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FC東京・久保建英がたった5ヵ月の期限付き移籍で劇的に成長した理由

2019年03月10日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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久保建英
J1開幕戦から2試合連続で先発出場を果たしている久保建英 写真:西村尚己/アフロスポーツ

開幕から2試合を終えた今シーズンのJ1戦線で、FC東京の17歳、MF久保建英が昨年までは見られなかった存在感を放っている。スペインの名門FCバルセロナの下部組織で磨き上げた攻撃力だけでなく、守備面でも泥臭さを厭わないハードワークを披露。長谷川健太監督が描いていた序列を鮮やかに覆させ、先発を勝ち取った変化の原点を探っていくと、出場機会を得られない状況に危機感を募らせた昨夏に、横浜F・マリノスへの期限付き移籍を熱望した久保を「可愛い子には旅をさせよ」の心境で送り出したFC東京の親心があった。(ノンフィクションライター 藤江直人)

「なぜJ1の試合で使ってくれないのか」
環境を変えようと横浜F・マリノスへ

 たった5ヵ月ほど見なかった間に自らの意思で、大人への階段へとつながる扉を開けていた。開幕から2試合を終えたFC東京で群を抜く存在感を放っている17歳、MF久保建英の何が変わったのかと問われれば、長谷川健太監督が発したこの言葉に答えが凝縮されていると言っていい。

「マリノスへ出て外の世界を知ったことで、子どもだったメンタルがだんだんと大人のそれに変わりつつあると思っている」

 横浜F・マリノスへの期限付き移籍が電撃的に決まったのが、夏の移籍市場が閉められる前日の昨年8月16日だった。長谷川監督だけでなく、FC東京を運営する東京フットボールクラブ株式会社の大金直樹代表取締役社長も慰留したが、環境を変えたいと望む久保の意思は固かった。

 プロ契約を結んで2年目だった昨シーズン。リーグ戦における軌跡はすべて途中出場で4試合、わずか58分のプレー時間にとどまっていた。しかも、後半33分からピッチに立った4月14日のセレッソ大阪戦を最後に、FC東京がU-23チームを参戦させているJ3へ主戦場が移っていた。

 これならば2017シーズンと状況は何も変わらない。なぜJ1の試合で使ってくれないのか――志半ばでスペインから帰国することを余儀なくされた久保が、下部組織のFC東京U-15むさしに加入した2015年5月から見守ってきた大金社長が、マリノスへ送り出したときの心境を振り返る。

「あの時はなかなか思い通りにいかず、(久保)建英自身がフラストレーションを溜めているタイミングだったので、メンタル的にもすごく不安定だったことをよく覚えています。FC東京にいることが建英のストレスになっていた部分もあったので、ならば少しでも環境を変えて、自分を高めてからまた戻って来い、という方針の下でクラブとしては前向きにとらえました」

 新天地では順風満帆なスタートを切った。ベガルタ仙台との天皇杯全日本サッカー選手権4回戦で味方のゴールをアシストすると、J1初先発を果たした8月26日のヴィッセル神戸戦では、スペインのレジェンド、アンドレス・イニエスタの目の前で待望の初ゴールを叩き込んだ。

 続く同29日の清水エスパルス戦でも先発した久保だったが、マリノスが熾烈なJ1残留争いに巻き込まれた9月以降は出場機会が激減する。12月1日の最終節までにベンチ入りした8試合のうち、後半途中からピッチに立ったのはわずか3試合、プレー時間は40分にとどまった。

 FC東京時代と変わらない状況に再び直面した日々で、久保は自問自答を繰り返したのだろう。その過程で「なぜ試合で使ってくれないのか」という外向きのベクトルが、いつしか内向きのそれへと変わった。「自分には何が足りないのか」――17歳に生じた変化は、久保のこの言葉に凝縮されている。

「サッカーはチームスポーツなので、オレが、オレが、というわけにはいかない。選手1人ひとりに特徴があるとは思いますけど、チームの勝利が最優先される中で、土台となるチームのコンセプトを実践できなければ試合に出られないのは当たり前であり、その上で攻撃では自分の特徴をしっかり出して、チームのいいアクセントになればいい、ということをこの1年間で、十代の早い段階で学べたことは一番大きな収穫だと思っています」

期限付き移籍という“旅”で、
メンタル面は一回り大きく成長

 マリノスへ飛び出す直前の久保を、あらためて振り返ってみる。主戦場としていたポジションは[4-4-2]システムのサイドハーフ。ガンバ大阪を率いて国内三冠を独占した2014シーズンを含めて、長谷川監督が掲げる堅守速攻スタイルは、左右のサイドハーフが生命線を担ってきた。

 求められたのは絶え間なく上下動を繰り返し、守備面では泥臭いハードワークを厭わず、その上で攻撃面においてチームへ違いをもたらすこと――FC東京U-23を率いていた安間貴義監督(現トップチームヘッドコーチ)は、J3でプレーしていた昨夏の久保をこう表現していた。

「トップチームのサイドハーフは、強度がものすごく高いプレーをしなければならない。長谷川監督の下で今、建英は守備の基本を教わっています。トップチームでなかなか試合に出ていないので、どうしたのかと思う方もいるはずですけど、彼は確実に強くなっています。もうちょっとだけ待っていただけると、恐らくJ1でも再び出られると思っています」

 長谷川監督を含めて、FC東京としては「急がば回れ」を久保に説いていた。ただ、カンテラと呼ばれるスペインの名門、FCバルセロナの下部組織の入団テストに10歳で合格。約3年7ヵ月に渡って心技体を磨き上げてきた久保も、自分自身に対して絶対的な自信を抱いていたのだろう。

 ゆえに慰留を振り切って飛び出し、FC東京としても「可愛い子には旅をさせよ」の心境でマリノスへ送り出した。この時から、昨年末までと定められていた期限付き移籍の期間は延長しない、という方針があった。久保が持つ非凡な能力に期待を寄せていたと、大金社長は振り返る。

「選手には(期限付き移籍という)旅をしながらしっかり成長するタイプと、何だか旅先の居心地がいいなと感じてしまうタイプと2通りあると思うんですね。建英の場合は自分のことを客観的に、自分の視点を持って見られているし、目標となるゴールをしっかり見定めてサッカーに取り組める。そういう点もあったので、どこへ行っても間違いなく成長できる、と考えていました」

 トップレベルの試合に出られない理由を、監督をはじめとする外側ではなく、自分自身の内側に見つけたからだろう。進むべき道がはっきりと見えていた久保は、期限付き移籍を終えて復帰するために設けられた交渉の席で、大金社長を驚かせる言葉を発している。

「建英は『僕は間違いなくやれます』と言ったんですよ。自信満々だったというか、ちょっと言い過ぎなところもあるかなと思ったくらいですけど、とにかく『絶対にチームのためにやれます』と。一番変わったのはメンタルですよね。技術力といったところは以前から高かったところへ、メンタルの部分でひと回り大きくなって帰ってきたと思いました」

体感トレーニングの成果で
体を張ってボールを奪う場面も

 心の変化だけではない。チーム活動以外でもプロトレーナーの木場克己氏に師事し、今現在に至るまで地道に積み重ねてきた体幹トレーニングの成果。栄養士の助言を受けながら、食生活に施してきたきめ細かな配慮のすべてが相乗効果を成し、長谷川監督の評価を鮮やかに覆させた。

「びっくりするくらい変わりました。キャンプ当初から意欲も違いましたし、練習試合を重ねるごとに成長する姿を目の当たりにして、開幕戦から(先発で)行けるんじゃないかと。若い選手の1年間の成長は本当にすごいと、あらためて驚いています」

 王者・川崎フロンターレのホームに乗り込み、スコアレスドローで勝ち点1を獲得した2月23日の開幕戦。利き足の左足から放たれた、強烈な直接フリーキックが右ポストを叩いた前半41分の決定機が注目を集めたが、本当の意味での久保の変化は直前のプレーに集約されていた。

 日本代表でプレーした経験もあるDF車屋紳太郎と激しいボディコンタクトを展開しながら、昨シーズンまでなら転倒していた場面で踏ん張る。最後は強引かつ巧みに体を入れてボールを奪い、素早く反転してドリブルを仕掛け、チャンスを作り出したプレーを久保はこんな言葉で振り返っている。

「何て言うんですかね……他の選手たちもああやって体を張って守っていますし、変な目で自分を見ることなく、普通にボールを取った、というくらいに思っていただければ幸いです」

 特別なことではなく、チームの一員として当然のことをしただけという意識が、ちょっぴり困惑した表情を生み出していた。成長という名の旅の手土産を存分に発揮し、精かんな顔つきとともに大人への階段を駆け上がっている久保を見ながら、父親のような思いを大金社長は抱いている。

「階段を駆け上がり過ぎちゃって、どこかに行っちゃうのかなという、親心にも似た気持ちもあらんでもないな、と。活躍すればするほど注目されるし、世界から見られる、となった時に、子どもが留学する時に親が抱く寂しさみたいなものあるかな、というのがありますね」

「すぐヨーロッパから声がかかるレベルに」
久保の成長に長谷川監督も期待

 図らずも指揮官も、久保が成長した先に待つ未来に対して言及している。2017年6月にFCフローニンゲン(オランダ)へ移籍し、今では森保ジャパンの主軸を担っているガンバ監督時代の教え子、20歳のMF堂安律と比較しながら、長谷川監督はこんな言葉を紡いでいる。

「堂安がヨーロッパへ行く前のレベルくらいまで来ているな、と。これからJリーグで順調に経験を積んで、5月のFIFA・U-20ワールドカップでさらに刺激を受ければ、すぐにヨーロッパから声がかかるレベルに来ているんじゃないかと思っています」

 おりしも今シーズンの開幕を直前に控えた時期に、スペイン紙が寝耳に水のニュースを報じた。久保が18歳となる今年6月に、バルセロナへ復帰することでFC東京と基本的に合意した――なるニュースを、クラブ間の交渉すら存在しないと大金社長は全面的に否定している。

「(18歳になれば)国際間移籍ができる、ということはルール的にも間違いないし、もしかしたらそういう話があるかもしれないけど、現時点で特に何かが決まっている、ということはありません」

 昨年2月に出席した2泊3日のJリーグ新人研修。最終日に提出した、5年後の自分に宛てた手紙の中身に対して、久保はこんな言葉とともに言及している。

「何かもやもやした表現で申し訳ないんですけど、サッカー選手として大きな存在でありたい、というのはありますね。久保選手を見てサッカーを始めました、と言ってもらえるような。より大きな影響を周囲に与えられるような、ひと言で表現すれば『すごい選手』になることが僕の目標でもあるので」

 あれから1年ちょっと。自分の力で壁を乗り越えた久保は、ようやく「すごい選手」になるためのスタートラインに立った。眩い存在感こそ放っているものの、確固たる結果はまだ何も残していない。湘南ベルマーレとの第2節でも、惜しいシュートを放ちながら相手GKに防がれてしまった。真価を問われる挑戦は幕を開けたばかりだからこそ、大金社長も言葉に力を込める。

「今は建英自身もすごく安定してサッカーに取り組めていると思うので、クラブとしてしっかりサポートしていきたい。今現在に満足することなく、さらに上を目指していくことが一番大切なので」

 長谷川監督が描く序列の中で、格上げされたからだろう。6日に開幕したYBCルヴァンカップで、久保は柏レイソルとのグループリーグ初戦のメンバーに入らなかった。サガン鳥栖と対峙する10日のホーム開幕戦で、シーズン初ゴールを含めた結果を味の素スタジアムのピッチに刻む光景を思い浮かべながら、覚醒の感を漂わせる久保は心技体を高めながらキックオフの笛を待つ。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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