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化学会社が南青山でアクセサリーや雑貨の展示即売会を開く理由

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紫外線を当てると色が変化するアクセサリー。大きなボタンや小さなボタンもある。三井化学が世界シェア1位のMRというメガネレンズの素材を転用した Photo by Hitoshi Iketomi

 週末を含めた5日間で、当初の予定を上回る1200人近い来場者を集めたのだから、老舗企業のイベントとしては上出来だろう。

 3月7~11日、総合化学メーカーの三井化学は、創業105年で初となる単独の展示会「そざいの魅力ラボ」(MOLpカフェ)を開催した。場所は、デザイナーなどの先端的な人種が行き交う東京・南青山の貸しスタジオだ。ライバル会社の経営企画部門の人が来れば、通りすがりの外国人も入ってきた。

 骨董通りを少し入ったスタジオを一棟借りし、3フロアを最大限に活用して素材の機能を“見える形”にした。来場者には、コンセプトを前面に打ち出した製品群を触ってもらい、担当した研究者が熱く狙いを語るという趣向である。

 最大のポイントは、芸術的価値を優先した日常生活と無縁な参考製品は置かず、どれも生活に密着した製品ばかりを集めたところで、即売も行った。「素材が持つ潜在的な力を活かせば、こういう実用品ができる」と訴えかけてくるような直感的な展示にこだわった。

 例えば、三井化学の大牟田工場(福岡県)で生産する世界シェア1位のメガネレンズの素材・技術を転用して、紫外線を当てると色が変化するバングル(腕輪)などのアクセサリー類を並べた。

三井化学は、東京・南青山という街を舞台に、初めて単独で展示会を開催した。会場で目立っていたのは、楽しそうに技術を説明する研究者たちの表情だった Photo by Hitoshi Iketomi

 なぜ、三井化学がアクセサリーなのか。これは、過去に20世紀を代表するファッションデザイナーのココ・シャネル(1883~1971年)が、世界で初めてフェノール樹脂(ベークライト)をバングルなどのアクセサリーに採用したことがきっかけとなり、世界で技術開発や用途展開が進んだという化学畑で有名な逸話にあやかっている。

 他にも、海水から抽出したミネラル成分(新素材)と石油化学誘導品のポリプロピレン(熱可塑性樹脂)を自社が持つコンパウンド技術で混ぜ合わせた陶器のような質感を持つタンブラーを展示した。

 開発した研究者は「タンブラーは熱伝導プラスチック製なので、非常に熱が伝わりやすく、温度差から外側に水滴が発生することがある。そこで、ポリウレタン製のコースターを付けた」と説明する。

社内には冷たい目もある

 数々の面白い製品を一挙に展示した今回のイベントは、2015年6月に動き出した。三井化学のある中堅社員が、東芝のデザイン部門出身のアート・ディレクターが書いた『デザインマネジメント』(日経BP社)に感銘を受けて、著者の田子學氏に社内講演を頼んだことから始まった。田子氏はデザインを経営の根幹に据えた経営手法の重要性を訴える起業家でもある。

 その後、田子氏には、パートナーとして積極的に関与してもらう運びとなった。毎月1回、千葉県の袖ケ浦センター(研究所)内で開かれた“部活動”には田子氏も参加し、侃々諤々の議論を続けてコンセプトを練り上げていった。

今回の展示会では製品の即売も行った。最も売れたのは、熱伝導プラスチックの技術を応用した樹脂製タンブラーとコースターのセット(税込みで5000円) photo by Hitoshi Iketomi

「三井化学には、良質の素材が数多くあるのに、素材が持つ特徴や可能性を世の中にきちんと伝えられていない。また、素材の持ち味を最終製品にまで展開する発想力や行動力に乏しい」(事務局)。

 田子氏が同じ三井財閥系の東芝出身だったことから、社内事情の飲み込みは早く、いつしか前向きな社内変革活動という性格を帯びる。コア・メンバーは、社内横断的に集まった30~40代だった。

 この活動の後見役を務める福田伸常務執行役員(研究開発本部長)は、「正直、今の三井化学はあがいている」と打ち明ける。

 あがくというのは、これまでにも社外の企業といろんなコラボレーションを進めてはいるが、先進的な顧客から「素材関係で迷ったら、まず三井化学に聞いてみよう」と言われるまでの域には到達していないという焦りを意味する。

 その背景には、デジタル化の波で、ものづくりの考え方が大きく変化していることがある。3Dプリンターなどの登場により、過去には実現が困難だった部材や製品が製作できるようになった。そんな中で、三井化学は顧客の開発部門や購買部門に限らず、デザイン部門のキーマンにリーチできなければ、「素材が採用される前の段階で考慮の対象にもされない」という事態があり得る。危機意識の根底には、そういう焦りがあるのだ。

 今回、三井化学の有志は、世の中に向けた情報発信にはこぎ着けられたが、別の悩みもある。単独の展示会(そざいの魅力ラボ)は、全社的にオーソライズされた取り組みではなく、あくまで約20人の有志による“黙認された自主的な活動”にすぎないからである。

 社内には、今でも「忙しいのに何をしているのか」という冷めた反応が少なくない。第1弾は成功したが、続く第2弾はあるのか。

 事実上の小さな社内変革活動は、これからが本当の正念場を迎える。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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