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米中が貿易戦争拡大で抱える、自国経済への無視できない悪影響

2018年07月25日 06時00分更新

文● 熊野英生(ダイヤモンド・オンライン

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米中貿易戦争が行き着く先は何なのでしょうか
Photo:PIXTA

 2018年はトランプ大統領に振り回される年になりそうだ。北朝鮮の「非核化」では首脳会談後の実務者協議が難航し、中国との「貿易戦争」も先が読めない状況だ。貿易戦争の本格化で、世界の貿易取引の縮減が起きないことをただ祈るばかりだ。だが問題はそれだけにとどまらない可能性がある。

大減税と関税引き上げ
掟破りのポリシーミックス

 心配なのは報復関税の応酬がエスカレートすることだ。

 トランプ大統領が7月5日に追加の関税賦課を表明した金額を累計すると、中国製品に対して5500億ドルにも達する。この金額は、2017年の対中輸入額5056億ドルを上回っている。中国からの輸入額すべてに追加関税をかけるつもりである。

 中国側も、米国の関税適用に反撃して同規模の報復関税をかけているが、米国からの輸入額は1299億ドルと小さく、早晩、同額の報復関税では、追いつかなくなるのは明らかだ。その先はどうなるのか。

 次なる報復として、米国企業の対中投資などに何らかのペナルティーをかけることが警戒される。人民元レートを操作するのではないかという不安もある。

 一方、米国経済にとって関税率の引き上げは、物価上昇リスクとなる。連邦準備制度理事会(FRB)は、輸入物価の上昇に対して、予想されているよりも利上げの回数を増やすかもしれない。

 そうなると、金融引き締め効果が景気に思いのほかマイナス作用を及ぼすことが気になる。物価上昇+金利上昇+景気悪化という帰結が心配される。

 一方、景気は強いという見方は根強い。ひとつの根拠が減税政策だ。2018年1月から法人税率を引き下げ、所得税も減税された。今のところは、米経済にはこちらの好影響が大きい。トランプ大統領は、関税率を引き上げる前に、減税によって家計などの購買力をサポートすることを怠りなくやっている。

 トランプ大統領は、「自国第一」の政策として確信犯的に保護主義的政策を強くアピールしているが、減税によって景気が悪化することにはならないと考えて、中国との関税引き上げの応酬に挑んでいるのだ。

 米国は巨大な減税政策という栄養剤を飲みながら、関税率の引き上げという劇薬に耐えようとしている。まさしく掟破りのポリシーミックスである。

 こうした一連のトランプ政権の経済政策を総合的にどう捉えるべきだろうか。

 まず、米経済は完全雇用のもとで大減税を実施しているから、普通に考えて国内で需要超過が起こる。教科書的に考えると、(1)物価上昇圧力が強まり一方で(2)輸入が拡大(貿易赤字拡大)する。後者は、国内供給力が完全雇用下でフル生産のときに、国内需要(アブソープション、吸収)が膨らむと、海外製品が供給不足を補うという考え方だ。

 輸入拡大の作用を念頭に置くと、関税率引き上げは国内需要が海外に逃げるのを防ぐ役割を持つ。その副作用として、より物価上昇圧力を高めるというのが、減税+関税率引き上げのポリシーミックスの効果になる。

金利上昇、ドル高に
貿易不均衡拡大の可能性

 それに対して、FRBが物価上昇の加速を見て、追加利上げを行うとどうなるか。

 現在、多くの人は、2019年末から2020年初にかけて利上げの打ち止めを予想している。これは連邦公開市場委員会(FOMC) の見通しに沿ったものだろうが、減税+関税率引上げが予想以上に物価上昇を後押しすると、どうなるかは読めない。さらに、利上げが追加されることも十分にあり得る。

 このシナリオが、利上げによる物価上昇圧力の抑制をもたらすとすると、金利上昇+成長抑制という組み合わせとなる。このときは、ドル高が進むだろう。

 ドル高は相対価格の変化による輸入拡大を招いて、トランプ大統領に関税率の追加引き上げを拡大させることになるだろう。

 ちなみに日本経済にとっては、米国の関税率引き上げは鬼門だが、米国経済が成長を持続する状況でドル高・円安となれば悪い話ではない。関税率が引き上げられないとすれば、日本の対米貿易黒字が増えやすくなることは警戒すべき点だろう。

 減税+関税引き上げによる作用が、金利上昇+ドル高だというのは、トランプ政策の効果の結果なのだが、どうやらトランプ大統領自身はそれに不満らしい。

 為替市場がドル高に振れるなかで、7月19・20日と続けて、FRBの利上げとドル高に不満を漏らした。大統領が金融政策を批判するのは極めて異例である。

 だがこうした「口先介入」は、一時的には為替相場に対するドル安圧力になったとしても、継続的に効果を発揮することはないだろう。

中国は景気対策で対抗?
過剰債務の処理遅れる懸念

 米国と同額の追加関税をかけ合っている中国には、自国経済へのストレスは米国以上に厳しいはずだ。

 中国が米国の掟破りのポリシーミックスに対抗するためには、米国の減税と同じような景気対策を打たなければ、貿易戦争に耐え抜くことはできないという考え方もできる。

 インフラ投資を積み増し、金融緩和に転じることがあり得るのか。リーマンショック後の4兆元の超大型景気対策のことが思い出される。

 もっとも、こうした総需要対策を打っても貿易戦争のダメージを受ける製造業の競争力強化にはつながりにくい。むしろ、内需型企業が抱える過剰債務の処理を遅らせるなどの弊害が気になる。

 折からの人件費高騰にも油を注ぐことになり、製造業の輸出競争力にマイナスの効果がもたらされる。

 中国政府は、これまで成長率が多少は鈍化したとしても、産業構造の高度化で成長の質的向上を目指すとしてきた。

「中国製造2025」は、ハイテク分野としてIT、ロボット、航空宇宙といった産業の国際的シェア拡大を狙って構想された。米国の対中関税率の引き上げは、そうした動きを封じ込めようという意図もある。米中の貿易戦争には、覇権争いの側面がある。

 中国にとって、成長の質的転換を図ろうとするときに、米国が貿易戦争を仕掛けてきたのはタイミングが悪い。

 場合によっては、伝統的な総需要対策に動かざるを得なくなる。その結果、質的転換は遅れて、過剰債務企業を延命させるという逆の効果をもたらすことになりかねない。

 不良債権処理が必要な局面で、全く正反対の延命を助ける政策に動かざるを得ないことは、将来のより大きな調整に向けて反動をためこんでいるようなものだ。

 米国から見れば、「中国製造2025」は輸出企業が政府から補助金をもらって規模の利益を獲得しつつ、競争力を高めていく姿がアンフェアに見える。

 1980~90年代に一部の経済学者たちから語られた戦略的貿易対策をそのまま地で行く政策誘導に見えるのだろう。寡占的競争を仕掛けてくる中国が、自由貿易の競争ルールを壊そうとする点で許されないということになる。

 だがトランプ政権は、寡占的競争がアンフェアだと考えているはずなのにそれへの対抗措置として、保護主義に一気に走っているところが甚だしく倒錯している。

 本来なら、自由貿易ルールを守る同盟を強化して、アンフェアな運営を排除するべきなのだ。それなのに、従来、自由貿易を標榜する仲間だったEUなどにも追加関税をかけ、報復合戦を招くことになっている。

 米中は、チキンゲームのような関税の報復合戦やそれに対抗するための景気対策の負荷で自国経済が持たなくなってようやく自由貿易の尊重と世界経済のリーダーとしての意識が戻ってくるのだろうか。

 歴史は繰り返すというが、大恐慌を契機にした保護主義や「自国優先」が戦争へと結びついた過ちを繰り返す愚は避けるべきだ。

(第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト 熊野英生)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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