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長谷部誠はいかに凄い主将だったか、吉田麻也の号泣が物語るキャプテンシー

2018年07月07日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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長谷部誠と吉田麻也
吉田麻也は長谷部の代表引退に涙するほど信頼を寄せていた Photo:AFP/AFLO

優勝候補ベルギー代表との歴史的な死闘の末に、ベスト16でワールドカップ・ロシア大会から姿を消した日本代表の中でひとつの時代も終焉を迎えた。ワールドカップで3大会連続、実に8年間もキャプテンを務めてきた34歳のベテランにして精神的支柱、長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)の代表引退表明。偉大なる背中を間近で見続けてきた29歳のDF吉田麻也(サウサンプトン)は、長谷部に言及した際に人目をはばかることなく号泣。常に誠実な人柄と立ち居振る舞いを介して、5人の日本代表監督から厚い信頼を寄せられてきたレジェンドが残した魂のバトンを、新生日本代表でも最終ラインに君臨するセンターバックが受け継いでいく。(ノンフィクションライター 藤江直人)

「日本代表」は選手にとって特別な場所
そこに自ら別れを告げたキャプテン・長谷部

 51歳になった今もピッチに立ち続ける永遠のレジェンド、FW三浦知良(横浜FC)は2001年12月の韓国代表戦を最後に遠ざかっている日本代表に対し、その胸中に畏敬の念を刻み続けている。

「ワールドカップは僕の永遠の夢でもあるし、現役である以上は、今の自分の実力が代表レベルにないことは分かっていますけど、それでも日本代表を目指す気持ちを抱き続けたい」

 まだ見ぬ世界だったベスト8へと通じる扉に手をかけながら、優勝候補ベルギー代表に逆転負けを喫したワールドカップ・ロシア大会で最も評価を上げたMF柴崎岳(ヘタフェ)は、約2年間のブランクを経て代表復帰を果たした昨年8月に神妙な口調でこう語っている。

「運命というか、ベストを尽くして自分なりのサッカー人生を歩んでいれば縁のある場所だと思っていました。ただ、選ばれたいと思っても、自分でコントロールできることではないので」

 両者から伝わってくるのは、日本代表とは常に特別な場所である、という聖なる思い。そして、日の丸を背負いたいと強く念じることはあっても、自ら別れを告げることはないという不退転の決意だ。日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長も、こんな言葉を残している。

「代表から引退する、という言葉があるのかどうかは分かりません」

 選ぶのはその時々の代表監督であり、ワールドカップなどを戦うA代表の場合、選ばれる側の対象は日本国籍を有するすべての現役選手となる。選外となれば肩書きは「元日本代表」となり、所属クラブにおける好パフォーマンスを介して返り咲けば「代表復帰」となる。

 だからこそ、ベルギーとの決勝トーナメント1回戦を戦い終えた直後にMF本田圭佑(パチューカ)が、一夜明けた日本時間7月3日にはMF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)が表明した「代表引退」は、メディアを通じて大々的に報じられた。

 ともにロシア大会が3度目のワールドカップとなる。前者が集大成にしたいと開幕前から心境を明かしていたのに対して、3大会続けてキャプテンを務めてきた後者のそれは唐突だった分だけ、本田を上回るサプライズを伴った。しかし、今年1月に34歳になった長谷部は、今大会を最後にするという決意を胸中に秘めてロシアのピッチに立っていた。

西野監督は驚き、吉田麻也は号泣…
ファンやサポーターにも順を追って引退を表明

 わずか150人のファンやサポーターに見送られた出発時の光景が、到着ロビーを埋め尽くした約800人による熱烈な歓迎に劇変した5日。成田空港近くのホテルに移り、JFAの田嶋会長、日本代表の西野朗監督とともに臨んだ帰国会見の席上で、長谷部は清々しい表情を浮かべながらこう語った。

「これまでも目の前の1試合、1試合が最後のつもりで戦ってきましたし、それはこの大会も変わりませんでした。もちろん、大会前に自分の心の中で(代表引退を)決めていた部分があったこともあり、一つひとつのプレーにより思いを込めながらプレーしていましたし、その分だけ、今は終わったなという感傷的な気持ちがあります。今は99%の満足感と1%の後悔がある。その1%はこれからのサッカー人生、その後の人生につなげていきたい」

 死闘の余韻と日本の選手たちの無念さを残した、ロストフ・アリーナから戻った市内のホテル。深夜になって長谷部は西野監督の部屋を訪ね、封印してきた思いを明かした。

「心のうちでは『えっ』と思いましたし、『まだだろう』という感じもありましたけど」

 代表引退を告げられた瞬間の偽らざる思いを明かした西野監督は、次の瞬間、自らキャプテンに指名した長谷部が背負ってきた、十字架の重さを感じずにはいられなかったという。

「想像以上の長谷部の気持ちがある。(私には)計り知れないところがありますし、長谷部が決断したことですので、これは間違いないことであり、尊重したいと思いました」

 続けて同じ時間を共有してきたチームメイトたちに伝えた。現地時間3日にベースキャンプ地のカザンへ戻り、取材対応したDF吉田麻也(サウサンプトン)が長谷部の代表引退に言及しているうちに感極まり、テレビカメラをはばかることなく号泣した姿は見ている側の胸を打った。

 日本代表チームにおける長谷部の存在感の大きさが、あらためて伝わってきたシーンでもあった。帰国会見で吉田たちが涙した心境を問われた長谷部は、はにかみながら感謝の思いを口にしている。

「普段は僕のことを、何て言ったらいいんだろう、恐らくうっとうしく思っているはずなんですよね。僕は若い選手たちにいろいろと言うので。ああいうふうに涙してくれる選手たちや、嬉しい言葉をかけてくれる選手たちがいたというのは、僕にとっては言葉では表せない喜びです。本当に素晴らしい仲間たちを持った、とあらためて思っています」

 真面目で律儀な長谷部らしく、西野監督からチームメイトたちと順を追って最後はファンやサポーターへ、更新された自身のインスタグラムを介して代表引退を表明した。感謝の思いが綴られ、実に29万件を超える「いいね!」が寄せられた文面の一部には、こんな断りも含まれていた。

「日本代表という場所はクラブとは違い、いつ誰が選ばれるかわからないところであるので、一選手からこのように発信する事は自分本位である事は承知しています」

26歳でキャプテン就任も、当初は手探り状態
「若い選手にキャプテンを」と考えたことも

 ジーコジャパン時代の2006年2月に行われた、アメリカ代表との国際親善試合で日本代表デビューを果たした。当時のポジションは2列目。イビチャ・オシム氏をへて指揮官が岡田武史氏に代わった2008年5月のコートジボワール代表戦で、約1年半ぶりに代表へ復帰。この一戦から遠藤保仁(ガンバ大阪)と組むダブルボランチが、2015年1月のアジアカップまで日本の心臓を奏でた。

 初めてのワールドカップだった南アフリカ大会を直前に控えた、2010年5月のイングランド代表との国際親善試合で青天の霹靂を体験した。DF中澤佑二(横浜F・マリノス)に代わるゲームキャプテンの拝命。南アフリカのピッチで戦った4試合でも大役を務めた。

 国際親善試合で連戦連敗だったチームを上向かせようと、岡田監督は頭を悩ませていた。悪しき流れを断ち切るために打たれたチーム改革のひとつが、当時26歳の長谷部にゲームキャプテンを託すことだった。果たして、岡田ジャパンは芳しくない下馬評を覆し、グループリーグ突破を果たしている。

 しかし、決勝トーナメント1回戦で、PK戦の末に屈したパラグアイ代表戦とともに岡田ジャパンは解散。新たに船出したザックジャパンで、長谷部はイタリア人のアルベルト・ザッケローニ監督からチームキャプテンに指名される。名実ともにチームリーダーを担った。

 ザッケローニ監督から全幅の信頼を寄せられながら、自身にとって2度目のワールドカップとなるブラジル大会までの4年間を、長谷部はこんな言葉で振り返ったことがある。

「(チーム)キャプテンとしてアジア予選を戦う中で、前回のブラジル大会の時は(キャプテンを)任されてそれほど時間がたっていない中で、本当に手探り状態でやっていました」

 迎えたブラジル大会。ザッケローニ監督のもとで完成させ、絶対の自信を持って臨んだ「自分たちのサッカー」が見るも無残に瓦解した。1勝もあげられずに、グループCの最下位で大会を去った時の心境を、長谷部は今回の帰国会見の席でこう明かしている。

「ブラジル大会を終えた時は、4年後のロシア・ワールドカップのピッチに立っている自分の姿を、まったく想像することができませんでした」

 当時の長谷部は30歳。世代交代を進めるためにも、自分よりも若い選手がキャプテンを務めた方がいいのではないか――。ブラジル大会後に発足した新生日本代表を率いた、メキシコ人のハビエル・アギーレ監督にこう訴えたこともあった。指揮官は首を横に振った。

 その後、八百長疑惑が持ち上がったアギーレ監督が解任され、慌ただしく就任した旧ユーゴスラビア出身のヴァイッド・ハリルホジッチ監督からも「君は生まれながらのキャプテンだ」という言葉をかけられた。この瞬間、長谷部はある決意を固めている。

「自分に対してできるだけ責任というか、プレッシャーをかけながらやってきました。チームがいい形で試合に入れるように、雰囲気や監督とのコミュニケーションなど、さまざまな部分で常に自分ができることを考えてきたつもりです」

長谷部の代役でキャプテンを担った吉田
「散歩隊」も通じて芽生えたチームリーダーの自覚

 ワールドカップ出場をかけたアジア最終予選で、ハリルジャパンは歴代の日本代表チームでは初めて黒星発進を喫した。歯に衣着せぬ直言を忌憚なくぶつけてくる、厳格なハリルホジッチ監督と若手や中堅選手たちに間に入る形で腐心した時期もある。

 迎えた2017年3月。ホームで黒星を喫したUAE(アラブ首長国連邦)代表との再戦を間近に控えた段階で、右ひざにメスを入れる重症を負った長谷部は長期離脱を強いられる。負ければロシア大会出場へ赤信号が灯る敵地での大一番で、キャプテンを担ったのは吉田だった。

「僕は『長谷部誠』にはなれないし、無理をしてハセさん(長谷部)みたいに振る舞う必要もない。僕にできるリードの仕方があると思うし、自分が信じる道、自分が正しいと思うリーダーシップを発揮できればと思っていました」

 UAE、そしてホームにタイ代表を迎えた3月シリーズを連勝で終えた直後に、吉田はこんな言葉を残している。代表に定着した2011年1月のアジアカップから、頼れる背中を介して発揮される類稀な長谷部のキャプテンシーは、吉田が前へ進むための羅針盤となってきた。

 代役の利かない存在であり続けた軌跡を目の当たりにしてきたからこそ、自然と長谷部へ畏敬の念を抱くようになった。何か自分にもできることはないか。2006年のドイツ大会から代表チームの中で結成され、受け継がれてきた「散歩隊」で、吉田はDF昌子源(鹿島アントラーズ)を可愛がってきた。

 散歩隊は、宿泊しているホテルの周辺を歩きながら、いろいろな会話を通じてコミュニケーションを密にする選手たちを指す。長く自身と1987年生まれのベテラン・森重真人(FC東京)で固定されてきたセンターバックに関して、吉田は忌憚のない意見を後輩たちにぶつけてきた。

「現状を見れば、若いセンターバックの頭数が本当に少ない。僕自身もまだまだですけど、例えば源にしても他の選手からいいところをどんどん盗まなきゃいけないし、試合に出られなくても課題を自分のチームに持ち帰り、次に代表に呼ばれる時にはレベルアップしている、というサイクルを繰り返さなきゃいけない。源にはたくさん話してきたし、源自身も感じていることだと思う」

 積み重ねてきた会話は、ロシア大会で覚醒したと言ってもいい昌子の急成長を導いた。名古屋グランパスからVVVフェンロー(オランダ)をへて、最も激しい肉弾戦と最も高度な頭脳戦を求められるプレミアリーグでプレーして6年。体に脈打つ濃密な経験を言葉と背中で伝えるようになった吉田には、チームリーダーの自覚も芽生えていた。

「期待されない雰囲気を絶対に覆してやろう」
キャプテンとしての強い思いが期待を取り戻した

 一方の長谷部は、深刻な危機感を募らせながらロシア大会を迎えていた。ワールドカップ出場決定後のハリルジャパンは低空飛行を続け、ファンやサポーターが抱く期待感もジリ貧傾向にあった。図らずも注目を集めたのは、曖昧かつ不可解な理由によるハリルホジッチ監督の電撃解任。ロシア大会を約2ヵ月に控えた段階で船出した、西野ジャパンの行く末に対する悲観論も飛び交った。

 もっとも、批判してくれるのならばまだましだった。何をやってもダメだ、という雰囲気が蔓延する状況を長谷部は誰よりも懸念していた。

「代表に対して無関心であることが、個人的には一番怖いことだと思ってきたので」

 帰国会見でこう振り返った長谷部は、文字通り悲壮な覚悟と責任をその背中に背負い、ロシアのピッチに立っていた。日本を発つ前に残した言葉をあらためて読み解けば、キャプテンとして、そしてフィールドプレーヤーの最年長選手として、大仕事を自らに課していたことが伝わってくる。

「今回のワールドカップの結果で、日本サッカー界の未来が大きく左右されてくると思っている。個人的にはこれだけ長い間、日本代表にいますから、キャプテンであろうがなかろうが、自分のやるべきことは変わりません」

 やるべきこととは、芳しくない下馬評を180度覆す流れをチーム内に生み出すこと。前回ブラジル大会を経験した選手が実に11人を数える状況も踏まえて、ピッチの内外で募らせるさまざまな悔しさを束ねて、前へ進むためのベクトルに変えてきた。会見ではこんな言葉も残している。

「ブラジルで多くの選手が味わった悔しさ、サポーターの方々も味わった失望感を取り戻し、さらにその上へ行くためにこの4年間を頑張ってきたという思いがみんなにある。そして、食事中などでみんなが口をそろえていたのは、期待されていない状況や雰囲気を絶対に覆してやろうということ。そういう思いが強かったからこそ今回のグループリーグ突破につながったし、皆さまの期待を取り戻すこともできたと思う」

 腐心する姿を間近で見てきたからこそ、長谷部の代表引退を受けて吉田の涙腺は決壊した。日本代表は特別な場所と理解しながら、自ら引退を表明するほどすり減った心に思いを馳せるとまた泣けた。そして、長谷部のインスタグラムの最後に記された一文に勇気をもらい、魂のバトンを受け取った。

「これからは僕も日本代表チームのサポーターです。一緒に日本代表チームに夢を見て行きましょう」

 退任する西野監督の後任が誰になるのかも、どのような選手を招集するのかも、誰をキャプテンに指名するのかも、すべてはまったくの未定だ。それでも代表の中で脈打ち始めた未来への鼓動を、古参組の一人になった吉田は誰よりも強く感じている。大役を拝命する時の心の準備は、すでに整っている。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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