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東京ヴェルディ、新パートナーの経営参画で「名門復活」となるか

2019年01月25日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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アカツキ、ヴェルディ記者会見
アカツキの東京ヴェルディコーポレートパートナー契約締結の記者会見。中央はアカツキの塩田元規代表取締役CEO ©TOKYO VERDY

クラブ創設50周年を迎えた東京ヴェルディが、心強いパートナーの後押しを得た。2010年6月の創業から急成長を続けてきたゲーム業界の風雲児、株式会社アカツキ(本社・東京都品川区、塩田元規代表取締役CEO)が今シーズンから株式を取得し、ユニフォームの胸部分にロゴを掲出するコーポレートパートナーとしてクラブの経営、運営、そして事業面で参画する。Jリーグの黎明期に黄金時代を築き上げた名門と、東証一部上場企業を結びつけた背景には、偶然にもすべて『S』から始まる3つのキーワードがあった。(ノンフィクションライター 藤江直人)

なぜアカツキがパートナーに?
執行役員はヴェルディ入団テストも受験

 野球に続いてサッカーにも必ずプロ時代が訪れると見越し、東京都下のよみうりランド内に実質的なプロ集団、読売クラブが産声を上げてからちょうど50年。Jリーグの黎明期に眩い輝きを放ったヴェルディ川崎をへて、東京ヴェルディへと名称を変えた名門に頼もしい援軍が現れた。

 次なる半世紀への第一歩として、イギリス人のギャリー・ジョン・ホワイト新監督(44)の下で、12年ぶりのJ1復帰を目指す2019シーズン。伝統の緑色に彩られたユニフォームの胸部分に、2010年6月の創業から急成長を続けているゲーム業界の風雲児、株式会社アカツキがコーポレートパートナーとしてロゴを掲出する。

 昨シーズンからコーポレートパートナーを務めていたアカツキは、今シーズンからはヴェルディを運営する東京ヴェルディ株式会社の株式を取得。ヴェルディを関連会社とし、運営メンバーも派遣した上で経営、運営、そして事業の面でより積極的に、より力強くサポートしていく。

 2016年3月に東証マザーズへ新規上場を果たし、2017年9月には東証一部へ市場変更。昨年3月期の連結決算で売上高219億2600万円(前年同期比89.9%増)、経常利益104億7500万円(同2.2倍)と大幅な増益を達成したアカツキと、ヴェルディを結びつけたのは何なのか。

「創業事業は確かにモバイルゲームとライブエクスペリエンスでしたけれども、僕たちはアカツキをゲーム会社ではなく、世界をワクワクさせる体験を届ける会社として定義してきました」

 アカツキの共同創業者で、今現在は代表取締役CEOを務める塩田元規(35)は、共通の知人を介してヴェルディの羽生英之代表取締役社長(54)と1年半ほど前から交渉を開始。スポンサーを務めた1年間を経て、Jクラブの株主としてサッカー界に参入するに至った理由をこう語る。

「上場を果たし、ベンチャー企業ではなくなった今だからこそ、新しい事業として以前から興味があったスポーツの世界に参入したい、ならば大好きなサッカーが一番いいよね、となりました」

 今シーズンからJ3に入会するヴァンラーレ八戸を含めて、Jクラブは実に55を数える。その中でヴェルディとのタッグを熱望し、実現させた背景には、少年時代に抱いた憧憬の念がある。島根県出雲市で生まれ育った塩田は、周りの光景が一変した1993年を今でも鮮明に覚えている。

「小学校4年生の時に始まったJリーグがものすごく盛り上がり、Jリーグポテトチップスの中に入っている選手のカードをみんなが競って集め始めました。一番輝いて見えたのは、カズさんやラモスさんをはじめとするヴェルディのスーパースターたちですよね。僕もカズダンスを踊っていた一人で、親から『何をしているの』と驚かれたこともあります。ちょうど部活動を始められる年代で、クラスのほとんどが『サッカー部に入ろう』という熱気が充満していました。僕自身は下手くそで、すぐにあきらめてしまったんですけど」

 経営企画部と事業開発部の部長を務める執行役員の梅本大介(41)は、上場直前にアカツキへ入社した時から、サッカークラブの経営に関わる事業参入を熱望してきた。読売クラブ時代からの熱烈なファンで、国立西が丘サッカー場や今は取り壊された旧国立競技場のスタンドで何度も観戦している。

 企業アマが主流だったJリーグの前身、日本リーグで読売クラブは異彩を放つ存在だった。ヨーロッパ型クラブを標榜し、当時のサッカー界では稀有だった育成組織も創設。その中からトップチームへ昇格し、日本代表にも名前を連ねた戸塚哲也、都並敏史、菊原志郎たちに梅本は憧れた。

「実はヴェルディと横浜マリノスが対戦した1993年5月15日のJリーグの開幕戦を、旧国立競技場のスタンドで観戦しているんです。サッカー部がすごく弱い高校に通っていましたけど、どうしてもサッカーが続けたくて、高校卒業後にはドイツへ1年間、サッカー留学しました」

 照れながら半生を振り返る梅本はヴェルディユースの入団テストを受け、残念ながら不合格になったほろ苦い経験も持っている。2人の少年時代の記憶に強烈な残像を刻み込んだヴェルディは、しかし、連覇を達成した1993、94シーズンの黄金期から一転して苦難の道を歩み始める。

スター選手の退団、日本テレビの撤退…
かつての輝きを取り戻せない日々

 1998シーズンの終了後には、読売新聞社とよみうりランドが経営から撤退。日本代表のキャプテンを務めた柱谷哲二、そして司令塔のラモス瑠偉が現役を引退し、カズもクロアチアへ新天地を求めた。経費を削減せざるを得ない窮状が、スター選手の相次ぐ退団につながった。

 2001シーズンからは、ホームタウンを神奈川県川崎市から東京都へ移転。ホームスタジアムを等々力陸上競技場から味の素スタジアムへ、チーム名称をヴェルディ川崎から今現在の東京ヴェルディへそれぞれ変更して新たなスタートを切るも、かつての輝きをなかなか取り戻せない。

 カップ戦こそ2004シーズンの天皇杯を制した。それでもJ1では低迷が続き、2005シーズンにはクラブ史上初のJ2降格を喫する。ラモス監督のもとで一度はJ1復帰を果たすも、2008シーズンには再びJ2へ降格。2009年9月には日本テレビ放送網も経営から撤退した。

 翌2010年には経営難に陥り、クラブの存続危機に直面した。Jリーグが事実上の直轄経営に当たった中で、羽生がJリーグ事務局長と兼任する形で代表取締役社長に就任。スポンサー探しに奔走した羽生は、再建の目途が立った同年10月からはヴェルディの社長に専業して今現在に至っている。

 J2の舞台でも2014シーズンに20位、2016シーズンには18位に低迷したこともあったが、2017シーズンに就任したスペインの名将、ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督(現セレッソ大阪監督)の下で復活。2年連続でJ1昇格プレーオフへ進出し、昨シーズンはJ1復帰まであと1勝まで迫った。

 苦境が続いた中でも、聖域と位置づける育成組織は死守し続けてきた。昨シーズンで言えば21歳のMF井上潮音、20歳のMF渡辺皓太、19歳のMF藤本寛也が躍動。今シーズンからは井上が「6」、渡辺が「7」、そして藤本が「4」とそろって一桁の背番号を託されている。

 さらには18歳のMF森田晃樹が、17歳のMF山本理仁に至っては飛び級でトップチームに昇格を果たした。いぶし銀の輝きを放つ34歳のDF田村直也、8年ぶりに復帰したMF河野広貴、186cmの長身FW林陵平もヴェルディの育成組織の出身だ。

クラブ創設50年目で参画
アカツキが描くヴェルディの未来

 しっかりと紡がれてきた歴史と伝統が、緩やかながらも名門復活へのストーリーを描きつつある。コーポレートパートナーを務めた昨シーズンで胸の鼓動が高鳴るのを感じ、ヴェルディが掲げるビジョンに共鳴できたからこそ、クラブ創設50周年となる節目で、株式を取得した上での本格的な経営への参画を決意したと塩田は言う。

「ただのコーポレートパートナーではない、ということです。契約は2021シーズンまでの3年間ですが、その間に事業面のサポートを含めてある程度の成果をしっかりと出して、その後も長く、という形を目指しています。強かった頃のヴェルディのよさを知っているからこそ、一緒に旅をしていきたい。成果が出る時もあれば、もちろん出ない時もある。すべてを一緒に分かち合いながら、ヴェルディが東京から世界へ羽ばたくクラブになるストーリーを作っていければ最高にワクワクしますよね」

 事業面で手がけたい具体的な施策として、アカツキの得意分野でもあるスタジアム体験の向上やコンテンツのデジタル化を早くも思い描く。さらにはバレーボールやビーチサッカー、トライアスロン、野球からeスポーツと、総合型スポーツクラブとしても活動しているヴェルディをさまざまな領域で支援していくことで、スポーツ文化の振興も力強く後押ししていく方針だ。

 六本木ヒルズ内のグランドハイアット東京で、19日に行われた新体制発表会見。羽生社長は次の50年へ向けて展開していく新規事業の中核に、新スタジアム建設という夢にすえた。

「私たちは首都東京をホームタウンとしています。東京は人口も多く、さまざまな情報も集まってきます。もしかすると他の地方クラブでは実現できない、今まで誰も考えなかったようなエンターテインメントビジネスを展開できるかもしれない。そのためには、どうしても新しいサッカー専用スタジアムが必要なんです」

 J1開催基準を満たしたサッカー専用スタジアムは、現時点で東京23区内に存在しない。日本サッカー界全体で、最寄り駅からアクセスが良好な都心にある、多様な機能を備えた専用スタジアムへの待望論が高まって久しい状況を受ける形で、羽生社長はこんな言葉を紡いでいる。

「東京23区内に近未来型のサッカー専用スタジアムを新しく作ることが、私たちがこの(エンターテインメントビジネスの)領域で生きていくための条件だと考えています」

 おりしも都立代々木公園の南部に、サッカー専用スタジアムを民間主導で建設する構想が持ち上がっている。渋谷区の外郭団体である一般社団法人「渋谷未来デザイン」が昨年9月に発表したもので、収容規模は3万人から4万人。ライブやイベント、防災拠点の機能も備えたものがイメージされている。

 周囲に点在する複数の最寄り駅からのアクセスは、いずれも徒歩で10分前後。実現すればスポーツやエンターテインメントの聖地となる、名づけて「スクランブルスタジアム渋谷」プロジェクトに、アカツキも協業パートナーとして参画。すでに社員1人を「渋谷未来デザイン」へ出向させている。

 2020年の東京オリンピック後の着工を目指す、と構想では謳われている。もっとも、現状ではハードルは低くなく、まずは東京都と国の許可が必要であり、実際にGOサインが出た時にどのチームが誘致されるのかも分からない。それでも胸を躍らせるプロジェクトだと梅本は笑顔を浮かべる。

「渋谷にそのようなスタジアムがあり、サッカーやコンサートが間近で見られる。世界一のワクワク感を世の中へ届けるという意味でも、ぜひともアカツキとしてお手伝いしたいし、その上でヴェルディが入れれば一番いいと考えているところです。渋谷区のシンボルカラーが緑で、長谷部健区長も緑をブランドカラーにされているので、ヴェルディとは一番相性がいいのではと勝手に思っているんですけど」

 四半世紀以上も共有してきた「サッカー観(Soccer)」。過去から現在、未来へと紡いでいく「ストーリー(Story)」。そして、日本中が待ち焦がれる新たな「スタジアム(Stadium)」。偶然にも『S』から始まる、3つのキーワードに導かれたヴェルディとアカツキによるランデブーが、FC町田ゼルビアのホームに乗り込む来月24日の開幕戦を皮切りにさまざまなドラマを生み出していく。(文中敬称略)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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