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Photo by Reiji Murai |
もはやパソコン(PC)だけでは生き残れない──。9日まで台湾・台北市で開かれた「台北国際電脳展(COMPUTEX・コンピューテックス)」。出展社1600社を超えるアジア最大級のIT(情報技術)展示会では、PC依存から脱却して新たな商機を見いだす台湾企業の姿が目立った。(「週刊ダイヤモンド」委嘱記者 村井令二)
「東芝のPC事業を買わないかという話はうちにも来ていましたよ」──。
台湾・台北市郊外の林口地区。明るい日差しが入る工場のカフェで取材に応じた男は、シャープが買収する東芝のPC子会社についてフランクに話し始めた。
「それで事業の中身を見せてもらったんですが、特に欲しいと思う技術はなかった。だから買うのをやめたんです」
男の名前は何春盛(チェイニー・ホー)。台湾のコンピューター機器メーカー大手、研華(アドバンテック)の共同創業者の一人。彼にとっては東芝のPC技術は使い物にはならず、東芝が誇った「ダイナブック」のブランドも魅力には映らなかった。
それもそのはず、同じコンピューターでも、アドバンテックの製品は「産業用PC」と呼ばれる分野で、工場や医療現場の専用機器。派手な宣伝を打つ台湾のASUS(エイスース)やAcer(エイサー)が扱うコンシューマ向けPCとは違って、B2B向けの地味な製品だ。
だが、この地味な企業が台湾のIT(情報技術)産業の構造転換を象徴するモデルになりつつある。あらゆるモノがインターネットでつながる「IoT」を担う企業として、蔡英文政権の当局者が名指しでアドバンテックに対する期待を表明したほどだ。
この産業構造の転換は、台北市で開かれていたPC業界の一大祭典「コンピューテックス」でも隠れたテーマとなっており、参加企業の展示にも表れていた。
例えば、PC用のディスプレーやプロジェクター大手の台湾BenQ(ベンキュー)。展示ブースにPC周辺機器はなく、工場の自動化ロボットや、病院・小売りの業務を効率化する産業・医療用IoT機器が占めた。
また、PCのマザーボードやグラフィックボード大手の台湾GIGABITE(ギガバイト)の展示も、入り口の目立つスペースに、人工知能(AI)の学習に使える高機能サーバーが置かれた。
コンピューテックスでは近年、AI、IoT、ロボティクスなど、「PC依存からの脱却」がにわかに進んでいるのだ。
「PC」から「IoT」へ
PC脱却。この狙いの背景を理解するには、まず台湾のIT産業の歴史を知る必要がある。
台湾IT産業の「表の顔」といえば、米ヒューレット・パッカード(HP)、中国レノボ、米デルに匹敵する世界有数のPCメーカーであるエイスースとエイサーだ。これと対照的な「陰の主役」として、シャープを傘下に収めた鴻海精密工業(ホンハイ)などの受託製造サービスの存在がある。
1990年代のPC普及期から、台湾の受託製造サービス会社は、HPやデルなど大手PCメーカーの生産を請け負って台湾に大量生産技術を蓄積してきた。
これにより、PCを取り巻く台湾のIT産業は厚みを増し、大量生産によるコストダウンが台湾メーカーの強みとなる。エイスースやエイサーは、コストダウンを徹底したPCに自らのブランドを掲げ、世界市場で勝ち残ってきた。
だが、そのPCも世界市場が年々縮小する傾向が止まらない。PCを超える旺盛な需要を生み出したスマートフォンも、世界の出荷台数がピークアウトしている。お家芸だった「大量生産・コストダウン」の事業モデルは中国勢の攻勢にさらされ、今やコンピューター産業の集積地としての台湾は存立基盤を脅かされつつある。
そうした中で、アドバンテックが注目されるのは、過去の成功体験とは異なる同社のビジネスモデルにある。
大量生産でコストダウンを狙うコンシューマ製品と違って、医療用モニターや工場自動化機器など産業向け製品は、多品種少量生産で1台当たりの高い利益率を確保できる堅実なビジネスだ。
同社の林口工場で生産する製品の全ての工程は、自社開発したIoTシステムによりリアルタイムで管理しており、生産効率を極限まで追求している。このため、人件費が高騰している中国大陸の工場よりも低コストで運営できるまでの効率化を実現したという。
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台湾アドバンテックの主力製品は医療用コンピューター。台湾で成功体験のあるパソコンのビジネスモデルと距離を置く Photo by Reiji Murai |
そして、この工場効率化のIoTシステムこそ、同社の主力サービスだ。ハードウエアとソフトウエアの両方の技術を備え、IoTを通じた成長シナリオを明確にするアドバンテックに注がれる視線は熱い。
コンピューテックスはかつて「PCの展示会」として存在感を放ったが、今やこの場は、PCからIoTへのシフトをアピールする場に変わりつつある。
受託製造サービスのホンハイはコンピューテックスの表舞台の展示に参加していないが、同じ受託製造の台湾・広達電脳(クアンタ)は子会社EQLのブランドで、スマート家電を統合するIoT機器を出展。ロボット掃除機にAIを付けたコミュニケーションロボット「Qubi」を公開し、来場者の関心を集めた。
一方で、台湾企業の顔であるエイスースは、AI機能を備えたという両面ディスプレーの新型ノートPCを発表し、会場では巨大PCを展示するなど、あくまでPCメーカーとしての存在感を誇示。だが周辺のPC部品のサプライヤーの思惑は変わりつつあるようだ。
多くの中小企業のサプライヤーのブースでは、衣類に組み込んだセンサーで生体情報を記録できるIoTウエアが出展された。いずれもPCの関連技術の応用だ。PCに支えられてきたサプライヤー企業は、IoT対応で生き残りを図っている。
日台IoTの新時代
台湾勢の狙いは、PC産業のサプライチェーンをIoTでも有効活用することだ。
一方の日本企業は、かつて台湾勢の攻勢を受けて、ソニー、NEC、富士通のPC事業が撤退に追いやられた敗北の歴史があるが、次の産業として注力しているのがまさにIoT。
すでに、三菱電機、オムロン、安川電機など、IoTを駆使して工場の自動化を推進する産業用IoTを強化する企業が相次いでいるが、アドバンテックにとってもこの分野は重点領域。業界内では「台湾企業はコストも納期も日本の半分」とささやかれており、PC産業で発揮した台湾勢の強みはIoTでも健在で、日本にとっての手ごわいライバルになる。
一方で、三菱電機やオムロンなど日本企業で結成した工場向けIoTの普及団体にアドバンテックが参加するなど、規格統一で日台連携も進んでいる。IoT分野において、日本企業は台湾勢と競合しつつも連携を模索することで、世界市場で勝つことのできる新たなビジネスモデルを生み出していく必要があるだろう。
祭典の主役はベンチャー企業か
グローバルな熱気帯びる台湾
パソコン(PC)業界の一大祭典のコンピューテックスで、ベンチャー企業に特化した展示イベント「イノベックス」の存在感が高まっている。2016年の初開催から3回目となる今年は過去最多となる21の国・地域から388社(昨年は272社)が集まった。
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Photo by R.M. |
イベント初日の6日には、蔡英文政権でナンバー2の実力者である頼清徳台湾行政院長(首相)が参加し、政府を挙げて国内外のベンチャーを支援する方針を表明。PC産業の次を模索する台湾で、新産業の育成に本気で取り組む姿勢を鮮明にした。
注目を集めたベンチャーは、指輪型のウエアラブルデバイスを開発した香港の「Origami Labs(ORII)」。スマートフォンを取り出さなくても、指輪を耳元に当てれば骨伝導で通話ができるアイデアで、中国アリババのスタートアップ基金の出資も受けている。コンテストでは、米国の医療技術ベンチャーが優勝。台湾企業だけにとどまらないグローバルなイベントに育った。
「今年は参加するスタートアップの技術レベルが驚くほど上がった」。第1回から審査委員長を務める米フェノックス・ベンチャーキャピタルのアニス・ウッザマン最高経営責任者は、世界100社以上の先端技術ベンチャーへの投資経験を踏まえてそう話す。
だが、台湾で開かれたベンチャーの祭典で、日本企業の存在感はゼロ。地理的にも文化的にも距離の近い台湾で世界にアピールできるイベントを、日本はもっと有効活用するべきだ。大企業と台湾ベンチャーが連携する道もあっていい。
※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら
