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グーグル、テンセント、フェイスブックが激突する「囲碁AI三国志」

2018年08月23日 06時00分更新

文● 大橋拓文(ダイヤモンド・オンライン

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囲碁AIが新しいステージに突入した
囲碁AIは新しいステージに突入した

人類のトップ棋士を撃破した囲碁AI「アルファ碁」の登場から約2年がたち、囲碁AIの世界は新たなフェーズに突入した。人間対AIという構図は終わりを告げ、AI対AIの競争が激化している。中でも突き抜けているのは、グーグル、フェイスブック、テンセントという米国と中国を代表するIT大手だ。激動の「三国志」の時代に突入した囲碁AIの最新動向を、前回に引き続き大橋拓文六段が描く。

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深夜の対局を数千人が観戦
中国は今、囲碁AIがアツい

 6月22日、筆者は中国・北京を訪れた。中国の大手IT企業、テンセントが「囲碁AI世界大会」を開催したからだ。

 中国では今、囲碁があらためてブームになっている。トップ棋士は本業の対局はもちろん、休む間もなくさまざまな地方で行われるイベントに顔を出す。女性のレーサーと棋士がペアになって中国各地を回ったり、エベレストの麓で決勝戦を戦ったりなどといった企画もある。

 数あるイベントの中でも、ひときわ注目を集めるのは囲碁AIだ。中国は、米グーグルの「アルファ碁」によってAIの重要性に気づいたとも言われるほど、囲碁AIの開発が盛んだ。企業や大学が先を争って囲碁AIを開発し、「人間より強い」と言われるAIは既に10以上ある。

 インターネットの対局サイトには囲碁AIが常駐しており、日々トップ棋士との練習対局が公開されていて、5000人以上の観戦者を集めている。さらに、深夜に盛り上がっている対局をのぞいてみると、それはAI対AIの対局だ。これも日々、数千人が観戦しており、中国の囲碁ブームの熱さは計り知れない。中国企業が囲碁AIを開発するのは技術面だけではなく、宣伝効果も大きいのだろう。

 囲碁AIブームの先駆者となったアルファ碁が、韓国のプロ棋士を倒したのは2016年3月のことだ。2017年5月には世界一と言われる中国のプロ棋士に3戦全勝。そして、人間との対局から引退した。

 ただ、その後も研究は続き、2017年10月に「アルファ碁ゼロ」が発表された。これは、人間の棋譜という教師データなしでAIを作る取り組みで、囲碁のルールだけを教え、あとはAI同士で数千万回の対戦を繰り返して学習させたものだ。その結果、従来のアルファ碁よりも強いAIが誕生したのである。

 そして、17年12月には、「碁」の文字がとれた「アルファゼロ」が発表された。これは汎用的なAIを作る取り組みで、これもルールだけを教えて自己対戦するのだが、碁だけではなく将棋もチェスもプレイできる。そしてどちらも、これまでに公開されているどのソフトよりも強いAIなのだ。このように、囲碁AIの性能向上は、その開発を通じて、将来、社会で広く使われるようなAIの性能向上につながると期待されている。

 こうした中で、テンセントが主催した大会には、世界各国から11チームが参加した。テンセントは人間の囲碁とAIの囲碁とを別の競技と考えており、囲碁AIが競う新たな場を作ろうとしている。

 大会の予選を勝ち抜いて、ベスト8に残ったのは下記のチームだ。

 アルファ碁によって、「人間に勝つAI」という大きな目標が達せられたのだが、ご覧のように、囲碁AIの開発は今も世界中で行われている。

 準々決勝は総当たり14局(黒白合わせて2局×7)のリーグ戦形式で、ベスト4を決める。その後、準決勝は五番勝負、決勝は七番勝負と大がかりな大会であった。

 筆者は予選の戦いぶりから見ても、準々決勝のリーグ戦でもテンセントの「絶芸」が独走するかと思ったが、思わぬことに「Golaxy」が絶芸に土をつけた。

 Golaxyは中国・精華大学の囲碁AIである。アルファ碁ゼロの発表以降、囲碁AI界では教師データとしての人間の棋譜データを与えず、ルールだけでゼロから自己学習する「ゼロ型」の開発がトレンドになった。しかし、Golaxyは独自の工夫を凝らし、人間の棋譜から学習しているようだ。独特の打ち方は上位陣の中で異彩を放っていた。

 中国では企業や大学が盛んに囲碁AIを開発しており、今大会に不参加の強豪も数多くいる。その代表例が、「鳳凰囲碁(PhoenixGo)」だ。鳳凰囲碁はテンセントの看板アプリ「WeChat」部門のチームがつくった囲碁AIで、4月に行われた別の世界大会で優勝した。つまり、テンセントは絶芸、鳳凰囲碁と最強クラスの囲碁AIを二つも擁しているわけだが、それぞれが歩んでいる道が真逆であることが興味深い。

 このうち、テンセントのAIチームが開発した絶芸は中国棋院と提携し、中国のナショナルチームが活用している。

 一方、WeChatチームの鳳凰囲碁は、フリーソフトとして世界中の誰でも自分のPCにダウンロードして使うことができる。それだけではない。なんと、オープンソース化し、世界の開発者の知恵を結集して開発していく道を選んだのである。そして、世界では囲碁AIのオープンソース化が進んでいる。

囲碁AIのオープンソース化
フェイスブック復活の狼煙

 アルファ碁ゼロのようなゼロからの学習は、クリエーティブでエキサイティングであることは、開発者ではない筆者にとっても想像に難くない。しかし、膨大なマシンリソースが必要なことも事実だ。そこで、面白い試みが生まれた。「LeelaZero」プロジェクトである。ベルギー発のLeelaは、アルファ碁ゼロに触発されて始まった計画だ。

 具体的にはAIのプログラムをオープンソースとして公開し、学習のための自己対戦は世界中の開発者が協力する。そのデータを集めてバージョンアップするという、まるでドラゴンボールの“元気玉”のような手法だ。

 それだけではない。フリーソフトとして活用できるのはもちろん、LeelaZeroを用いた、囲碁ファンのための検討用ソフト「Lizzie」も登場し、これがとても秀逸なのだ。これまで、囲碁AIの読み筋は人間には分かりづらい記号で示されるだけだったが、Lizzieによって碁盤上での想定図が見られるようになったのだ。AIの思考の可視化という意味で、これはとても素晴らしいツールである。

 そしてここにきて、囲碁AIオープンソース化の流れを決定づける重大な出来事があった。フェイスブックが自ら開発する「ELFOpenGo」を公開したのだ。フェイスブックはアルファ碁と同時期に「DarkForest」という囲碁AIを開発していたが、最近は音沙汰がなく開発をやめたと思われていた。

ところが2018年に入り、やはりアルファ碁ゼロにインスパイアされ、開発を再開したようだ。あっという間に強くなり、韓国トップ棋士とのテストマッチに全勝した。

 大会でも上位に入ったLeelaZero、フェイスブックのELFOpenGoなどの強いAIは、ネット上の対戦では人間に負ける事はほとんどない。しかし、ごくまれに負けることがある。その負ける要因はほぼ一つなのである。では、AIのAIゆえの弱点をみていこう。

人間なら入門レベルなのに
シチョウを知らない囲碁AI

図1 囲碁の基本ルール

黒1と打てば、白石の周囲をすべてふさいだので、白石を取れる
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 囲碁は、相手の石を囲むと取れる。図1のように、黒1と打てば、白石から出ている4本の線を全てふさいだので、白の一子を取れるのだ。ただし、あくまで勝敗は石で囲んだ陣地の多い少ないによって決まるので、石を取られても即負けにはならない。

 最終目的である陣地を多く取るための戦いのなかで、石を取ったり取られたりすることが、囲碁の面白さを増している。さて、石を取るテクニックにはいろいろあるが、入門講座で最初に習う石の取り方が、「シチョウ」である。

図2 シチョウの基本図

黒1と打ったところ。白はAに打てば逃げられるように見えるが…
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 図2で、黒1と打ったとしよう。白はAのところが空いているので、まだ完全に囲まれて石が取られたわけではない。しかし、もしもこの後、白がAと打って逃げたとしても、結局、白は取られてしまうのだ。パズルだと思って黒が白を取る手を考えてみよう。

図3 どこまで逃げてもつかまるシチョウ

白2と打って逃げても、階段状に追いかけることで黒は白を取ることができる。これがシチョウだ
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 ご覧のように、階段状に盤端まで白を追いかけていくと、結局全て囲んで、黒は白を取ることに成功するのだ。ちなみにシチョウは「征」と書くが「四丁」という説もある。一列に4つ石が並ぶため四丁というわけだ。

 囲碁の初心者が誰でも学ぶシチョウをここで紹介したのは、Golaxyが絶芸に勝利した対局で、このシチョウが現れたからである。

図4 AIが気づかなかったシチョウ

テンセント囲碁AI世界大会の絶芸対Golaxy戦。黒が絶芸、白がGolaxy。シチョウが登場した
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 絶芸とGolaxyの中盤戦。黒が絶芸で、白がGolaxyだ。図4が問題の局面で、絶芸が黒1と逃げてしまった。すかさずGolaxyは白2と応じた。この石の周りだけを見れば、図2のシチョウの基本図と同じである。図4の後、程なく絶芸の投了となった。このまま進めるとどうなるかを示しておこう。

図5 シチョウの完成図

白は逃げる黒を追いかけていくと、最終的には黒をまとめて取ることができる
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 図5のように、白が黒を最後まで追いかけていくと、40手後に黒は26子まとめて取られてしまうのだ。

 現在の囲碁AIはとても強いが、このように人間なら入門直後に習得する「シチョウ」や「石塔しぼり」と呼ばれるいくつかのテクニックが苦手である。共通点は、取るまでの手数が長いことである。

 前掲の3図ならば、59手の読みが必要だ。しかし、そこにたどり着くまでの手順が長いというだけでは十分な理由ではない。現在の囲碁AIでは、50手以上の読み筋を示す場合もある。

 この理由を探ることで、人間とAIの思考法の違いが見えてくる。

 囲碁を打つ場合、人間は最終的に陣地を多くとるために、局面のパターンによって「石を取る」や「陣地を守る」といった中間目標を設定しているのだ。一方で、囲碁AIは陣地を多く取るという最終目標はあっても、石を取るなどという中間目標はない。

 整理してみよう。人間と現在の囲碁AIの違いはこうだ。

 人間は、囲碁に勝つために、いくつかの中間目標を立ててゲームを進めていく。「シチョウでこの石が取れたら有利になる」や、「右辺を白の陣地にしたら大きい」といった具合だ。そして、一手一手に意味やストーリーを持たせて考える。

 それに対してAIは、最終的に勝利に近づく手を、その盤面ごとに考える。人間が言ういわゆる先入観がなく、いつも碁盤全体を考えられることはAIの強みだ。半面、中間目標を立てて的を絞って探索したり、少し前の盤面との連続性を考慮して探索したりすることが苦手。その顕著な例がシチョウなのだ。

 アルファ碁ゼロの論文でもシチョウに言及されており、学習のかなり後半にシチョウを理解したと書かれているが、アルファ碁ゼロにとってもシチョウは難しかったようだ。ちなみに、アルファ碁ゼロ登場以前は、シチョウを解決するアルゴリズムを人間がプログラムしていた。しかし、最近はシチョウを自ら解決できるAIの開発を目指すことが潮流になってきている。AIがさらに次の段階へ進歩するために、シチョウをAIが自ら学習できる方法を開発者たちが模索しているのである。

世界トップに肉薄する国産AI
「AQ」の開発者はなんと個人

 世界の大企業が囲碁AIを開発する中、日本はどうだろうか。2016年からアルファ碁を超えるための「DeepZenGo」プロジェクトが進められており、国内のプロ棋士に勝利するAIが開発され、日本のナショナルチームの研究にも活用している。しかし、残念なことに、このプロジェクトは2018年5月で終了してしまった。

 そんな折、新たなエースが登場した。「AQ」だ。なんと、AQは山口祐さんが個人で開発している。ご本人いわく、「趣味です」とのこと。そのAQがなんと今大会の予選で、フェイスブックの開発するELFOpenGoに勝利した。

 筆者は、山口さんに中国の大会中について、いろいろ話をさせてもらった。ご本人はさらりと語るが、世界的に見ても個人開発でここまでの強さの囲碁AIは他にない。これは特筆に値すると思う。

 一方で、世界の囲碁AI開発は企業がリードする中、日本の企業で囲碁AIを開発するのは、筆者が知る限り、HEROZの「棋神」とトリプルアイズの「Raynz」の二つだけだ。個々で優秀な開発者は多いと思うが、全体の大きな潮流にはなかなかならず、世界のAI開発の現場を目撃した筆者としては、危惧を感じざるを得ない。

 7月末、1ヵ月にわたって行われた大会は決着した。絶芸vsGolaxyの決勝7番勝負は7戦全勝で絶芸の優勝。先ほど述べた準々決勝の一局だけ負けたが、大会を通して絶芸は圧倒的な強さだった。ベスト4に入ったのはELFOpenGoと日本のAQだ。

 筆者の見るところ2位から4位は僅差であった。優勝した絶芸はアルファ碁ゼロと同等の強さに達したと思われ、2018年後半は絶芸を追いかける激しい
競争が予想される。筆者の欲を言えば、アルファ碁ゼロと絶芸の対戦をぜひとも見たい。

 さて、囲碁棋士の筆者だが、この大会で世界のAIをめぐる激動を感じ、自分と同年代で活躍する開発者に刺激を受けて、若手棋士を中心に「プロジェクトAI」という研究グループを立ち上げた。

 囲碁棋士とは、いま、世界で最も「AIとどう共生していくか」が求められている職業だと思う。囲碁AIの盤上の打ち手の研究はもちろん、棋士の育成に囲碁AIをどう活用するか、棋士から見るAI研究、開発者の方々との交流などを通して、囲碁AIとどう付き合っていくのか、みんなで考えていきたいと思っている。

 人間の個の力には限界がある。AIが台頭する社会では人間のネットワークがこれまで以上に重要になってくるだろう。

(公益財団法人日本棋院・六段 大橋拓文)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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