このページの本文へ

日米・米中の貿易摩擦はこれからが本番、今後のシナリオは?

2018年04月25日 06時00分更新

文● 西岡純子(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
安倍総理 トランプ大統領夫妻と夕食会のようす
写真:首相官邸HPより

「米国第一」や「取引外交」など、トランプ大統領の独自性の強い政策が世界経済・市場を大きく揺さぶる展開が定着している。今年に入ってからも、「安全保障」や知的財産権侵害を理由にした高率関税実施などによる米中貿易戦争への懸念や、英仏と共同で行ったシリア攻撃、米朝首脳会談合意などに衝撃が走った。

 市場では、秋の中間選挙を念頭に大統領選で掲げた公約実行や2年間の実績を訴える思惑からとの見方が多い。だがそれだけなのか。「中国牽制」や貿易赤字削減に本格的に取り組もうとする長期戦略が隠されているように見える。

日米首脳会談
通商問題では溝、深まる

 先週、行われた日米首脳会談は、米朝首脳会談を前にもっぱらトランプ大統領と安倍首相の蜜月ぶりを演出する狙いがあったが、冷静に見れば、日米間の通商問題の溝はむしろ深まった印象だ。

 日本がもくろんだ鉄鋼・アルミ製品の高率関税の「適用除外」は受け入れられなかったばかりか、トランプ大統領はTPPよりも2国間の貿易交渉を優先する姿勢を改めて強調。米国の「TPP復帰」を期待し多国間交渉に持ち込もうとしていた日本側を落胆させた。

「TPP復帰」発言の真意
“中国封じ込め”を念頭に?

 日米首脳会談の数日前には、トランプ大統領が米通商代表部(USTR)にTPPへの復帰に向けた検討を指示した、と報じられていた。

 大統領の言動が頻繁に変わることはもはや驚きではないが、「TPP復帰」発言の真意や、なぜこのタイミングだったのだろうか、という疑問が拭えない。

 考えられるのは、次の3点だ。

 (1)そもそもTPP離脱は一昨年の大統領選での公約だったため、それはもう終わった(ため、持論の自由貿易主義に回帰している)ことや、(2)、今年11月の中間選挙を控え、穀物の輸出拡大を期待する農業州の票田を意識してのことだ。

 そして(3)は、TPPの枠組みの中で、中国に貿易ルールを守らせてダンピング輸出や不透明な輸入規制をやめさせ、開放された中国市場を米企業や米国経済の成長につなげる狙いや、アジアで通商面でも覇権を握る布石、と大別できよう。

 (1)と(2)は選挙に絡むことであり、トランプ大統領でなくてもそもそも起こり得る変化である。

 問題は(3)だ。もし、(3)が真意だとすると、高率関税実施やそれに対する報復措置を打ち出す中で、関係悪化が決定的にならないように、米中両国がそれぞれ譲歩をするような姿勢を見せたところで、問題の本質的改善は期待できそうにない。トランプ大統領はそう判断したのだろうか。

 個別品目にかかる関税引き上げの応酬では、らちが明かなくなると考え、中国が参加していないTPPでイニシアティブを取ることで中国に揺さぶりをかけることを考えているのかもしれない。

 その一方で日本に対しては、TPPに戻る素振りを見せつつ、2国間のFTA(自由貿易協定)締結を強く求めるというドライなやり方をしようとしているようにも映る。

 もしそうだとしたら、米国は日本に対し、「中国けん制」で協力するように求め、対中圧力強化に加勢するよう圧力をかけてくることもあるかもしれない。

 そうなれば日本にとっての対米・対中貿易は双方ともコストが高くなってしまい、日本への向かい風は強力なものとなる。米中貿易摩擦が長期化するとなれば、この2大国に貿易や現地生産、投資を通じビジネスに深くコミットしている日本経済にとっては大きな痛手になるだろう。

 ただ実際のところ、トランプ大統領が中国に対してどの程度まで貿易赤字額を縮小すれば、それで良しとするのかは、判然としない。知的財産権を侵害している中国企業に技術供与を抑制することについても、その具体的な基準はまだ明示されていない。

 市場では、そうした措置が行われるまでにはまだ時間的余裕があると見ているようだ。

 それを安心材料にドル高・株高トレンドに戻る勢いだが、個別企業レベルでは、米中間の“摩擦音”が鈍く、不穏に響き始めている。

 その一例が、米国商務省が米企業に対し、中国通信機器メーカー大手の中興通訊(ZTE社)への全ての製品やサービスの輸出を7年間禁止するとしたことだ。

 ZTE社は、米国の対イラン制裁に違反したことを米商務省から指摘され、昨年に約9億ドルの罰金の支払いと関係者の解雇を含む懲戒でいったん、米政府と和解した。

 ところが、ZTE社はその取決めを履行しなかっただけでなく、米商務省に虚偽の報告をしていたことが発覚。再度、米商務省に追及され、貿易取引の禁止という厳格な処分を受けるに至っている。

 ZTE社は、中国第2位の通信機器メーカーであり、半導体チップの調達は多くを米企業に依存している。いわば米半導体メーカーからみれば上顧客だ。一方、中国にとっても、第5世代通信ネットワークプロジェクトをはじめ通信技術は重要な国家プロジェクトの一つで、同社はそれを担っている。

 中国は自動車などの一部の産業を外国企業に市場開放することを表明しているが、自動車などについては核心となる産業とはもはや位置付けておらず、戦略産業とそうでない産業との取捨選択は鮮明だ。

 米商務省は、ZTE社の問題と米中の貿易摩擦問題は無関係としているが、この処分が「中国けん制」を意識して行われたのは、明らかだろう。

 議会の与党共和党議員の間でトランプ大統領に対する支持率は高くはないといっても、先端産業で中国がグローバル市場の覇権を握ることは許さずと考えている議員は多いと見られる。

 こうした声が今後も高まり、対中強硬派が勢いを増していることを考えると、今回、トランプ大統領が「TPP復帰」に触手を伸ばしたような言動をしたのは、中国をけん制することが主な目的だったとしか考えられない。

貿易赤字削減で日本にも圧力
北朝鮮と貿易問題は分離

 一方で、日米関係はどうか。

 今回の日米首脳会談では、前からテーマは北朝鮮問題と通商問題だと、周知されていた。

 北朝鮮問題では、両首脳が北朝鮮の核・ミサイル開発について「完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄を目指し、最大限の圧力を維持することを確認」し、北朝鮮による日本人拉致被害者問題についても、米朝首脳会談で取り上げることで合意したという。

 これは、事前の予想と比べ、前進した印象を与えたニュースだった。実際、20日には北朝鮮は核・ミサイル実験の中止を表明している。

 北朝鮮有事のリスクはひとまず後退したのは朗報だが、北朝鮮の「非核化」や朝鮮半島の安定の問題は時間をかけて進めるしかない。

 日米が連携を強化するといっても、朝鮮半島問題は、日米だけではなく、米国が韓国と同盟関係にある一方で、北朝鮮は中国とロシアがバックアップするなど、背後には大国同士の利害が対立する構図にある。それを考えると、トランプ外交だけで、短期間に南北融和や安定化が実現するとは考えにくい。

 安倍首相がトランプ大統領の協力を得て完全解決し、内閣支持率の底上げにつなげたいと考えている拉致被害者問題は、日本の最大の関心事であっても、米国の最大の関心事ではない。今後、事態がどう動くのかは楽観視できない。

 一方で通商問題は日米間でも待ったなしの課題だ。

 通商関係で、米国が具体的に日本に求めてくる可能性がある措置は、軽度なものから深刻なものまで、様々なものが考えられる。

 日本経済への影響が最も軽微だと考えられるのは、非関税障壁の削減・撤廃など、日本の輸入を拡大するような措置にとどまるケースだろう。

 たとえば、米国は通商代表部(USTR)の貿易障壁報告書で、長年にわたり自動車の非関税障壁への不満を指摘してきている。

 しかしながら、非関税障壁を撤廃したところで、消費者の嗜好までは変えられないだろう。

 現行規制の下でも欧州車が7%前後のシェアを獲得しており、米国車は苦戦している(シェア1%未満)ことから見れば、米国車に対する規制を多少緩和したところで、米国車の輸入が急増するとは考え難い。

 それに比べて、日米FTA交渉の要求は、負のインパクトが一段と大きい。

 多国間交渉のTPPとは異なり、日本が安全保障面で依存している米国と2国間交渉をするとなると、日本は著しく不利な条件をのまされる可能性がある。

 ただし、「不利な条件」で市場開放を求められると想定されるのは、農業(コメや牛肉等)のもう一段の自由化受け入れや、米国側の自由化(自動車関税の引き下げ等)の先送りといった、限定された業種になる。

 既にほとんどの工業製品の関税がゼロとなっている中、経済に深刻なダメージを与える可能性は低い。

 コメの一段の自由化など、いわゆる農業の「聖域」に踏み込むことになれば、政治的には深刻な問題かもしれないが、GDPの中で農業のウエイトはわずか(約1%)だ。

 TPP交渉の時も、GDPに対してわずかな寄与しかない農業を守るために、生産性が高く、GDPへの寄与も大きい工業セクターが犠牲になっている、との批判はよく言われている。

 この意味で、日米FTA交渉が深刻なのは、経済というよりも政治的な意味合いの方が大きいものになっているからだろう。

輸出自主規制や「円安誘導」批判も
懸念される泥沼化のリスク

 日米通商交渉が最悪の展開になるのは、日本が輸出削減にまで追い込まれるケースだろう。

 日本の自動車をターゲットとした米国による関税引き上げや、日本の輸出自主規制を求める圧力等が考えられる。

 1980~90年代に、日本は複数の産業で経験してきたことだ。

 米国が本気で対日貿易赤字を削減したいのなら、日本からの自動車の輸入を相当程度、削減する必要があるが、日本にとっては、自動車の米国向け輸出は自動車生産全体の2割を占めており、輸出規制が実施されるとなれば、雇用や企業収益への影響がかなり大きい。

 また、米韓FTA交渉の見直しの際に見られたように、為替介入を原則禁じる為替協定の導入も警戒すべき措置といえる。

 特に、金融政策にまで言及するような内容となれば、市場への影響も大きい。いかに近年は介入実績がないとはいえ、米国が既に利上げ局面にある中で、日本が依然として大規模な国債買い入れなどで超金融緩和を続けていることが、「円安誘導」だと批判される可能性はゼロではない。

 こう考えてくると、いまは米中・日中間の急激な関係悪化は避けられているが、米中対立は長期化する懸念があり、日米の通商交渉も今後、泥沼化していくリスクを払拭できない。

 トランプ大統領が「対日貿易赤字」にこだわっている以上、米国への投資や雇用面での貢献などを強調してお茶を濁すかのようなこれまでの戦略では、立ち行かないだろう。

 今一度、肝に銘じておかなければいけない事実は、通商摩擦はこれからが本番だ、ということだ。市場は“通商問題は一旦終わった”と安穏とした捉え方のようだが、難局は決して越えていないのだ。

(三井住友銀行 チーフ・エコノミスト 西岡純子)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ