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佐藤優の「人生が深まる読書」は専門書4割、エンタメ本6割!?

文● 佐藤 優(ダイヤモンド・オンライン

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パソコンやスマホの普及によって深刻な活字離れが問題視されている現代。その一方で、読書は人生を豊かにするとたびたびいわれるが、実際に読書は人生においてどのような役割を果たしてくれるのか。本連載では、作家として執筆や講演など幅広く言論活動をしている佐藤優氏の新刊『人をつくる読書術』(青春出版社)の中から、人生がより深まる読み方や血肉となった自身の読書体験などを抜粋して紹介する。

専門書に挑む前の「○○本」のすすめ

佐藤優
写真提供:坂本禎久

 まず、間違った読書の一つとして、いきなり専門的で難しい本を読み、理解できないままに時間を浪費してしまうことがあります。物事には順序があります。読書でも、まずその分野の入門書に当たることです。

 入門書としておすすめするのが通俗本です。通俗本というと何か言葉は悪いのですが、実際は非常に重要なジャンルだと考えています。通俗本とは専門家が一般の人たちにその知識を広めるべく、やさしく平易な言葉で解説したもの。

 通俗本の古典というと、イギリスの科学者で物理学者でもあったマイケル・ファラデーの『ロウソクの科学』が有名です。ファラデーは電磁誘導や電気分解の法則を発見した科学者ですが、この本は世界各国のロウソクやそのつくり方、利用の仕方などを紹介しつつ、科学の本質に触れていく。ロンドンの王立研究所が主催した講演をまとめたものですが、世界的な名著になっています。

 通俗本がすごいのは世界中の人たちに専門知識を広め、興味を抱かせること。特に若い世代に刺激を与え、ときには将来その道に進むきっかけを与えるほどの影響力をもちます。難しいことを平易に、かつ面白く読ませるには大変な労力が必要です。本当に専門分野について理解していて、なおかつ幅広い知識と教養がなければ、やさしく人に教えたり伝えたりすることはできません。そういう意味で、私は通俗本こそ知識と知恵の結晶化されたものだと考えています。

 ただし、通俗本と一般にいわれる書籍には大きく分けて2種類あります。一つはファラデーの本のように本物の専門家が書いたもの。もう一つは、それこそ門外漢の人物がよく理解せずに書いたもの。後者の場合、専門知識をもっていないため、何が重要で何が重要でないか、どんな順序で説明すればいいかをまったく把握していないのです。そうした本に引っかからないように気をつけなければなりません。著者を確認して、まずその分野の専門家かどうかを確認することが大事でしょう。

読書は、専門書4割・エンタメ本6割でちょうどいい

 幅広い知識や柔軟な思考を保つには、通俗本はもちろん、さまざまなジャンルの本をバ
ランスよく読む必要があります。

 中でも、ミステリーは思考力や推理力をつけるうえでよい分野でしょう。たとえば、ジャーナリストの池上彰さんは鋭い分析と洞察に基づくニュース解説などでおなじみですが、ミステリーを読むことで分析力や洞察力を身につけることができたといいます。池上さんは、新人記者時代に優秀な先輩記者から松本清張をすすめられて、すっかりミステリーファンになったそうです。良質のミステリーにはさまざまなトリックや伏線が仕掛けられているため、情報の真偽を見極める力や選択眼が磨かれます。主人公と一緒に犯人捜しをすることで、注意力、分析力、洞察力が自然に鍛えられます。

 私も松本清張の『黒の手帖』といわれる創作ノートを基に、彼の作品を取り上げた本を共著で出したことがあります。そのときにわかったのは、優れたミステリーは心理分析にしても社会分析やトリックの見極め方にしても、インテリジェンスの世界にそのまま通じるものがあるということでした。

 また、文系の人が理数系の知識や論理的な思考を学ぶうえではSF小説も有効です。古典と呼ばれるくらいの良質な名作は、科学理論を基礎としながら、その可能性を豊かな想像力でさらに膨らませています。一見すると飛躍があるようなストーリーでも、しっかり科学的根拠や科学理論を踏まえているのです。

 ミステリーにしてもSFにしても、楽しんで読めるという娯楽性が一番の特徴です。先の通俗本も同じように肩の力を抜いて読むことができる。いずれにしても一流の作品、名作や古典となっている本は、楽しく読めながらたくさんのことを学ぶことができる内容になっています。

 体系的な知識を専門書などで身につけることも大事ですが、これらの本のように楽しみながらその知識を補強し、さらに広がりをもたせることも重要です。専門書とこれらの通俗本やエンターテイメント性の高い本の割合は、それぞれ仕事や目指すところによって違うと思います。アカデミックな分野で仕事をする人なら専門書を中心に体系的な知識を身につけなければなりませんが、一般のビジネスパーソンの場合は仕事に関する専門書を読む時間が3割から4割として、通俗本や小説などエンターテイメント性の高い本を6割から7割くらいでちょうどいいのではないでしょうか。

 私の場合、通俗本や小説などを読む時間もけっこう多いのです。専門書だけでなく幅広い読書を心がけることで、思考が硬直化するのを防ぐと同時に、新たな好奇心や興味をかき立てることができます。

漫画『キングダム』から読み解く“日本人の弱さ”とは

 その意味で漫画もよく読みます。読書好きの人は漫画を軽く考える傾向がありますが、最近の漫画は下手な小説や評論などよりリアルに、現代社会や人間を描いているものが少なくありません。

 最近でいうなら、なんといっても累計3000万部を超えた『キングダム』(原泰久)でしょう。春秋戦国時代の中国を描いた同作品ですが、そこで描かれている戦いとサバイバルは、まさに現代のグローバリゼーションが進んだ弱肉強食の世界を連想させます。過酷な競争社会を生き延びていくには、それぞれの戦略が必要です。『キングダム』に登場する武将の葛藤や戦いを追うと、現代の厳しい競争社会でいかに立ち回り、生きていくべきかという問いに対しての答えが見えてきます。

 たとえば軍略家で知られる玄峰と、それに戦いを挑んだ信の話は示唆的です。玄峰は信の性格を分析し、その行動を予測します。玄峰はワナを仕掛け、信の軍を自陣に攻め入らせてからその後続を断ち、孤立させます。策略が功を奏した玄峰は信の軍を追いつめるもそれ以上深追いせず、今度は退却します。結果として、玄峰の軍の被害は少なく、逆に攻め一方の信の軍は、一見進攻しているようで累々たる屍を築いてしまいます。

 逃げるが勝ちという言葉がありますが、戦いにおいては突撃より退却が正解のときもあります。これができなかったのが、第二次大戦中の日本軍で、ガダルカナルの戦いなどはまさにその典型でしょう。米軍の力を過小評価し、圧倒的な火力を誇る敵に対して戦力の逐次投入でごまかそうとする。勝ち目のない状況であるにもかかわらず退却という断を下すことなく、進軍と突撃を繰り返すことでさらに損害を拡大してしまう…。

 退却や後退は次の反攻を企図するには必要不可欠な戦術でもあります。それを理解せず、勇ましく突撃して戦うことだけが戦術だとするのはあまりにも稚拙な考えです。日本人には、どうもそこのところの冷徹な見極めが苦手なところがあります。体裁や格好にこだわり、おかしな美学や感情論が入り込んでしまうのです。

 このようなことは戦争の場面だけでなく、私たちの日常の生活においても見られます。頑張ること、努力することがとかく推奨されますが、ときには頑張らずに退いたほうが妥当な場面がある。はっきりいえば、逃げたほうがいい場面があるのです。

 たとえば会社でこなしきれないほどの仕事を押しつけられる。あたかも自分の責任のように追いつめられますが、そこでの頑張りは必ずしも報われません。特に、社員をいかに効率的に働かせられるかを追求しているようなブラックな組織であればなおさらです。そんなとき、どんなに周りから無責任だ、仕事ができないなどと罵られようが、ちゃっかり手を抜いたり上手にサボったりすることが大事になってくる。信のようにがむしゃらに突き進めば、自分が潰れてしまいます。

 玄峰にならって戦略的に退却する。それによって自分を守る。自分が潰れるのを防ぐだけではありません。それによって次のチャンスに備える。積極的な撤退、逃げができる人が、最後に笑うことができるのです。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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