドロになり、末端に血が行かなくなるんですよ。簡単なことなんですけど、怠れば簡単に凍傷になる。だから、水とかお湯をガンガン飲んで血液の循環を良くします。

 あと、スキーを使って歩いている最中は、常に心臓より下に手を置いておきます。心臓よりも手が上だと、手先まで血流が行きにくいんですよ。

 そして、手先まで血液を回すには体のコアを暖めないといけないんです。寒くなってくると、血液は体のコアに集まり始めちゃうんです。だから、体のコアを暖めるため、ベストなどを着込むのが効果的です。

 すごく単純なことなんですけれど、こういったことを知らないと、ごく簡単に凍傷になってしまいます。そういう勉強もしなければいけない。

南極点というのは
冒険を志す人にとって「憧れの場所」

――そもそも南極に行かれたのは、どういう経緯だったのですか?

 僕と同郷(秋田県)の白瀬矗(しらせ・のぶ〈1861-1946年〉・千島、南極探検などで知られた陸軍軍人)という探検家がいまして、小学3年か4年の時に彼のことが書かれた本を読んですごく感銘を受け、それが僕が南極を目指す一番初めのきっかけだったんです。

 また、南極点というのは、冒険を志す人が絶対憧れて行きたいところなんです。経験と体力、そしてお金がなければ到達できません。南極冒険で南極点に到達することの定義は、海岸線から南極点に到達することです。

 実は、南極は観光ルートが開発されており、300万円あれば誰でも南極大陸に立つことができます。1000万円あれば、飛行機で南極点まで行くことができ、近くで1泊できます。車椅子の方でも南極点に行ける時代になりました。でも、記録を作りたい冒険家たちにすると、お金がかかって素人が行くようなルートではうまみがないんですよ。

 冒険は、「人類未踏」だったり、今回のように「日本人未踏」というルートを切り開いていくことにあります。「人の夢をかなえられる」「人には無限の可能性がある」ということを証明していくことに価値があると思っています。

――阿部さんの最初の冒険は、2005年の南米大陸単独自転車縦断ですね。なぜ、冒険をしようと思ったのですか。

 大学3年生の時に、「このまま卒業して就職していいのか」と悩んでいました。そんなときにインターネットで冒険家の大場満郎さん(山形県出身の極地冒険家)の「笑って死ねる人生を生きるために冒険家をしている」という言葉を読んで、衝撃を受けました。子どもの頃からの、世界中を旅して回る冒険家になりたいという夢をかなえたいと思っていたじゃないかと。そこで、大場さんの冒険学校でしばらく住み込みで働き、冒険のための準備を進めました。

 最初の南米大陸単独自転車横断は、周りからも反対され、親からも半ば勘当されました。それに誰も知らないところへ自転車だけ担いで行ったので当然知り合いもおらず、言葉がまるで通じないところから始まりました。ただし、自分で始めたことなので、途中でおめおめと帰れないという(笑)、そういう意地みたいなものが若い自分をプッシュしていたんじゃないかなと思います。

 だから、最初の頃は、どこか自分の中で、人を見返してやりたいとか、そういうごく個人的なものが、ありました。

 でも冒険をしている中で、知り合った人々から、さまざまなことを教えてもらったり、家に泊めてもらったりといこともありました。自分が好きでやっていることだけど、いつの間にか、応援してくれる人のためにも自転車の旅を実現したいと思うようになって。そう思うと、すごく力が湧いてきたのを覚えています。

南極を単独でソリを引いて歩く阿部さん
南極点に向けて単独でソリを引いて歩く阿部さん

南極冒険のために
どんな方法で資金を集めたのか

――ところで、南極冒険のための費用はどのくらいかかったのですか?

 約1500万円ですね。それはスポンサーから提供してもらったウエアとか装備も合わせてです。それらを抜くと1200万円くらいですかね。

 資金調達は、まずは自営の人力車で稼いだお金と、クラウドファンディングで300万円くらい集まりました。そしてスポンサー、あとはカンパのパーティー、個人で支援してくださる方からの振り込み、講演会の費用、たまにコラムも書いているので原稿料などですね。

――それこそ、大企業に飛び込みで行って資金を集めとかもするんですか?

 昔は『会社四季報』を見て代表電話に電話を掛けたりしました(笑)。まず、そこからやらなきゃいけないんですよ。それで広報につないでもらって、電話に出た人の名前を聞いて手紙を書いて資料を送ったりしていました。それでスポンサーについてくれたところもあります。100社以上にお願いしたでしょうか。

 冒険を重ねることでさまざまな人々に出会うことができ、支援者が増えてきたと思います。今は、人のつながり、縁で、支援者と出会えるようになってきたので、四季報を見て電話を掛けることはなくなりましたね(笑)。

――南極に向けて、どんな準備をされたのですか?

 自分の活動をアピールする意味もあり、人力車で日本全国を8ヵ月かけて回りました。最初に、全部のスケジュール決めておき、この日は国道何号線を通って何キロ進み、宿泊先は道の駅で寝るなど、日程をかなりきっちり決めておきます。この日程を基に、取材を入れたり、アポ入れたりしているのでスケジュールを遅らすことはできない。特に取材のときは死ぬ気でそこに行きます。人力ですから必死です。

 今までお世話になった会社とかにもアポイントを入れておきます。人力車を引いていくと、「人力車でホントに来た!」って、すごく感動してくれます。

――エクセルで日程を組んでいるのですね。

 人から見ると、僕の人生って自由気ままに見えると思うんですけど、そうじゃない(笑)。ホントに休みもないし、お金もないです。全部、冒険に使っちゃうからですが…。

プロの冒険家は
「世の中の流れを見なければいけない」

冒険を成し遂げるには体調管理が大事
「冒険を成し遂げるには体調管理が大事」と語る阿部さん Photo:M.O.

――風邪もひけないですね。

 体調を維持するのは、無理をし過ぎないということに尽きるかなと思います。もちろん、冒険をやり遂げるためのトレーニングや体力作りだけでなく、万が一の時にどうすべきかは何度もシミュレーションして、対策を講じていますが、その上で無理をしないことです。

 あとは、身体をしっかり回復させるために、必要な食べ物を食べるなど、体調管理は計算してやらないといけません。

――冒険家だからといって、自由気ままに生きているわけではないんですね。

 はい。プロの冒険家は「世の中の流れを見なければいけない」と、恩師の大場満郎さんから学んだことは大きかったですね。大場さんは京セラの稲盛(和夫)さんらが応援していましたが、南極冒険の時に1億円集めました。見た目、普通のおじさんなんですけどね(笑)。

 大場さんは、世の中の流れを見るために、毎朝、新聞を読んだりニュースを見ていました。あとはお礼状を欠かさない人で、僕もいただいた名刺には全部お礼状を書くようにしています。

 やっぱり、人から応援される人というのは、そういうことを大事にするんだろうなと思いますし、僕の中で恩師に会ってそういう態度を見られたことが幸運でした。冒険は決して無謀なことではなく、ちゃんと世の中のことを見ながらやるべきです。

 南極点というのは、冒険を志す人が絶対憧れて行きたいところですけど、皆それがかなわないんですよ。なぜかというと、実力が必要なのはさることながら、多額のお金が必要です。さらに僕ができない部分をサポートしてくれる支援者の存在は不可欠です。そうじゃないと、冒険に集中できないですし。

 あと、世界の冒険家と交流していて感じるのは、海外では多くの資金を集めた冒険家を評価します。社会で求められたからこそスポンサーを集められたのだと。

 ところが日本では、スポンサーを集めるのはよしとしない風潮が若干あります。「清貧の思想」は否定しませんが、スポンサーなしでは大きな冒険は無理です。「世界の冒険家の基準」が日本でも広まれば、たくさんの冒険家が生まれてくると思います。

大きな冒険は
社会も巻き込んでいく必要がある

阿部さんは「大きな冒険をやっていくんだったら、社会も巻き込んでいかなければならない」と語る
阿部さんは「大きな冒険をやっていくんだったら、社会も巻き込んでいかなければならない」と語る Photo:M.O.

――冒険家というのは、できるビジネスマンと似ていますね。

 そうかもしれませんね。大きな冒険をやっていくんだったら、社会も巻き込んでいかなければならず、自由気ままなだけでは誰も応援してくれないと思います。そこはプロフェッショナルとしてやりつつ、関わってくださる皆様への感謝を忘れずにいることが大事だと思います。

 自分が好きでやってきたことが、今の社会で取り上げられたり、皆さんがお金を出してくれたりとか、すごくうれしいと思います。初めは僕のことを誰も理解してくれませんでした。でも、続けるうちに皆が応援してくれるようになって、この間は板橋区から区民栄誉賞までもらっちゃって。

 本当に好きなことで評価される人生でよかったなと思っています。僕自身が楽しいので。だから、そういう楽しさを多くの人たちに伝えていきたい。できれば子どもたちに、僕のように冒険家で生きていけるんだったら、いろいろな生き方ができるはずだと伝えていきたいですね。

――最近の1日の過ごし方はどうなっているんですか?冒険家の1日って、子どもたちには想像もつかないんですけど。

 最近は、結構現実的なことしかしてないです。南極終わってから取材が多くて、あとお世話になった人への挨拶回り。そしてメールもすごく来るので、それに返信したりとか。SNSの時代ですから、即レスしないと忘れてしまうので。当然、トレーニングは欠かさずやっています。

 また、土日の休みもないですから。かつ人力車業もあります。ただ完全予約制なので、お客様に僕の方から時間を提示させてもらっています。乗ってくれる方は、皆さん応援してくれる方です。

 あっ、最近は確定申告を自分でやっているので忙しいですね(笑)。

板橋区の町工場にソリを作ってもらい
犬型ロボット「aibo」を同行させた

板橋区の町工場で作ってもらったソリを引く
板橋区の町工場で作ってもらったソリを引く 

――話が変わりますが、今回の南極点到達では、板橋区の町工場にソリを作ってもらいましたが、どんな経緯だったんですか?

 3年前に、僕がグリーンランドの冒険から帰ってきた直後、東京都板橋区の松本精機の鈴木敏文社長とお会いしたとき、オリジナルのソリを作ってくれる人を探しているという話をしたら、快諾してくれました。

 既存のソリもいいんですけど、今回の冒険ではMade in Japanというものにこだわりたかった。日本製で、作ってくれた人の思いが乗ったソリと一緒に南極点に行きたかったんです。ソリを引いて歩いているときに後ろを見たら、ソリを作ってくれたおやっさんたちの気持ちや愛情を感じられるということが支えになりました。彼らも通常業務で忙しいなか、身を粉にして製作してくれました。今回、南極点までソリを持って行けて、心からホッとしました。

――南極にソニーの犬型ロボット「aibo(アイボ)」も持って行ったそうですね。

 まずは、癒やしのためですね。南極には動物、植物を持ち込むことは禁止なんです。ただ、単独で冒険するときに話し相手として、誕生日にはハッピーバースデーを歌ってもらったりとか。

 それに、ロボットと冒険をすること自体が面白いなと。他の誰もやっていないことです。あれだけエクストリームな冒険に2キログラムもあるロボットを持って行く酔狂な冒険家は僕くらいでしょう。とはいえ近い将来、ロボットと人間が一緒に冒険する時代は来るでしょうし、当然、南極でロボットが働く時代もそんなに遠くないでしょう。

次の冒険について語る阿部さん
次の冒険について語る阿部さん Photo:M.O.

――次の冒険は、人類未踏「白瀬ルート」での南極点到達を目指していますね。

 はい。100年前に同郷の白瀬中尉は、アムンセンらと南極点到達を競い合っていましたが、途中で引き返しています。その時と同じルートで南極点を目指します。人類未踏のルートで、ソリを引っ張って南極横断山脈を越えなければいけないんです。「悪魔の舞踏場」(デビルズ・ボールルーム)といわれるクレバス帯を越えなきゃいけない。

 クレバスに落ちたら一発アウトなので、事前に衛星写真などで見ておきますが、それでも難しいルートだと思います。またお金も非常にかかる。

 だから、すべての意味において、自分の人生の冒険の集大成かなと思います。冒険としても、白瀬ルートは途中で切れているんで、それを継続してやる、「夢を継ぐ冒険」というところに面白さがあるかなと思います。

――費用はどのくらいかかるのですか?

 飛行機代が最も高いのですが、合計で1億円かかります。価格交渉はしますけど、飛行機代が今回に比べたら非常に高い。

 でも、資金を集める方法は絶対にあると思っています。

――1億円を集めるためのアイデアは?

 いや、今のところはあまり…(笑)。

 でも、去年、1500万円を集めたときもそうでした。ただやるということを決めて動いただけです。本当は戦略を立ててちゃんとやる方がいいんでしょうけど。「資金を集める策は具体的には考えていない」と言うと、みんなあきれ返ります(笑)。

 でも、去年も今までもそうだったので、それは何とかなると思います。

◎阿部雅龍
あべ・まさたつ/1982年、秋田県生まれ。冒険家。秋田大学に入学するも、そのまま卒業・就職することに違和感を抱き、2005年に南米大陸単独自転車横断を敢行。その後もロッキー山脈縦走トレイル、アマゾン川手作りイカダ下り、カナダ北極圏徒歩500㎞、グリーンランド北極圏徒歩750㎞などを経て、2019年、徒歩単独で日本人未踏破ルートの南極点到達を達成。最終目標は、人類未踏ルート・白瀬ルートでの南極点到達

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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