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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情第491回

業界に多大な影響を与えた現存メーカー 互換機を締め出し市場占有率が半減したIBM

2018年12月31日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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市場規模は2倍になったが
IBMの市場占有率は半減

 これが1988年になると、そもそも市場全体で1500万台が販売され、うちIBM-PCとその互換機は1190万台を占めている。で、IBMはというと1988年末の段階で122万9000台を出荷したことを発表している。

 IBMの出荷台数はおおむね横ばいであり、その一方で市場は2倍近くに膨れ上がっているわけで、自動的に市場占有率は半減した格好だ。この責任をとって、Lowe氏は1988年にIBMを辞任する。

 Lowe氏なき後も、IBMはMCAを中核に据えてPS/2のラインナップを拡充していく。日本でもPS/55という名称で、PS/2の日本語版マシンが出るようになった。

 ただCOMPAQを中心とした互換機メーカーは1988年にEISAを策定し、その後VESAが主導する形でVL-Busが1992年に登場、最終的に1993年あたりからPCIが普及を始めることになり、このあたりでIBMもついに業界の流れに逆らえなくなってきた。

 もともとIBMも1990年からPS/1という名称でISAベースのマシンを導入しており、日本ではこれをベースにPS/V Visionなどが発売されている。このPS/V Visionの中にはVL-Busを搭載したモデルもあり、外堀は埋まりつつあったというべきかもしれない。

 MCAはPS/2のみならずRS/6000などでも採用されていたが、これらもすべてPCIに置き換わっていった。PS/2の最後のモデルは1994年に発売されたModel 76I/76S/77I(IBM 9576/9577)で、プロセッサーはIntel 486SX/DX2のデスクトップタイプである。これを最後にIBMはMCAを捨て、互換機路線に舵を切ることになる。

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