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シュミット・ダニエル、日本代表の新・守護神候補の素顔

2018年11月25日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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日本代表シュミット・ダニエル
新たな守護神候補として現れたGKシュミット・ダニエル Photo:JFA/AFLO

発足以降に行われた国際Aマッチを4勝1分けと、無敗のまま年内の試合を終えた新生日本代表。終わったばかりの11月シリーズで脚光を浴びたのは、日本サッカー協会発表で197センチ、88キロと歴代のゴールキーパーの中で飛び抜けたサイズを誇るシュミット・ダニエル(ベガルタ仙台)だ。16日のベネズエラ代表戦で日の丸デビューを飾った26歳は、両足に搭載された正確無比なキックを何度も披露し、森保一監督から及第点を与えられた。日本サッカー界にようやく現れた、世界規格のサイズを持ったゴールキーパーはどのようなサッカー人生を歩んできたのか。守護神候補の現在・過去・未来を追った。(ノンフィクションライター 藤江直人)

身長197センチは日本のGK歴代最高
世界規格のゴールキーパーが誕生

 テレビの画面越しでもはっきりと分かる、日本人の平均をはるかに上回る長い手足。先発メンバーとして読み上げられた名前はすべて片仮名で、なおかつルックスは外国人モデルをほうふつとさせる。そして、見ている側を最も驚かせたのが、試合前に国歌を斉唱している時の光景だったはずだ。

 キャプテンのDF吉田麻也(サウサンプトン)の隣で肩を組む、GKシュミット・ダニエル(ベガルタ仙台)が頭ひとつ分ほど抜きん出ている。189センチの長身を武器に、長く日本代表で「高さ」を担ってきた吉田も心の中で苦笑いを繰り返していた。「相当デカいな」と。

 ベネズエラ代表を大分スポーツ公園総合競技場に迎えた、16日のキリンチャレンジカップ2018。初招集から4戦目にして、先発メンバーとして国際Aマッチ初出場を勝ち取ったシュミットが、キックオフ前に強烈な存在感を放った。身長197センチは歴代のゴールキーパーの中で最も高かったからだ。

「正式に先発を言われたのは試合前ですけど、2日前に紅白戦を行った時から『来るだろうな』と思っていたので、そんなに緊張することはありませんでした。初めてにしては落ち着いて試合に入れたし、落ち着いてボールもさばけたと思うので」

 待望のデビュー戦をこう振り返ったシュミットは、ある「伝説」をすでに打ち立てている。森保ジャパンが船出した9月に初招集されたシュミットは、合宿3日目だった同5日の朝に、宿泊していた札幌市内のホテル内に設けられたメディカルルームで思わず目を丸くしている。

 札幌合宿に限らず、日本代表の宿泊先にはメディカルルームが設置される。体調を示すバロメーターとなる体重を毎日測る中で、ついでに身長も、と考える選手は少なくない。シュミットもその一人だった。

「1センチ伸びて、198センチになっていたんです」

 成長期の子どもは、起床した時に身長が伸びているケースが多い。もっとも、シュミットは26歳。朝うんぬんに限らず、本当に伸びていたのではないか。森保ジャパンからベガルタに戻ったある時に、今も198センチのままなのかと尋ねてみた。シュミットは苦笑しながら、首を縦に振ってくれた。

 88キロの体重と合わせて、日本サッカー界にようやく台頭してきた、世界規格のサイズを持つゴールキーパーは「26歳になる年に、日本代表に入っていたい」という目標を胸中に抱いてきた。なぜ26歳なのかと聞けば「何となく」という言葉が返ってくるが、ともあれ招集だけでなくデビューをもかなえてみせた。

「去年も今年もけがで試合に出られない時期がありましたけど、その中で有言実行というか、一応そういう(日本代表に入るという)形にはなりました。描いていた形ではないですけど、招集されていない他のキーパーよりはるかに試合の経験が乏しい中で、選ばれたことはすごく嬉しい。このチャンスを生かして、招集された他のキーパーからもしっかり学んでいきたい」

高校進学後にゴールキーパーへ
J1デビューは2017年と遅咲き

 アメリカ人の父親と日本人の母親の間に、アメリカ・イリノイ州のカーボンデールという町で生まれたシュミットは、2歳の時に家族で宮城県仙台市へ移り住んだ。頭よりも耳で英語を覚えるか否かが微妙な年齢。シュミットは後者だったからこそ、英語のレベルを問われると苦笑いしながら今度は首を横に振る。

 地元の少年団でサッカーを始めたのは小学校2年生の時。東北学院中学まではボランチとしてプレーし、左右両足に正確なコントロールを備えたキックを搭載した。この経験がフィールドプレーヤーの役割も求められる、現代のゴールキーパーのプレースタイルを構築していく上で大きな影響を与える。

 もっとも、中学時代は体育の授業で素人にボールを奪われたショックで一時的にサッカーから離れ、長身を見込まれてバレーボール部に籍を置いたこともあった。しばらくしてサッカー部に復帰すると、ゴールキーパーの層が薄かった事情もあって、ボランチと兼任でゴールキーパーのトレーニングも始めた。

 そして東北学院高校に進学してから、正式にゴールキーパーへ転向した。当時ですでに190センチ前後だった身長にはおのずと熱い視線が注がれ、卒業時にも地元のベガルタからオファーを受けた。しかし、自分自身に対して確固たる自信を持てなかったからか。断りを入れたシュミットは名門・中央大学へ進む。

 4年生になるまでレギュラーを獲得できなかったが、1年次から3シーズン連続でJFA・Jリーグ特別指定選手として川崎フロンターレに登録されたことが、サッカー人生における最大のターニングポイントとなる。それは日本国籍を選択するに至る決意だ。

 大学や高校、Jクラブ以外のユースチームに所属しながら、Jリーグの公式戦にも出場できるJFA・Jリーグ特別指定選手の認定要件のひとつに「日本国籍を有する」がある。アメリカも選択できたシュミットは日本に絞り、卒業時に再びオファーを出したベガルタでプロになった。

 もっとも、サイズはあっても、ゴールキーパーに最も必要な経験値が足りなかった。ルーキーイヤーだった2014シーズンと2015シーズンにJ2のロアッソ熊本へ、2016シーズンには同じくJ2の松本山雅FCへ期限付き移籍。トータルで71試合もの実戦を積みながら、実力を少しずつ伸ばしてきた。

 稀有な存在感は、日本代表を率いていたヴァイッド・ハリルホジッチ元監督の目にも留まる。2016年秋にゴールキーパーだけを対象とした日本代表候補合宿を大阪市内で実施。招集した6人の中に、唯一のJ2クラブ所属だったシュミットが含まれていたことで、一躍注目される存在となった。

 J1の舞台でデビューを果たしたのは、ベガルタに復帰したプロ4年目の2017シーズン。シュミットの将来を見すえてじっくりと育ててきたベガルタの渡邉晋監督は、サイズと能力を合わせて「今後の日本サッカー界で重宝される存在になる」と大きな期待を込める。

「ただ、メンタルが課題というか、乗り越えなければいけない壁だとあいつにはずっと言ってきた。自分自身に対して向き合いすぎてしまう結果として、自分のミスに対してイラつき、バタバタして落ち着きをなくして、それがチーム全体にも伝播することがあった。外へ向けてエネルギーを発散する時は、むしろ『味方を鼓舞しろ。それがゴールキーパーの役割だ』と」

ベネズエラ戦で魅せた「足元の技術」
森保監督、吉田選手からも及第点

 ベネズエラ戦では図らずもメンタルの強さを試される状況に直面した。森保一監督から先発を正式に言い渡され、乗り込んだバスが未曾有の大渋滞に巻き込まれた。雨や大分市内のイベント、そして事故も絡まった中で、キックオフにすら間に合わないのでは、という危機感が車中に充満してくる。

 吉田やDF槙野智章(浦和レッズ)が、車中からSOSを告げるツイートを投稿する中で、シュミットは逆転の発想を脳裏に展開させていた。

「そっち(渋滞)に気を持っていかれることで、逆に緊張しないで済むかなと」

 大分市内でキャンプを行っていた14日には、今シーズン限りでの現役引退を表明していた元日本代表の守護神、川口能活(SC相模原)が引退会見を行った。ゴールキーパーとして歴代最多となる、通算116もの国際Aマッチに出場したレジェンドの思考回路にシンクロさせようと努力を積み重ねてきた。

「川口選手が一番気を使ってきた、不動のメンタルという部分は僕もすごく参考にしたいというか、それを手に入れたいとずっと望んできました。今日もある意味でメンタルを試されるようなアクシデントもあった中で、少しは実践できたんじゃないかなと思っています」

 ならば、肝心のプレー面はどうだったのか。ベネズエラ戦ではゴールセービングを試される場面は訪れなかった。最大の見せ場はベネズエラにPKを与えた後半36分。シュミットはヤマをかけて右へ飛んだが、シュートは反対のコースへ突き刺さった。1-1に追いつかれた日本は、そのまま試合を終えた。

「PKに関しては運もあるので、別に気にしていません。止めていたらヒーローだったし、メディアに引っ張りだこになっていたかもしれませんけど」

 屈託なく笑ったシュミットだが、足元の技術では何度もファンやサポーターの歓声を誘った。山なりながら正確無比なコントロールを伴ったキックを、最前線のFW大迫勇也(ベルダー・ブレーメン)や両タッチライン際へ開いた味方へ幾度となく通してはカウンターの起点になった。

「彼に求めるプレーのひとつ、足元の技術を使ったキーパーからのビルドアップの部分で、落ち着いていいチャレンジをしてくれた。彼を起点にして相手のプレッシャーを回避し、前線の選手に当てることでビッグチャンスが生まれるところにもつながっていた」(森保監督)

 試合後の公式会見で森保監督が及第点を与えれば、取材エリアでシュミットのパフォーマンスに対する感想を求められた吉田も「監督のサッカーに合うんじゃないかな」とこう続けた。

「デビュー戦で自信を持ってパスを繋ぐのは、なかなかできることじゃない。自分がなぜ呼ばれたのかを理解しているし、自分のよさを少しでも出そうとしていたし、実際に出したんじゃないかな。高さに自信を持っているので、ハイボールにも積極的に飛び出してきてくれますからね」

「『デカい』キーパーが持っていない
動きの速さをもっと出していきたい」

 以前はストロングポイントであるキックにこだわっていたが、今ではキックのレベルをさらに上げていきながら、もうひとつの武器を前面に押し出すプレースタイルを意識している。武器とは吉田をして「練習などで育てることはできない」と言わしめた、持って生まれた体の大きさとなる。

「日本人で『デカい』と言われるゴールキーパーがあまり持っていないような、動きの速さといったものを自分はもっと出せると思うので。そういう部分をもっと、もっと磨いていきたい」

 こう語っていたシュミットは、今夏のワールドカップ・ロシア大会を見ながら思いを新たにした。西野ジャパンの前に立ちはだかったベルギー代表の守護神、199センチ、96キロのティボ・クルトワ(レアル・マドリード)をはじめとして、サイズと俊敏性を兼ね備えた守護神が大活躍したからだ。

「世界基準のキーパーがこうだ、というのがサッカーをやっていない人にもある程度認識された大会だったと思う。キーパーに対して求められるものが高まったとも思っているので、そういう目で見る人たちからもいい評価を得られるように頑張っていきたい」

 ヨーロッパに挑戦する夢も抱くが、今は時期尚早だと理解している。理想像を100とするならば「今は50くらいかな」と浮かれてもいない。稀有なサイズに足元の高い技術、そして強靱なメンタルを融合させた新時代の守護神は焦ることなく、日本代表で得た経験も成長への糧に変えながら、遅咲きの花を満開にさせていく。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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