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日銀は物価検証の後に「異次元緩和の失敗」を認めざるを得なくなる

2018年07月18日 06時00分更新

文● 河野龍太郎(ダイヤモンド・オンライン

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日銀は異次元緩和策の失敗を認めざるを得ない状況です
Photo:PIXTA

 賃金上昇や物価上昇の動きがあまりに遅い。それ故、日本銀行は7月30、31日の金融政策決定会合で「物価検証」を行うという。需給ギャップ改善の継続にもかかわらず、賃金や物価が思うように上昇しない理由の説明を余儀なくされるのである。

 そこには、2018年度は1.3%、2019年度は1.8%としている強気のインフレ見通しを下方修正する理由を説明する意味合いも込められる。

 物価が上がらない理由をどう説明するか興味深いところだが、今回の物価検証の主眼は、あくまで追加金融緩和論への牽制にある。「総需要の弱さが賃金上昇や物価上昇の遅れを招いているわけではないのだから、追加緩和は不要である」ことを、リフレ派の政策委員らを、十分納得させる必要があると考えているからだろう。

 だが問題はそれで済むのかだ。

「物価検証」は緩和継続の確認
だがそれで済むのか

 すでに日銀は、2016年9月の「総括検証」で、2%インフレ目標の達成には相当の時間を要することを認め、持久戦に移行している。その際、需給ギャップの改善が続いている限りは、単にインフレ上昇の遅れだけを理由に、追加金融緩和を行うことはない、という方針に転換した。

 今回もその方針に沿い、2%インフレに到達するまで、粘り強く現在の金融政策を継続することを確認するのだろう。

 政策の方針転換を伴うものではないため、今回の物価検証は、「第二次総括検証」という位置付けにはならない。しかし、物価検証の後も、このまま物価上昇が足踏みを続けるリスクはないのだろうか。

 
 日銀は、労働需給の著しい逼迫もあって、この春には賃金上昇やインフレ上昇が加速すると想定していた。しかし、2018年度のベアは0.5%程度と2015年度と同程度にとどまり、CPI(消費者物価総合指数)の前年比は最近では、むしろ弱含んでいる。

 生鮮食品を除くCPIコアの前年比伸び率は2月に1.0%を付けた後、3月は0.9%、4月、5月には0.7%まで低下した。CPIコアには原油高に伴うガソリン価格上昇などによるかさ上げ効果も含まれているため、エネルギー価格を除いた新型コアを見ると、2月、3月に0.5%を付けた後、4月は0.4%、5月は0.3%まで低下している。

 もちろん、最近の新型コアの弱さには、年初の円高効果も多少は影響している。家電のほとんどが海外から輸入されるようになったため、円高になると、耐久財価格が下落するからだ。

 しかし、筆者が問題にしたいのは、失業率が2%台前半まで低下し、明らかに完全雇用の領域にあるにもかかわらず、新型コアが依然としてゼロ近傍での推移を続けていることだ。

「ゼロインフレ予想」は
全く変わらなかった

 完全雇用下にある現在も新型コアがゼロ%台前半にとどまることは、今後、多少の上昇があっても、再び循環的な景気後退局面が訪れると、簡単に物価がマイナスの領域に入る可能性があることを意味する。

 つまり、人々の「ゼロインフレ予想」に全く変化がない、ということである。

 ゼロ%に強くアンカーされたインフレ予想を、2%に引き上げるべく5年前に始まったのが異次元緩和だった。

 だが、2%インフレどころか、1%インフレの定着も全く見えてこない。少なくともインフレ予想に関する限り、異次元緩和の効果は、ほとんどなかったということではないだろうか。

 物価が上がらない理由としてはさまざまなことが言われている。

「アマゾン効果」と呼ばれる世界的な物価の平準化、労働節約的なイノベーションや製造業のオフショアリングによる労働分配率の低下がもたらす実質賃金の抑制、サービスセクターまで広がり始めたオフショアリング、高齢者や主婦の労働参加率の大幅上昇、外国人の低賃金労働の急増などだ。

 今年6月に決定された外国人による単純労働の事実上の解禁も、物価が上がらない要因になるだろう。

 物価検証で、これらの要因全てに日銀が踏み込むことはまずないと思われるが、人々の「ゼロインフレ予想」が全く変わらない中で、企業が値上げを極力回避しようとすれば、労働節約的なイノベーションが積極活用され、同時に、高齢者や主婦、外国人労働など低賃金労働の掘り起こしが、今後も続くだろう。

 高齢者や主婦の労働参加もいまだ限界までにはのり代があるように見えるし、それだけでなく、今や日本もより低い賃金での就労が可能な外国人労働の巨大なプールを抱えているといってもいい。

 積極的なマクロ政策を展開し需要を増やす「高圧経済戦略」を続けても、賃金やインフレの上昇圧力が、安い労働力などの供給側でことごとく吸収される可能性はないのだろうか。

「第二次総括検証」を
いずれ余儀なくされる

 前述した通り、今回の日銀の物価検証の主眼は、物価上昇の速度が遅れても、あくまで追加金融緩和が不要であることの説明にとどまる。

 しかし、それほど遠くない将来、現在の金融緩和を継続しても、人々のインフレ予想がゼロにアンカーされたままであり、供給サイドの構造変化も継続するため、賃金やインフレが容易には上昇しないことを説明せざるを得なくなるのではないか。

 その際は、政策方針の大きな変更も不可避となる。それなら、物価についての「第二総括検証」という位置付けになるだろう。

 そして数年に及ぶ異次元緩和の大実験が失敗だったことを認めざるを得なくなる。

 インフレ予想は上昇しなかったが、アグレッシブな金融緩和のおかげで、景気回復が長期化している、という反論ももちろん、あるだろう。景気が良いという点は筆者も認める。

 だが、もともとの政策の有効性を巡る論点は、アグレッシブな金融緩和で景気を刺激しても、インフレ予想を上昇させるほどのものにはならないのでは、ということだったはずだ。

 さらに言えば、過去5年、日本経済の回復が続いているのは、世界経済が回復を続けていることがあくまで主因だ。日銀の金融緩和に効果があったとしても、それが主因とは到底言えない。

 一般の人々のインフレ期待に働きかけることはできなかったが、資産市場参加者、特に為替市場参加者の期待に働きかけることにはある程度は成功し、均衡為替レートからかなり乖離した円安水準への誘導には成功したといえるのかもしれない。

 また、その円安誘導によって、輸出セクターの業績が大きく“かさ上げ”され、株高がもたらされたという効果もある。

 ただ、一方で、円安によって業績が大きく改善した輸出企業が設備投資や雇用を大きく増やしたという証拠はほとんどない。

 最近になって、輸出セクターが設備投資を多少、増やしているのは、あくまで海外経済が好調に転じ、輸出数量が拡大したためだ。

 それにもともと輸出セクターには大企業が多く、潤沢な内部資金を抱えているから、日銀の金融緩和で資本コストが多少低下したからと言って、設備投資行動には殆ど影響がなかったはずである。

広がる超緩和の副作用
ミドルリスク企業向け融資が拡大

 それでももし「副作用」が小さいのなら、効果が小さくても、アグレッシブな金融緩和を追求する意味はあるだろう。しかし、これほどまでに金融政策の規模が大きくなり、かつ長期化したため、弊害は相当に大きくなっている。

 財政規律の弛緩や所得分配のゆがみだけでなく、筆者が最近、強く懸念しているのは、金融システムへの悪影響だ。

 それは単に金融機関の期間損益に対し、無視し得ない下押し圧力をもたらしているということだけではない。一部の金融機関が、収益性に比べ過大なリスクを取り始めている可能性があるという点だ。

 日銀も4月の金融システム・レポートで認めている通り、地域金融機関による低採算のミドルリスク企業向けの融資が拡大している。

 ミドルリスク企業は優良企業に比べて内部資金が少ないため、もともと、銀行融資への依存度が高い。ただ、収益性が低いために返済能力も低く、それ故、利益拡大を目指して設備投資を行おうとしても、金利が高いと採算が取れないため、従来は借り入れの増加に踏み込めなかった。

 しかし、異次元緩和の下、金融機関の貸出競争が激化し、貸出金利の低下によって、ミドルリスク企業を中心に低採算先の融資が増加しているのである(ちなみにこれは、金融システム・レポートにおける日銀の解説におおむね沿った説明であり、筆者が過大表現をしている訳ではない)。

 こうした融資拡大は、異次元緩和が狙ったポートフォリオ・リバランス効果(リスクはあるがより収益が得られる資産へ運用をシフトする)の発現であり、それが中小企業の設備投資の回復を大きくサポートしていることは確かだ。

 ただ、筆者が懸念しているのは、地域金融機関の貸出行動の一部は、リスクテイキング・チャンネルの現れではないか(つまり、超低利政策が金融機関のリスク選好に影響を与えて、過剰にリスクを取らせている面があるのではないか)という点である。

 今回の景気拡大局面に対する評価には、若干の誤解があって、「業績が改善したにもかかわらず、企業は設備投資をあまり増やしていない」と受け止められている。

 確かに大企業の設備投資の回復は業績が大きく改善したにもかかわらず、相当に鈍いのだが、一方で中小企業は、借り入れを大幅に増やし、設備投資もかなり増やしている。

 中小向け設備資金の貸し出しは、この5年間で32.1%、不動産を除くと39.6%も伸びている。

 問題は、現在のような景気拡大局面かつ超低金利局面の下でしか採算が取れないような設備投資が増えているとすると、循環的な景気後退局面に入った際、それらは過剰ストックとなり、借り入れも不良債権化するリスクがあることだ。

 現在は正常な貸し出しにカウントされているが、不況局面に入ればそれは過大な借り入れとなり、正常先債権から転げ落ちるリスクがある。

 金融機関サイドで、果たして十分な引き当てが行われているのだろうか。

金融政策の波及効果を
逆に弱める懸念がある

 日銀は、これまでインフレ予想の醸成を目的に、アグレッシブな金融緩和を行い、低採算先のミドルリスク融資の拡大を促してきた。しかし、もし、それが将来、不況になった際に不良債権を増やすことだとすれば、金融システムを脆弱化させていることになる。

 もちろん、よほどの大きなショックが起こらない限り、金融システムの動揺は回避可能だろう。しかし、金融システムを構成する金融機関の自己資本が多少でも劣化することになれば、金融政策の波及効果を弱めることにつながる。

 中央銀行にとって、インフレを醸成することの唯一のメリットは、不況期に「利下げ」の余地を残す糊代作りにあるが、異次元緩和はその糊代作りに失敗しただけでは終わらないかもしれない。

 知らぬ間に金融機関のリスク選好に過剰に影響を与え、むしろ逆に将来の金融政策の波及効果を弱めることになれば、本末転倒である。

 一連のアグレッシブな金融緩和に対し、筆者が当初から懸念を表明していたのは、超金融緩和の下でしか採算に合わないような設備投資が増えても、それはGDPの一時的なかさ上げにしかならないという点だ。

 潜在的な成長力を高めるTFP(全要素生産性、労働や資本の生産性に技術進歩の要素も加えた生産性)は高まらないし、収益性の低いビジネスが拡大し雇用が増えても、賃金の上昇にはつながらないのだ。

 現実に、設備投資や雇用が増えても、TFPや生産性の上昇は観測されず、実質賃金が上昇しないのはこのためではないか。

 景気拡大局面が終わり、過剰な設備ストックや過剰雇用が積み上げられていることが明らかになり、その調整が始まれば、過剰な政策によって潜在成長率が一段と押し下げられていたことも明らかになる。

 経済に極度の負荷を課す「高圧経済戦略」は、結局、資源配分を大きくゆがめ、潜在成長率を低下させるだけである。

 金融政策運営で中央銀行が依拠するニューケインジアン・モデルには、金融システムや金融政策が金融機関のリスク選好に波及するチャンネルの存在は一切、考慮されていない。

 しかし非正統的な金融政策が平時に採用されるようになった現在、中央銀行は、マクロ経済を安定化させようと、今、行っている政策が、将来、金融システムの不安定化をもたらすリスクについて常に警戒する必要がある。

(BNPパリバ証券チーフエコノミスト 河野龍太郎)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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