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欧州電子政府事情2019 ― 第2回

IT先進国エストニアで進むテクノロジーで市民に政治参加を促す「Eデモクラシー」

2019年03月25日 11時00分更新

文● 大津陽子、編集●岡徳之(Livit

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 世界最先端の電子国家と呼ばれるエストニア。ICTを最大限に活用した電子政府の政策は、行政を効率化し、市民の利便性を高めた。

 ICTで政府の透明性も大きく向上させたエストニアは、汚職の少ない国をランク付けする腐敗認識指数で、180カ国中18位に選ばれるなど、「汚職体質」とも揶揄される旧ソ連構成国につきまとう負のイメージを払拭している。

腐敗認識指数マップ(transparency international公式サイトより)

 こうした行政運用の現状に満足せず、エストニアはICTによって市民に政治参加をより促そうとしている。地方自治体の予算決定に市民の声を反映させる参加型予算編成(Participatory Budgeting:PB)への活用、さらには旧ソ連構成国の民主化に対し、テクノロジーを活かした国際協力を行っている。

 そんな電子国家エストニアの「Eデモクラシー」とはどのようなものか、またICTを活用した参加型民主主義の前提として欠かせない情報リテラシー教育にエストニアはどう向き合ってきたのだろうか――。

EガバメントからEガバナンスへ、エストニアの参加型民主主義

モバイル端末から行政・政治にアクセスするエストニア市民(Pixabayより)

 99%の行政手続きを電子化したエストニアの次なる挑戦は「Eガバナンス」による「Eデモクラシー」の推進だ。政府の統治システムを指す「ガバメント」に対し、「ガバナンス」とは、行政活動を「官」がすべて担うのではなく、企業や住民、NPO など「民」と協働し進めることと定義され、民主主義の定着において重要な要素とされる。

 エストニアでは現状、ICTは行政側の情報共有ツールとしての意味合いが大きいが、2003年に設立された非営利シンクタンクのEガバナンスアカデミーは、市民の政治参画を促進するため、情報公開やコミュニケーションのツールとしてICTを活用する道を模索し、ガバナンス電子化の発展と伝導に尽力してきた。

 エストニア第二の都市タルトゥから始まった、住民の予算編成への参加を促す「参加型予算編成(PB)」へのICT活用はそのひとつだ。

 PBは、今では日本を含む世界各地に広まっているが、実践においては市民にその制度の存在を幅広く周知し、参加を促すことがカギとされる。エストニアはそのためのツールとしてICTを活用しようと挑戦している。

 タルトゥ市は、エストニアの学問・文化の中心とも言われる人口9万5000人ほどの都市。2013年にエストニアで初めてPBを導入した地方自治体であり、その後に続いた他の4都市に先行事例を示した。

【エストニア第二の都市タルトゥ タルトゥ市公式YouTubeチャンネル】

 タルトゥ市では、市民はPBを通じ、翌年の予算の約1%である20万ユーロの使い道を決定できる。その目的は、市民のアイデアを問題解決に活かすだけでなく、市民の自治体予算とその編成過程に対する理解を深めること。

 タルトゥ市のPBは、多くのプロセスに市民参画の機会が設けられているのが特徴。市民から提出されたアイデアは、有識者によって実現可能性が検討され、その後、アイデアの提出者と有識者の議論、アイデアの公表、16歳以上の市民による投票へと進む。これまでPBを通じて、歩道や公園、子供の身体活動を促進するための環境整備などが行われた。

 このプロセスを円滑に進めるために活用されたICTが、System for Local Democracy Procedures(地方民主主義手続きシステム)、通称VOLISだ。

 VOLISは、地方自治体の意思決定を迅速に行い、関連するすべての情報を一般の人びとと共有し、市民の意思決定への参加を促進するために開発された。

 ペーパレス文書管理、オンライン会議、電子投票、会議のオンライン視聴とアーカイブ機能を持ち、議会での議題や決定事項もVOLISを通じて市民と共有される。このシステムは、PBの導入にあたってもタルトゥ市民と自治体とのコミュニケーションツールとして活用された。

 他にも、投票をサポートするウェブサービス「Electoral Compasses」の活用も「Eデモクラシー」推進の取り組みのひとつだ。

 現在使用されているバージョンは2015年にエストニア公共放送とタルトゥ大学が立ち上げたもので、税制改革、男女間の賃金格差、移民、防衛政策、エストニア社会におけるロシア系少数派など、エストニアにとって重要とされる30のトピックについて、自分の意見を選び、優先順位をつけることで、政党がランク付けされ、候補者と自分の立場を分析できるようになっている。

 2011年の選挙では、旧バージョンを11万人(登録有権者の約10%強)が利用した。各国における同様のサービスの利用率を鑑みると、成功例として捉えることができる。

中世の城は電子議会の舞台に、エストニア国会議事堂(PixabayのPuhkusEestisより)

エストニア独立後の最優先事項はICT教育と啓発

 こうしたICT活用を成功させるための前提条件として、テクノロジーそのものより、市民がコンピュータやモバイルデバイスの使用に慣れていることが大事だと言われる。

 エストニアは、これまで一貫して、情報リテラシー教育、ICT活用に関する啓発に力を入れてきた。

 そのひとつ、「タイガーリープ」は、学校教育に焦点をあてて、ネットワークインフラ整備と教師へのICT講習を国内全土で行ったプロジェクトだ。独立後の困難な時期に教育への投資を優先させて始まったこのプロジェクトにより、都市部と地方の子供たちに同等のICT教育の機会が与えられたという。

 続いて、2001年には「Look@World」が開始。こちらは大人も対象にICTスキルの向上を目指すもので、基礎コンピュータ、情報リテラシーのコースなどが準備された。

全国土をカバーする子供へのICT教育 (Pixabayのcherylt23より)
 

ICTを通じた国際協力、そしてEデモクラシーの伝道師に

 エストニアは現在、政府機能の電子化を通じて国際協力も行うようになっている。たとえば、VOLISを開発した企業AS Andmevaraは、モルドバの住民登録の電子化を支援し、2014年には外務大臣とウズベキスタンを訪問、中央アジアへの国際協力も計画している。

 近年はそれに加えて、いまだ民主化への過渡期にあるといえる旧ソ連構成国への「Eデモクラシー」の普及にも尽力している。特に、密な連携を行っているのが、昨年ロンリープラネットによって訪れるべき国10選にも選ばれ、急速な発展を遂げるジョージアだ。

 サイバーセキュリティや医療ICTでの技術協力だけでなく、クタイシ、バトゥミ、アハルツィの3都市をパイロットケースとして、VOLISを微調整したシステムの運用をサポート。市民と地方自治体のコミュニケーションと情報共有を助け、タルトゥ市の事例を参考にした参加型予算編成も2都市で行っている。

【ジョージアへの導入事例 eガバナンスアカデミー公式チャンネルより】

 このように、電子国家として国際協力も行うエストニアだが、最先端のテクノロジーに触れることを期待してこの国を訪問する外国人の中には戸惑う人もいる。なぜなら、中世の街並みが広がる首都タリンには、無人店舗やロボットなど、わかりやすい形で目に見えるテクノロジーは少ないからだ。

 しかしエストニアは、行政の効率化、行政サービスのユーザビリティと政府の透明性の向上といった、目には見えないが重要な分野でICTを活用した国づくりを行い、電子国家としてのブランドを創り上げてきた。そして今、エストニアはテクノロジーを活用した市民参画と民主化の推進を担う国家へとさらなる歩みを進めている。

 民主化半ば、といった言葉でメディアに取り上げられることの多い旧ソ連諸国。エストニアのEガバナンス、そしてEデモクラシーがこれから果たす役割は大きいだろう。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit

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