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「練習中に水飲むな!」夏の高校野球、昭和の理不尽シゴキを振り返る

2018年07月27日 06時00分更新

文● 戸田一法(ダイヤモンド・オンライン

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昔の高校野球は今とは「常識」が異なる
昔の高校野球は現在とは「常識」がまったく違った(写真はイメージです) Photo:PIXTA

今年夏、甲子園球場を舞台にした全国高校野球選手権大会(以下、甲子園大会。8月5日から17日間)が第100回を迎えるのを前に、各地で予選となる地方大会が行われている。記録的な連日の猛暑を受け、主催する朝日新聞社と日本高校野球連盟は7月19日、各都道府県連盟に熱中症対策に万全を期すよう呼び掛けた。高校球児の練習や試合の環境は年々改善され、現役当時の見る影もない、さえないオッサンの元球児たちが「練習中は水を飲むな」などとムチャ振りされていたのは、今は昔の話だ。三十数年前の元球児(50代半ば)が現在の高校野球と比較し「当時のあれ、何だったの?」を回想する。(ジャーナリスト 戸田一法)

「熱中症へのご注意を」の文書

 朝日新聞と高野連が熱中症対策を呼び掛けた文書は、甲子園大会での取り組みや、2013年8月に甲府市で40.7度を記録した山梨大会での対策を参考に提示している。

 文書を要約すると、甲子園大会では理学療法士十数人がスポーツドリンクや氷を用意し、体温計や血圧計を準備。選手へ事前にアンケートして既往症などを把握し、グラウンドでの様子をチェックする上、試合後も疲労回復を促すクーリングダウンを指導しているという。

 観客には球場スクリーンに「水分補給を」などの注意を表示し、繰り返しアナウンス。第100回大会開会式では選手のほか、吹奏楽、合唱、プラカードを持つ生徒にもペットボトルを配布し「式中」の飲料を勧めることも検討しているらしい。

 13年の山梨大会では、5回終了後のグラウンド整備で散水。攻守交代の際に打者と走者はベンチ選手が十分に水分補給するまでグラウンドに出さず、気温によっては7回終了時に試合を5分間中断し、水分補給の時間を設ける――などとしていた。

 改めて読んでみると、今では常識として実施されているのではないか?というレベルの内容でしかないが、試合をジャッジしている審判員が元球児ならば、自分の現役当時を回顧するとき、どう感じるのだろう。というのは、高校野球の審判員は「水を飲むな」の世代が多いので、隔世の感があるのではないだろうか。

 その時代、審判員にはイニングの間に冷たいタオルが提供され、グラウンド整備の間は日陰の控室で美味しそうに水を飲んでいた。もちろん、審判員が高温や水分補給を我慢する必要はないのだが、元球児の筆者には羨ましかった記憶がある。当たり前だが、13年山梨大会の取り組みには、7回終了時の5分間に「審判員も控室に入り休憩や水分補給」などを求めている。

今思う「あれに何の意味が…」

 では、三十数年前はどうだったか。同世代だと野球部に限らず、他の運動部でも同様の「あるある」だろうが、我々が「水を飲むな」の最後の世代だった。ご存じではない方々に実態をお伝えしたい。

 まず前述の通り、練習中の水分補給は禁止である。

 口頭で直接「水を飲むな」と監督やコーチに命じられていたわけではないが、それが当時は常識だった。比較的涼しい春や秋は何とかなるが、それでも快晴だときつい。もちろん、真夏に耐えられるわけがない。それでは当時、どうしていたのか。

 結論は「隠れて飲む」しかない。

 筆者の野球部では、バッテリー組はランニングのため「ロード」と称してグラウンドから脱出。野手組はシートバッティングやノックで移動する際、バッグネット裏のグラウンドから死角になる用具室裏の蛇口や、3塁側にあったトイレの脇から路地を少し抜けた民家の玄関前にある水道(おばあさんの1人暮らしで、だいぶ昔の先輩が了解を得ていたらしい)でのどを潤していた。

 ただ、うまくタイミングをつかめず水分補給をしないままレフトのポジションに戻り、フラフラになって耐えきれず、フェンスを乗り越えて田んぼ脇の用水路に顔を突っ込んだという同級生もいたから、昔の高校野球では「いかにうまく立ち回るか」も大事な能力だったと言える。これは、ほかの高校の野球部も同様だったのではないだろうか。

 水の問題とともに疑問だったのが「セッキョー(説教)」と称される後輩いびりだ。

 1年生が入部した最初の合宿で、2年生が「気合を入れる」との名目で全員を正座させ、とにかく理解不能な言い掛かりをつけるというものだ。このセッキョーは年代や出身地が違っても、高校野球経験者なら誰でも知っている言葉だったから、おそらく高校球児の「共通語」なのだろう。

 このほか、これは筆者の野球部特有の後輩いびりと思うが「セミ」というのがあった。

 監督の留守(指導者不在というのも、現在では考えられないのだが)を狙い、真夏の盛りに「声が小さい。セミに負けているぞ。セミやれ」と、バッグネットにへばりつかせて「ミンミン」と叫ばせるというものだ。ばかばかしいこと極まりないのだが、同じクラスでちょっと気になっていた女子生徒が笑いをこらえながら下校しているのが見え、情けなくなった記憶がある。こうした後輩いびりは高校が違っても、どこにでもあった。

 ただ筆者の野球部では「決して手は出さない」「3年生は後輩いびりをしない」という伝統があり、1年間だけの我慢だったので、それほど苦痛ではなかった。一方で、近隣の野球部では中学時代の同級生が、上級生から集団暴行を受けて骨折していた。しかし何事もなかったようにその高校は大会に出場していたから、隠ぺいされたのは間違いない。そういう時代だった。もちろん、今なら高野連への報告を余儀なくされ、出場停止などの処分は免れまい。

やはり「監督は絶対」

 顧問による体罰(という名の傷害・暴行)を受け12年12月、キャプテンが自殺した大阪市立桜宮高校の事件後も、運動部顧問による部員への暴力は相次いで発覚している。やはり改善されているとはいえ、運動部において指導者は絶対という風潮は残っているのだろう。

 野球部時代の同級生の息子で、現役の高校球児に話を聞いたが、やはり野球部では今でも監督は絶対だという。強豪校である監督のインタビューを見ていると、独特のオーラを感じる。「1年・奴隷、2年・人間、3年・神」とされる野球部ムラでは、やはりほかの運動部に比べても、神の上に君臨する監督は絶対的存在のようだ。

 三十数年前は、ただでさえ絶対的存在である監督が、当たり前に暴力をふるうのを目にした。

 筆者の野球部監督が部員に手を出すことはなかったが、他校の監督は練習試合でミスした部員をベンチに呼んで殴ったり、ケツバット(注:バットで尻に向けてスイングする体罰。かなり痛い)は珍しくなかった。結果として選手が委縮し、さらにミスを繰り返すのを見て筆者の高校の野球部監督が、「ああいう指導をしているからダメなんだよ」とつぶやいていたのを覚えている。

 強豪校の監督が「厳しい指導者」であるのは間違いない。

 しかし現在、体罰による指導はあり得ないだろう。今と昔の決定的な違いは、昔の強豪校の監督は厳しい上に「怖い指導者」だったことだ。暴力とポジション(背番号)を与える権限で選手を支配し、精神的に追い詰める監督のチームは、選手らに実力があって勝ち進んでも、競り合う場面でミスを重ね、甲子園には手が届かなかった。

 運動部顧問による体罰のニュースを見るたびに、当時のことを思い出す。

「ゲータレード」が変えた常識

 前述した通り、練習や試合中の水分補給は我々世代の数年後に“解禁”された。

 きっかけは、スポーツドリンクの草分けで、アメリカのストークリー・ヴァンキャンプ社(現在はペプシコ傘下)が製造・販売する清涼飲料水「ゲータレード」の登場だ。スポーツには水分補給が有効という文化とともに、スクイーズボトル(水筒)などのグッズも一気に広まった。

 これに先駆け、筆者の野球部にはのけぞるような大事件が起きていた。3年生で最後の大会で敗れて引退し、新レギュラーの後輩と夏休みに練習試合を組んだときだ。試合中に凡退した打者がベンチに戻る途中、グラウンドの散水用に設置されていたバックネットの蛇口から水を飲んでいた。

 試合後、後輩に「何だ、あれは?」と尋ねると「キャプテンが倒れて救急車で運ばれたんス」。監督はスポーツ指導の最先端だった大学出身で、旧態依然とした指導に批判的だった。「お前ら、なんで水分補給しねぇの?不思議だったんだけど」の一言で、一気に解禁されたという。後輩たちとの試合に負けたことより「それ、早く言ってくれよ…」というショックで、反省会のお菓子屋ではみんな、無言でかき氷を頬張っていたのを覚えている。

 なぜ、水分補給が禁止だったのか。

「運動中に水を飲むと体がだるくなる」という理由を耳にした記憶があるが、隠れて飲んだ水のおかげでリフレッシュできていたので、根拠のないスパルタ精神論だったのは間違いない。それを信じて水分補給をしなかった同級生は、実力があるのに練習中にパフォーマンスを十分に発揮できなかった。結果、実力も評価してもらえず、試合にも出してもらえなかった。

 今では笑い話にさえなっている「肩を冷やすから野球部は水泳禁止」も、結局ただの迷信だった。

 それでは、三十数年前は水分補給をしなくても選手や応援団は熱中症にならなかったのだろうか。そんなことはない。精神論でクリアできる問題ではないし、練習中に倒れる部員はいた。ただ、当時は「日射病」と呼ばれて直射日光が原因とされ、ただ日陰で寝かせるという措置が取られただけだった。

 大会での開会式でも選手のほか、ブラスバンドや応援団らが倒れる事態はあったが、「貧血」で片付けられていた。昨年の甲子園開会式では、滝川西(北北海道)の先導役としてプラカードを持つ市立西宮の女子生徒が突然倒れる騒動が発生。1972年から連載され、6月28日に完結した人気野球漫画「ドカベン」でも、高校野球編で女子生徒が倒れそうになり、キャプテンの岩鬼正美が抱きかかえるシーンがある。

 第100回を迎える甲子園では前述の通り、開会式中の水分補給を勧める検討をしている。画期的な試みと思う。一方で、甲子園大会の開催時期について、大阪府の松井一郎知事が「高校野球は春と秋開催にすべき」とツイートし、7月19日の記者会見で「命の方が大事」と発言するなど開催時期の見直し論があるのは事実だ。

 そうは言っても、勝ち進めばそのまま大会に専念するので、高校野球をはじめ中高生の全国規模なスポーツ大会は、スケジュール的にも長期間の休みが取れる夏休み期間でないと、現実的には開催が難しい。授業をすっぽかして、というわけにもいかず、やはり高校野球は「灼熱の夏」に開催するしかないのだ。選手、そして応援団ら関係者には熱中症対策に万全を期し、悔いがないように全力を尽くしてほしいと願う。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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