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日本の財政は「3つの大丈夫」があるから破綻しない、は本当か

2018年06月20日 06時00分更新

文● 西岡純子(ダイヤモンド・オンライン

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先進国で突出した「放漫財政」の日本

 日本では国家財政の悪化が定着して久しいが、海外でもこのところ大衆迎合的な政策を実現させるために財政の悪化ペースが加速している国がある。

 例えば、米国では大型減税政策、歳出増加が重なり、2019年以降は財源をファイナンスするための国債が多く発行されることが議会予算局の見積もりでわかっている。

 今月、金融市場を大きく揺れ動いたイタリアも、問題の根源は財政だった。イタリア国債の価格急落を引き起こしたのは、ポピュリズム政治という点だけで共通する極右と極左の連立政権が誕生し野放図な財政拡張政策が国家財政をさらに疲弊させるだろう、という不安が市場の混乱を招いた。

 だがイタリアより財政赤字を抱える日本で表向き、市場が安定している。なぜなのか。

財政問題の解決策にはならない
3つの「安心材料」

 国家財政が破綻するというのは、債務者である国が借金を返済できない状況である。近年の例でいうならば、2012年ごろから表面化したギリシャ危機がそうだった。

 ギリシャの国家財政が悪化した細かい経緯については省略するが、ギリシャ政府は発行した国債のファイナンスを国外の金融機関などによる投資に依存しており、粉飾まがいの不透明な財政の実態が明るみに出ると、金利が急上昇(国債価格が暴落)し、満期を迎える国債の償還ができなくなる危機に晒された。

 今回問題を複雑化させたのは、欧州を中心とした金融機関が多くのイタリア国債を保有していたことだった。国債の評価損からそれらの金融機関の財務体質が急速に悪化し、経営体力や貸し出し余力が奪われたことで、ユーロ圏の経済活動が圧迫された。

 こうした危機の波及は他国にも起こる可能性があるし、イタリアよりも財政状況が深刻な日本でも起こり得るリスクだ。

 すでに債務残高のGDP比率は2倍を超え、財政収支で見ても赤字をファイナンスするための赤字国債が30兆円規模で毎年発行されている。2012年末に発足した安倍政権のアベノミクスにより、景気が長く拡大しているとはいえ、財政は債務残高、収支ともにはっきりとした改善にはつながっていない。

 いまの財政状況を考えると、世論の大きな反発を招くほどの歳出カットや税収増を強力に進めない限り、日本の財政は、もはや事なきを得ることはできないように思われる。

 だが日本ではそうした危機感はどうも低い。その理由は、市場が、詰めて考えると何ら解決策につながらないことを「安心材料」として勘違いしてしまっているからだ。それが危機的な状況に対する感度を下げてしまっているのだ。

 勘違いされている「安心材料」の代表例が、(1)日本は純債権国だから大丈夫、(2)経常黒字国だから大丈夫、(3)安定保有の投資家に支えられているから大丈夫、の「3つの大丈夫」だろう。

 以下、それぞれについて、それらは決して「安心材料」とは成り得ないことを述べたい。

純債権国だから大丈夫?
民間の資産を国の支援には使わない

 日本は、270兆円相当(GDPの約半分)の純債権を保有する。海外への資金調達の依存、つまり負債よりも、海外への投資や資金の貸し出しなどの資産が多い状況だ。

 巨額の純債権が積み上がった背景は、日本が貯蓄体質であることがある。

 経済活動によって得られた所得のうち、投資や消費に回りきらない分が貯蓄として、多くが銀行に預金として預けられている。銀行はその資金を有効に活用するべく、自ら海外の債券に投資をしたり、融資などで取引企業の海外進出の支援をしたりする。

 日本企業の海外進出の実績は、海外企業の買収であれば株式取得の形式で、あるいは工場の新設・拡張といった直接投資として実績が計上される。一方の対外債務は、外国人投資家が日本の証券(株式・債券)を購入したり、日本企業が海外から借金をしたりすることで積み上がる。

 もし日本国債に何らかの危機が生じ、市場が混乱することで海外の資本が日本から加速度的に逃げ出すと、まず起きる問題は、国をまたいだ資金のやり取りである。特に、外貨でのやり取りが即座に逼迫する。

 そうした有事に、純債権が潤沢にあれば、それがバッファーになると解釈されていることが多い。

 しかし、実際のところ、その純債権はバッファーにはならない。

 そもそもこうした債権は民間が保有しているものだ。国の債務の返済が滞るような事態に陥った場合、民間企業がわざわざ資産を投げ打って国の財政のために資金繰りを調整するかといえば、あり得ない話だろう。

 何より、直接投資であれば収益が安定するまでの投資期間も十分に長い。投資の回収もままならない段階で企業が投資計画を即座に変更することは不可能だ。

 金融機関が、外国債から価格が下落した国内債に割安さを感じることで資金を国内に還流させることはあるかもしれない。しかし、ギリシャ危機や今月のイタリア国債市場の混乱に見られたように、ショックが起こった際の市場の反応は、合理的な動きを超えて極端で激しい動きになる。

 特に日本の財政については債務の大きさが広く知られているから、いったん国債価格が急落すると、底値を探るような思惑で買おうとする行動は、落ちてくるナイフを素手でつかもうとする行為に近く大けがをしかねない。

 またいかに日本の投資家が自国通貨への嗜好が強いとはいえ、いったんショックが起これば、そうした問題は関係なくなる。

経常黒字も、もはや盤石にあらず
あてにならない「安定保有の投資家」

 対外債権がストック(残高)を対象とした指標なのに対し、経常収支は毎期の資金の出入りを示すフローである。もともと日本では経常収支に対するこうした議論が他国ほど盛んではない。

 というのも日本は1980年代以降、ずっと収支の黒字を謳歌してきたため、経常収支の黒字・赤字が経済や財政に及ぼす重要さを考える機会があまりなかったことが背景だろう。

 輸出入や資本取引の資金の出入りを決算した際、受け取り超であれば経常収支は黒字であり、その黒字は配当なり投資、内部留保なりに分配される。

 一方、赤字であれば支払い超で、そのファイナンスのために恒常的に円売り圧力が強まる。

 経常赤字国が危機に直面すると、外貨を調達する際の金利面での上乗せコストが高くつり上げられてしまう。そのため、資金繰りに窮する。この実例が1990年代のアジア通貨危機である。

 経常赤字国特有の資金の出入りの脆弱性に付け込んだ、投資ファンドなどの投機筋による通貨の売り浴びせが危機のきっかけだった。

 この経常収支の黒字・赤字と国債市場の安定性がどう関係するか。

 経常黒字があるから「大丈夫だ」という論は、日本では、企業が海外との経済・金融取引で儲けた資金は、一時的にでも銀行部門に預金として歩止まる。その資金が国債発行の安定消化に貢献するため、経常黒字国の国債市場は安泰という解釈だ。

 しかし、東日本大震災以降の日本の経常収支のフローは大きく変わった。

 すなわち、原子力発電よりも発電コストの高い火力発電などに依存し続けなければいけない現状で、LNGなどのエネルギー原材料の調達は輸入に頼っている。

 また、年間70兆円近くに上ぼる輸出についても、トランプ大統領が日本企業に対し米国内での現地生産を促す圧力は止まりそうになく、対米貿易は今後、黒字幅が縮小する可能性がある。

 また、3つ目の安定保有の投資家に支えられているから大丈夫だとの議論にもつながるが、いかに資金が国内に歩止まるとはいえ、それが未来永劫、国債消化に充当され続けるという保証はどこにもない。

 護送船団行政のもとにあったかつての金融業界であれば、そうした発想はあったかもしれない。

 しかし、体制は変わり、銀行も一投資家として国債の発行・流通市場に参加する以上、国債を引き受けたり購入したりするメリットがなければ、必要以上に「国債消化」で協力する合理性はない。

 メガバンクの一角がプライマリーディーラーの権限を返上したのはこうした理由であり、それは至極もっともな行動だ。

国債を安定保有するのは
中央銀行だけに

 日本国債(政府短期証券除く)の保有構造は大まかに言うと、4割が日本銀行、2割が民間銀行、3割が保険会社・年金基金、1割が海外投資家だ。

 2013年に異次元緩和が始まる前の日本銀行の保有比率は1割程度だったが、この5年間で飛躍的に高まった。反対に減ったのが民間銀行で、それは日本銀行に保有国債を売却してきたことが主な理由である。

 そして、海外投資家もじわり増えてきている。海外投資家にも保有のすそ野が広がっているのは、国債の発行体である財務省にとって、資金調達先を分散させるという意味で望ましい展開だろう。

 しかし、有事には外国人投資家は資金の引き揚げも早いため、安定保有投資家とはいえない。

 また、海外投資家の中には、諸外国の外貨準備やソブリン・ウエルス・ファンドといった長期保有主体の投資家の存在も目立ってきた。

 しかし、こうした投資家が安定保有主体だったのは、日本国債が世界第3位の規模を持ち、ソブリン格付けもなんとか投資適格の基準を満たしていたからだ。

 今後、格下げが2ノッチ、3ノッチと続くようだと、いよいよそれら安定保有の投資家も日本国債から離れていくことは容易に想像できる。

 民間銀行については、ピーク時からすでに国債保有は3分の1程度にまで圧縮している。国債は市場での資金繰りをする際に担保になるため、いかに日銀が国債購入を積極化させても、民間銀行が国債保有をゼロにすることはない。

 日本銀行が金融政策の正常化に進み、金利の上昇が緩やかで、銀行にとって日本国債で運用する機会が復活したとしても、リーマンショック以降の国際金融規制の強化によって、銀行部門は金利リスクをとることに対しこれまでとは違う厳格さを要求されている。

 金利が戻ったところで、過去のようにどんどんと国債を吸収できる余裕はない。

 とすると、日本国債の安定保有主体としては日銀しか残らないこととなる。かつ、金利高騰といった「有事」では日本銀行が砦となる形で金利リスク(価格下落リスク)を全面に請け負うこととなるだろう。

現実を見ない「統合政府論」
増税と歳出削減が王道

 この議論をする際、政府と中央銀行のバランスシートを合わせて考えれば、中銀の資産(保有国債)と政府の債務(発行済国債)は互いにバランスするので大丈夫、という「統合政府論」を持ち出す人もいる。

 この論を持ち出す人は、中央銀行の純資産が政府の何で担保されるかというと、徴税権だという。しかも、それは、将来にわたっての徴税収入を足し合わせたところの徴税権があるから統合政府としては債務超過になることはないという楽観論だ。

 ところが日本では、消費増税を議論するだけでも反対や批判で政争になり、毎度、国会が解散するほどの大騒ぎになる。こうした現実を考えないで、将来の徴税まで全て加味すれば…というのはあまりに都合の良い議論ではないだろうか。

 結局、金利高騰(国債価格下落)による日本銀行の債務の超過分は、国費でもって穴埋めされるだろうし、その国費の調達のために国債を発行し、日本銀行が購入するという本末転倒な展開となりそうだ。

 以上、考えてきたように、日本の財政について「本当の安心材料」は、大幅な税率引き上げと大幅な歳出減以外にはない。

 だがむしろ、それらへの姿勢が徐々に後退している以上、2~3年先に迫ったリスクイベントとまでは言わないが、日本の財政に対して危機感を改めて強める段階に入ってきたと言えるだろう。

(三井住友銀行 チーフ・エコノミスト 西岡純子)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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