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西野朗監督は決勝Tでどんな「一世一代の采配」を見せるか

2018年07月02日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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西野朗監督
西野朗監督の決勝トーナメントでの采配に注目だ 写真:長田洋平/アフロスポーツ

開催中のワールドカップ・ロシア大会で、2大会ぶり3度目のグループリーグ突破を果たした日本代表が日本時間3日午前3時、ロシア南部のロストフ・アリーナで、FIFAランキング3位の強豪ベルギー代表との決勝トーナメント1回戦に臨む。サッカー王国ブラジル代表を撃破しながら、決勝トーナメントへ日本を導けなかった1996年のアトランタ五輪から22年。主力選手を温存し、最後はあえて黒星を選んだポーランド戦の采配が全世界で賛否両論を巻き起こしている中で、リアリストの一面に攻撃的なスピリットを融合させてきた西野朗監督(63)は、日本がまだ足を踏み入れたことのないベスト8以降の舞台へ向けて、一世一代の采配を振るう。(ノンフィクションライター 藤江直人)

「マイアミの奇跡」とグループリーグ敗退から22年、
ようやくたどり着いた決勝トーナメント

 知力と死力のすべてを尽くしても立つことがかなわなかった舞台に、22年もの歳月を経てたどり着いた。開催中のワールドカップ・ロシア大会で、日本代表を2大会ぶり3度目の決勝トーナメント進出へ導いた西野朗監督の心境を表せばこうなるだろうか。

 41歳だった1996年の夏に、西野監督はアメリカの地で大いなる蹉跌を味わわされている。21世紀になって久しい今でも「マイアミの奇跡」として語り継がれる、サッカー王国・ブラジル代表を撃破したアトランタ五輪は、還暦を超え、1歳になった孫もいる指揮官の記憶に色濃く刻まれている。

 選手たちとの信頼関係が揺らいできたという理由で、ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の電撃解任が発表されたのが今年4月9日。慌ただしさと不可解さが残る中で後任に就いた西野監督は、3日後の同12日に都内で行われた就任会見で、おもむろにこんな言葉を残している。

「かつて五輪で2つ勝っても、次に進めなかったことを経験しています。ワールドカップでも6ポイントを取っても上がれないことも考えられますが、それでも1試合1試合の戦いでベストを尽くして、チャレンジしていく姿勢で戦っていきたい」

 アトランタ五輪のグループリーグ初戦で成就させ、世界中を驚かせた「マイアミの奇跡」には続編がある。舞台をフロリダ州オーランドに移した第2戦で日本はナイジェリア代表に0‐2の完敗を喫し、再びオーランドで行われたハンガリー代表との最終戦で3‐2の逆転勝利をもぎ取った。

 グループリーグで勝ち点6を手にすれば、それまでの五輪では例外なく決勝トーナメントへ駒を進められた。しかし、アトランタ五輪のグループDは日本、まさかの黒星からメンタルを立て直したブラジル、最終的にはアフリカ勢初の金メダルを獲得したナイジェリアが2勝1敗で並んだ。

 グループリーグを勝ち抜けるのは2ヵ国。運命が委ねられた得失点差の争いで、プラスマイナスゼロの日本は、ともにプラス2のブラジル、ナイジェリアの後塵を拝してしまった。ともに無得点で迎えた残り10分で2点を失った、ナイジェリア戦が結果的に大きく響いた。

 しかも、帰国した日本で待っていたのは、日本サッカー協会(JFA)の技術委員会による辛辣な評価だった。曰く「守備的なサッカーで将来にはつながらない」と。捲土重来を期した西野監督はJFAのナショナルチームを離れ、1998年からJクラブの指揮官として攻撃的なサッカーを志向する。

Jクラブ指揮官としては6タイトルを獲得
状況を的確に見極める「リアリスト」

 現役時代に所属した日立製作所を前身とする柏レイソルを皮切りに、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸、名古屋グランパスであげた270勝は監督としてJ1歴代最多。ガンバ悲願の初タイトルとなった2005シーズンのJ1、そして2008シーズンのACLなど6個のタイトルを手にしている。

 標榜してきた攻撃的なスタイルを象徴する一戦が、アジア王者として臨んだ2008年のFIFAクラブワールドカップ準決勝となるだろう。プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドに小細工なしの真っ向勝負を挑み、3‐5で敗れたものの壮絶なゴール合戦で日本中を熱狂させた。

 2005シーズンのJ1初制覇にしても、34試合で82得点とリーグ屈指の決定力で相手をねじ伏せた一方で、58失点もワースト4位にランクされた。殴られたら殴り返す、それも倍返しで、というイメージが強い西野監督だが、素顔は目の前の現状を的確に見極めるリアリストである。

 銅メダルを獲得した1968年のメキシコ大会以来、28年ぶりの五輪へ日本を導いたアトランタ大会でも、初戦で対峙するブラジルを徹底的に分析した。23歳以下の年齢制限が設けられて2大会目となるアトランタ五輪から、各国とも最大3人のオーバーエイジを招集できた。

 悲願の金メダルを目指すブラジルは、1994年のワールドカップ・アメリカ大会の優勝メンバー、FWベベットとリバウド、DFアウダイールを招集。23歳以下では怪物FWロナウド、DFロベルト・カルロスらがいて、五輪前の壮行試合でブラジルのA代表を撃破していた。

 対する日本はさまざまな状況に鑑みて、オーバーエイジを行使しない決断を下す。緻密なスカウティングの結果、守備的な戦いになることはやむを得ない、という結論に達した。実際、放たれたシュート数はブラジルの28本に対して、日本はわずか4本だった。

 それでも1‐0の大金星をもぎ取ったのは、神懸かり的なセーブを連発したGK川口能活(現J3・SC相模原)の存在と、西野監督以下の首脳陣が見出した、センターバックの背後のスペースに対する反応が若干ながら鈍いという唯一の弱点を抜きには語れない。

 実際、後半27分に決まった値千金の先制ゴールは左サイドから送られた山なりのクロスに対して、背走していたアウダイールと飛び出してきたGKジーダが激突。こぼれ球をMF伊東輝悦(現J3・アスルクラロ沼津)が、無人のゴールに蹴り込む形で生まれている。

 もっとも、もしブラジルかナイジェリアのどちらかを蹴落とし、決勝トーナメントへ進んでいたとしても、各グループを勝ち抜いてきた強豪国と戦う力は残っていなかっただろう。五輪のチーム編成はワールドカップより5人も少ない18人。しかも、中1日で3試合を戦うグループリーグで、選手層がそれほど厚くない日本はほぼ同じ先発メンバーで戦わざるを得なかったからだ。

賛否を呼んだラスト10分の“無難なパス”
世界中のメディアが手のひら返し

 あれから22年。五輪とワールドカップの違いこそあるものの、ナショナルチームを率いて臨む大舞台で、西野ジャパンは決勝トーナメント進出を果たした。しかし、引き分け以上でグループリーグ突破が決まる、日本時間6月28日深夜のポーランド代表との最終戦は世界中で賛否両論を巻き起こした。

 1点のビハインドで迎えた後半37分に、西野監督は最後の交代のカードとして、FW武藤嘉紀(マインツ)に代えてMF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)を投入している。負けている状況でボランチを投入した意図は明白だ。ベンチの意思を、長谷部を介して明確に伝えるためだった。

 同時間帯で行われていた一戦では後半29分に均衡が破れ、コロンビア代表が1‐0でセネガル代表をリードしていた。このまま2試合が終われば、コロンビアがグループHを1位で突破。日本とセネガルが勝ち点4、得失点差プラスマイナスゼロ、総得点4ですべて並ぶ。

 しかも、両者の直接対決も2‐2のドローに終わっている。この場合は、ロシア大会から初めて導入された「フェアプレーポイント(FPP)」で順位が決まる。3試合で受けた警告や退場を数値化し、減点の少ないチームが上位となる制度だ。

 FPPでは(1)イエローカードがマイナス1点(2)イエローカードを2枚受けての退場がマイナス3点(3)一発退場がマイナス4点(4)イエローカードをもらった選手が一発退場した場合はマイナス5点――とそれぞれ定められていた。

 キックオフ前の時点で日本のFPPはマイナス3点、セネガルはマイナス5点だった。ポーランド戦で初先発したDF槙野智章(浦和レッズ)がイエローカードをもらったが、セネガルもFWエムバイェ・ニアン(トリノ)がイエローカードをもらっていた。

 現地へ派遣しているスタッフから、試合展開を含めた詳細は随時報告されていた。それらを踏まえた上で、西野監督はリアリストの一面を前面に押し出す。このまま試合を終えてもいい。余計なカードはもらうな。長谷部を介して、指揮官のメッセージがピッチへ伝播していった。

 アディショナルタイムを含めた約10分間は、日本が無難なパスを最終ラインで回し続け、リードしているポーランドもボールを奪いに来ない中で終わりを告げた。耳をつんざくようなブーイングに根負けすることなくミッションを完遂した先に、セネガルが負けたという一報が飛び込んできた。

 自力でグループリーグを突破できる可能性をむざむざ捨て去り、日本がコントロールしようのない一戦でコロンビアが勝つ可能性に賭けた。いわば他力に頼ったわけであり、それまで日本の戦いぶりを称賛していた世界中のメディアが、手のひら返しでバッシングを浴びせた理由もここにある。

 しかし、西野監督は緊張と重圧が交錯する刹那で、決勝トーナメント進出へ向けて最も確率の高い道を選択した。つまり、日本がポーランドから同点ゴールを奪うよりも、コロンビアがそのまま逃げ切る可能性が高いと判断した。その理由はポーランド戦で起用したメンバーにある。

主力選手を温存する作戦を実行するが、
代わりの選手が機能しないなど誤算も

 コロンビア、セネガルと同じ先発メンバーで臨んだ日本は、ポーランド戦で大量6人を入れ替えている。ロシアのピッチは総じて芝生が深く、足腰に疲労が蓄積しやすい。加えて、ポーランド戦のキックオフ時点で、会場のヴォルゴグラード・アリーナは35度もの酷暑だった。

 2戦で勝ち点4を手にしたことも踏まえて、これまで出番がなかった槙野や武藤ら、フレッシュな選手たちをピッチへ送り出した。指揮官の照準は、決勝トーナメントの戦いに定められていた。過去にグループリーグを突破した2002年の日韓共催大会、2010年の南アフリカ大会を振り返れば、3試合で目いっぱいの状態となり、決勝トーナメント1回戦では余力をほとんど残していない状態だった。

 翻って今大会は、2試合で特に疲労を蓄積させていたFW大迫勇也(ベルダー・ブレーメン)、香川真司(ボルシア・ドルトムント)、原口元気(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)、乾貴士(レアル・ベティス)のMF陣と34歳の長谷部、DF昌子源(鹿島アントラーズ)をベンチに座らせた。

 誤算があったとすれば、代わりに送り出された選手たちが上手く機能しなかった点と、後半開始早々にFW岡崎慎司(レスター・シティー)が右足首を痛めてプレー不可能となり、大迫を送り出した点だろう。それでも同20分には乾も投入するなど、あくまでも自力での突破を西野監督も狙っていた。

 しかし、攻撃がなかなか好転しない。それどころか、29分にはカウンターから最も警戒していたポーランドのエース、FWロベルト・レヴァンドフスキ(バイエルン・ミュンヘン)にあわやの一発を見舞われる。36分にはオウンゴール寸前の槙野のクリアミスを、守護神・川島永嗣(FCメス)が左手一本で防いでいる。

 同点を狙うのならば、右MFで先発していたDF酒井高徳(ハンブルガーSV)に代えて、MF本田圭佑(パチューカ)を投入する手もあった。しかし、日本の重心が攻撃に傾くほど、カウンターから失点するリスクも高まってくる。レヴァンドフスキも依然として、前線で脅威となり続けている。

 2点目を失った瞬間、西野ジャパンが続けてきた冒険は実質的な終焉を迎える。同点とする確率。失点する確率。コロンビアが勝つ確率。セネガルが追いつく確率。22年前の苦い記憶も加味しながら、リアリストの思考回路がベストとはじき出したのが、コロンビアが逃げ切るシナリオだった。

 調子がいい時はメンバーをいじらない、というセオリーを覆した時点で少なからず批判は発生していた。他力に頼った戦いを選択した時点でも然り。もしもセネガルが追いつき、グループリーグ敗退が決まっていたら、それこそ想像を絶する批判の嵐にさらされた。

「本意ではない」究極の判断は称賛されるべき
初のベスト8を目指し一世一代の勝負へ

 未曾有の事態を覚悟の上で、それでも責任を一身に背負い、開幕前の芳しくない下馬評を覆してアジア及びアフリカ勢から唯一、ベスト16に残った。究極の判断は称賛されるべきだし、就任会見で西野監督が言及した「1試合1試合の戦いでベストを尽くす」にも通じていると言っていい。

 しかも、香川、原口、昌子を温存できた。最後の約10分間を無難なパス回しで終えたことで、途中出場した大迫や乾、長谷部もそこまで大きな負荷はかかっていない。そして、ポーランド戦終了時点では未定だった決勝トーナメント1回戦の相手は、FIFAランキング3位の強豪、優勝候補の一角に名前を連ねるベルギー代表に決まった。

 グループリーグで合計7ゴールをあげている強力3トップ、ロメル・ルカク(マンチェスター・ユナイテッド)、エデン・アザール(チェルシー)、ドリエス・メルテンス(ナポリ)と対峙するには、昌子が復帰する最終ライン、そして長谷部と柴崎岳(ヘタフェ)のボランチのハードワークが欠かせない。

 プレミアリーグで2シーズン連続アシスト王を獲得している司令塔、ケビン・デ・ブルイネ(マンチェスター・シティ)をケアする香川は乾、原口、そして大迫とのコンビネーションをフル稼働させながらベルギーの最終ラインに風穴を開けて、ゴールへの道を切り開かなければならない。

 ポーランド戦後に笑顔を浮かべることなく、テレビのインタビューに対して「本意ではない」と第一声を漏らした西野監督自身が、誰よりも残り10分間で下した選択に満足していない。ましてや決勝トーナメント進出を果たしたことに、万感の思いを抱いているわけでもない。

 ポーランド戦であえて選んだ黒星は、3度目の挑戦にして初めてベスト8へと通じる扉をこじ開けた時に、日本列島を熱狂の渦に巻き込みながら、さらに価値を増す。舞台はロシア南部のロストフ・アリーナ。キックオフは日本時間3日午前3時。リアリズムに攻撃的なスピリットを融合させてきた指揮官に率いられた日本が、一世一代の戦いに臨む。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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