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今大会の主役は決勝で敗れたものの、数々の強豪に僅差で勝ち進んだ金足農業高校だったのは間違いない 写真:読売新聞/アフロ |
第100回全国高等学校野球選手権記念大会(夏の甲子園大会)は、史上初となる2度目の春夏制覇を果たした大阪桐蔭の優勝で幕を閉じた。しかし、今大会の主役は決勝で敗れたものの、数々の強豪に僅差で勝ち進み、頂上決戦へと上り詰めた金足農業高校だったのは間違いない。公立の農業高校、ベンチ入り選手が全員地元、甘いマスクのエースによる奮闘、相次ぐ逆転劇、オンエアされる地元応援団の表情など、認知度と人気は急上昇。何がそんなにうけたのか、背景を探ってみたい。(ジャーナリスト 戸田一法)
相次ぐミラクル
まずは金足農の戦いぶりを振り返ってみよう。
1回戦は鹿児島実(5-1)。打線は3回、効率のいい攻撃で3点を先制。12安打に2つのスクイズとそつがなく、終始、優勢にゲームを進めた。吉田は全イニングでランナーを背負ったものの、1失点完投。伸びのある140キロ台後半のストレートを決め球に14三振を奪った。
2回戦は大垣日大(6-3)。3-3で迎えた8回、大友が勝ち越しのソロホームラン。9回にも2点を加えダメ押し。吉田は3回まで3失点したものの、それ以降は立ち直った。ストレートとスライダーを中心に、6回からは無安打に抑え13奪三振。
3回戦は横浜(5-4)。2点をリードされた8回1死1、2塁から高橋がセンターバックスクリーンに放り込む一発。吉田は12安打されたが、ランナーを出してからが粘り強く、14奪三振で4失点完投。逆転した最終回は3者連続三振と寄せ付けず、鮮やかな勝利。
準々決勝は近江(3-2)。1点を追う9回無死満塁、斎藤が2点スクイズを決めて劇的な逆転サヨナラ勝ち。2塁走者の菊地彪吾が好走塁で本塁を陥れた。無死1塁から追い付くための送りバントではなく、好機を広げる作戦が奏功した。吉田は1四球と制球が良く、直球と変化球のコンビネーションが光った。10奪三振、7安打2失点で完投。
準決勝は日大三(2-1)。打線は1回に打川の左前適時打で先制、5回には大友の中前適時打で加点した。10安打で2点とこれまでの試合巧者ぶりからはやや物足りなかったが、適時打はいずれも犠打で広げたチャンスだった。吉田は1死球とコントロールが良く、9安打1失点7奪三振で完投。
決勝は春の覇者・大阪桐蔭(2-13)。準決勝までの5試合に完投していた吉田が5回で2本塁打を含む12安打12失点で降板、勝負は早々に決着した。5試合を1人で投げ抜いてきたが、余力は残っていなかった。圧倒的な打力の大阪桐蔭に対し、驚異的な粘りを見せてきた打線は2回の好機をミスでつぶすなどして2点を返すのがやっと。流れは最後まで引き寄せられなかった。
試合以外でも注目
勝ち進むごとに注目度は高まっていったが、最初はやはり吉田投手1人が「プロ注目」「ドラフト1位候補」「今大会ナンバー1」などとされ、どちらかと言えば好投手を擁する出場56校のうちの1校にすぎなかった。
それが1回戦で甲子園常連校の強豪、鹿児島実にそつのない堂々たる横綱相撲で勝利を収め、コアな高校野球ファンから注目を集める。2回戦の大垣日大戦で、フロックではないことを証明した。「重量打線ではないが、シュアな打撃と細かい犠打、これにナンバー1投手なら、いいところまで行くのでは」という評価に変わっていった。
3回戦の対横浜ではミラクルの序章、8回裏の逆転3点本塁打が飛び出した。高橋は何と高校初の本塁打で、吉田が最終回をピシャリと3者三振に抑えた試合の様子がニュースで繰り返し流れ、注目度は一気に高騰した。
この辺りから勝ち残ってきたチームが少なくなり、それぞれの横顔が詳しく紹介され始める。
まずは公立の農業高校、野球部員がすべて地元・秋田出身ということだ。
公立の出場は昭和の頃までは珍しくなかったが、今大会は出場56校中、公立はわずか8校。近畿より東は白山(三重)、高岡商(富山)だけと東日本は今や、私立が圧倒的な強さを誇っている。もちろん今大会、農業高校の出場は金足農だけだ。
その「地元」も県内ではない。秋田は県北、中央、県南という区分をするが、いずれの出身中学も中央に収まり、近所の中学校同士なのだ。レギュラー9人の3年生は中学の時、「金農で一緒に甲子園行こう」と示し合わせて集まったぐらいの距離感だった。こうした裏話に、高校野球ファンはどんどん引き込まれていった。
そして、冬の練習が映像で流されると「こんな環境なのか」と驚きをもって迎えられる。地面が見えないほど降り積もった雪のグラウンドを、長靴でチームメートを背負ってダッシュ。狭い屋内練習場での限られたメニュー。“浪花節”の好きな日本人が、金足農を贔屓(ひいき)するのは当然の成り行きだったと言える。
戦車vsトラクター
勝ち進むにつれて試合だけではなく、地元の応援の様子もテレビ中継されるようになる。農業高校だけに、農協の様子も映し出されるが「秋田の農協の名前、『JA秋田なまはげ』なの?」とにわかに注目を浴びた。試合中、なまはげの面をかぶった職員が踊って応援しているのは驚きだった。
商店街では「あぃや、まんず、すげごった(いやぁ、本当にすごい)」「こったにつえどはなぁ。はぁ、どでした(こんなに強いとは。驚いた)」「手さはぁ、仕事つがねでば(手に仕事がつかない)」など、素朴な秋田弁のお婆ちゃんら。もう、金足農ファンではなく、みんなが秋田ファンになっていった。
さらには勝利後の校歌斉唱を全力で歌う「のけ反り」も、最初は笑って見ていた人たちも、いつしか楽しみにするようになった。敗退した相手チームもいい味で援護する。近江のナインがベンチ前で砂を集める映像シーンで「あいつ(吉田)、半端ないって。プロだって」という音声がしっかり収録されていた。もちろんサッカーW杯で流行語になった「大迫、半端ないって」のパロディなのは言うまでもない。
地元紙の秋田魁新報は連日、号外を発行。日本農業新聞も異例中の異例の詳報を続けた。秋田朝日放送はネットニュースでも有名になった意味不明なツイートを発信。全国紙は公平な扱いだった傾向にあるが、スポーツ紙はやはり金足農を手厚く扱った。
そして勝ち進むにつれて何度も繰り返されるようになったのが、秋田県勢は第1回の秋田中学以来、決勝進出は103年ぶりであること、東北地方に優勝旗が渡ったことがなく、9回目の挑戦であることなどだ。ファンの「勝たせたい」という雰囲気は、ますます高まっていったように思う。
さらには17日、金足農が応援団などの宿泊代で資金不足に陥り、募金を開始したこと、日本航空が応援のため秋田-伊丹に臨時便を出すことが全国ニュースになったのは、周知の通りだ。
他方ネットではどこから引用してきたのか、田舎道の高架下の赤信号で戦車とトラクターが対峙する写真が「大阪桐蔭 vs 金足農業」のタイトルで拡散されるなど、試合以外のところで奇妙な盛り上がりを見せていた。
大阪市民も応援
甲子園球場に駆け付けた秋田市の会社役員(51)は、チケットが3塁側(大阪桐蔭側)内野席しか取れなかった。“アウェー感”を覚悟したが、3塁側でも結構、金足農に声援を送っていた観客が多かったという。「大阪桐蔭の応援席から少し離れていたからかもしれないが、地元・大阪桐蔭の応援一色ではなかった。半々ぐらいだった気がする」との印象だったらしい。
試合後、その会社役員は大阪駅ビルで友人とビアホールで準優勝の祝勝会をしていて、ウエートレスに「秋田から甲子園に行って、金足農の応援してきた帰り」と告げると、自らは大阪市出身としながら「私も金足農を応援していたけど残念」と答えたという。吉田投手や校歌のけ反り斉唱、第1回以来103年ぶりなどを知っていたというから、単なるお追従ではなかったのだろう。
大阪桐蔭はやはり強かった。
21日に発表された第12回U18(18歳以下)アジア選手権(9月3~9日、宮崎)に5人が選ばれ、金足農は吉田投手だけだった。これが明確な両チームの戦力・実力差を表しているだろう。
しかし、惜しくも敗れてしまったが、旋風を巻き起こし、選手たちもいい思い出になったのは間違いない。我々ファンも十分に楽しませてもらった。お疲れさま。ありがとう。ゆっくり休養してください。
金足農ナインには1ファンとして感謝の言葉を送りたいと思う。
※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら
