このページの本文へ

佐藤優が実践する「血肉となる」本の読み方

文● 佐藤 優(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

パソコンやスマホの普及によって深刻な活字離れが問題視されている現代。その一方で、読書は人生を豊かにするとたびたびいわれるが、実際に読書は人生においてどのような役割を果たしてくれるのか。本連載では、作家として執筆や講演など幅広く言論活動をしている佐藤優氏の新刊『人をつくる読書術』(青春出版社)の中から、人生がより深まる読み方や血肉となった自身の読書体験などを抜粋して紹介する。

言語力を高める“読書の入り方”とは

佐藤優
写真提供:坂本禎久

 人間が人間として文化的な生活をしていくということは、言葉をいかに操ることができるかということと同義です。自分の気持ちを知り、整理するのも言葉、自分の思考や意志、思想を形づくるのも言葉。そしてそれを他者に表現として伝える手段も言葉しかありません。ですから表現には言語力が必要不可欠で、その力をつけるのが読書です。読書で養った読解力と表現力は表裏の関係にあり、読解力以上に表現力を高めることはできません。

 若いうちはとにかくいろいろなジャンルの本を多読することをおすすめします。ただ、限られた時間でいかに効率的に本を読むかということを考えると、やはり古典を読むこと が一番だという結論になります。古典といっても、何十年、何百年も前の作品だけとは限りません。私の考えでは、この移り変わりの激しい時代で10年間、読み継がれてきた作品は古典といって差し支えないといえます。具体的には、文庫になって10年間、書店の棚に残っている本です。

 また、読書の入り方は間違えないほうがいい。たとえばシュールレアリスムのようなジャンルの現代小説ばかり読むとか、最先端の純文学のような本ばかり読む。あるいは特定の著者の作品だけ集中するのも、かえって視野を狭めてしまう危険があります。

 思想哲学でいうなら、いきなりニーチェにハマってしまうケース。かつてはそんな学生がけっこういました。近代ニヒリズムの元祖とも呼ばれるニーチェは、それまでの価値観を覆す意味で刺激的で、魅力的です。ただしいきなり彼のものにハマると、その前後の思想や哲学と素直に向き合うことが困難になります。時代の流れの中で、ニーチェがあのような思想をもつに至ったのには、必然性があります。しかし、そういった過去と現在、そして未来という一連の流れを考慮せず、彼の思想や哲学だけを切り取って学ぶことには大きな危険がともないます。彼が生まれる前のカントやヘーゲルなど思想哲学の歴史と流れ、さらにはキリスト教の歴史など、古典をしっかり基礎として学んだうえで、客観的にニーチェに触れる。それによってバランスのとれた理解ができます。

限られた時間の中で“読んでおくべき本”とは

 古典のよさの一つに、そのテキストを読んでいる人が一定数以上いるというギャラリーの多さがあります。批評がある程度積み重ねられ、読み方のスタンダードもあります。すると共通の話題として会話のネタにもなります。

 私は母校の埼玉県立浦和高校でも教えているのですが、使っているテキストは吉野源三郎さんが書いた『君たちはどう生きるか』です。この本はジャーナリストだった吉野さんが80年前に書いたもので、それが2017年に漫画化され一大ブームになりました。教材で使うのには非常に都合がよかった。というのも、古典でありながら、いまの社会で200万部を超えるベストセラーになるほどの作品はほかにありません。

 ちなみに、この本の主人公は旧制中学三年生で15歳のコペル君。コペル君が叔父さんにさまざまな悩みや葛藤を相談するという対話形式でまとめられていて、明確な結論を出すというより、考え方をアドバイスするという体裁です。最後にコペル君の決意がまとめられています。内容的にも面白く、教育的な意味でもふさわしい古典だと判断しました。

 こうした古い本に限らず、現代の作家の作品でも内容的に古典的な価値のあるものがいくつかあります。たとえば立命館大学准教授の千葉雅也さんが書いた『勉強の哲学』や、恩田陸さんの『夜のピクニック』などは比較的新しい作品ですが、おそらく今後10年以上は読み継がれる古典になるでしょう。

作家として活動する佐藤氏の“読み方”とは

 言語能力は「読む」「聴く」「話す」「書く」の4つの力から成り立ちます。そして聴く、話す、書くという三つの力が読む力を超えることは絶対にありません。読む力が天井なのです。読む力があればつねによい表現ができるとは限りませんが、よい表現ができる人は必ず正確に読む力をもっているものです。

 そのため、私は表現としてのアウトプットの時間以上に、読書などのインプットの時間を確保するようにしています。どんなに少なくても1日4時間は読む時間をとっています。一日の流れでいうと、朝起きて頭がクリアな状態のときは原稿を書いています。やがて頭が疲れて原稿を書くのが苦しくなるまで続けます。だいたい朝6時くらいから始めて、お昼くらいまででしょうか。

 その後、締め切りが特に迫っているものがなければ、午後の時間は資料を整理してそれを読んだり、小説や映画を見たりしてできる限りインプットの時間にあてます。私の場合、時事的な出来事についてのインプットと、小説や古典のような根元的なインプットに大きく分けられます。何か事件や時事問題がある場合はコメントを求められることも多いので、必然的に時事問題のインプットが増えます。そうしたことがなければ古典や小説などフィクション系のインプットが増えます。

 また、一つのことを長時間続けているとその部分の脳が疲れてきます。その疲れをとる意味でも、合間にまったく別のことをしたりします。たとえば趣味である軍用機の模型についての情報を集めたり、漫画を読んだり、ときには数学の問題を少し解いたりします。脳のまったく別の部分が働くので気分転換になり、リフレッシュできる。そしてまた元の作業に移るということを意識的に行っています。

 作家としての私がつくられたのは、多分に偶然や運が重なったのですが、そのチャンスを逃さず、作家としてこれまで活動できているのは、外務省における公務の経験、読書体験、読書の技術があったからです。

 もちろん、この読み方がそのまま読者の方に当てはまるかはわかりません。あくまで参考にするにとどめて、自分なりの読み方と表現を確立するヒントにしてください。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ