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ジャパネット創業者・高田明がJリーグ経営で放つ強烈な存在感

2018年03月03日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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「監督や選手たちへ余計なプレッシャーをかけてはいけない」との思いからJ1元年の目標は封印 Photo By Naoto Fujie


産声をあげてから25周年を迎える2018シーズンのJリーグで、注目すべきチームのひとつが創設14年目にして初めてJ1に挑んでいるV・ファーレン長崎となるだろう。ちょうど1年前は経営危機が表面化し、存続危機に直面していたチームは、経営陣を刷新。急遽、代表取締役社長に就任したのは通信販売大手ジャパネットたかたの創業者で、自身がMCを務めたテレビショッピング番組を介して、お茶の間でも全国区の人気を博した高田明氏(69)だ。その高田氏のリーダーシップのもとでV・ファーレン長崎は鮮やかにV字回復。生まれ育った長崎県を心から愛し、県民に元気を与えたいと未来を見据える高田社長は、笑顔を絶やさない立ち居振る舞いと的を射た発信力から、裸一貫で飛び込んだサッカー界の中ですでに強烈な存在感を放っている。(ノンフィクションライター 藤江直人)

「一戦一生」

 クラブが産声を上げてから14年目にして、初めて臨む国内リーグの最高峰、J1の開幕がいよいよ近づいていた時期。胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、V・ファーレン長崎の高田明代表取締役社長は自ら考え出した造語を、クラブに関わる全員へ向けて発するようになった。

「最近になって僕が言っているのは『一戦一生』です。一日一生という言葉がありますよね。例え人生100年でも、一日を一生だと思って頑張ろうと。サッカーも『一戦一生』だと考えていけば、気持ちを切り替えていける。一戦ごとに勝っていけばいい、と。

 一足飛びに夢へは近づけません。先のことよりも一戦一戦を、その時その時を一生懸命に頑張っていくことの積み上げで結果が出ると、僕はいつも思ってきました。ゼイワンに行っても、ゼイツーのときと同じように頑張っていけば、おのずと結果もついてくるのではと信じています」

 先月24日、高田氏は神奈川県平塚市のShonan BMWスタジアム平塚にいた。ともにJ1昇格を果たした湘南ベルマーレのホームに乗り込んだシーズン開幕戦。16時のキックオフを前にして、昨シーズンから続けているルーティーンとして、フェンスに沿ってゆっくりとスタジアム内を歩いた。

 クラブカラーでもある、青とオレンジを基調としたユニフォーム姿のファンやサポーターを見かけるたびに、笑顔を浮かべながら手を振った。ゴール裏だけでなく、メインスタンドでもバックスタンドでも声援を浴びた。長崎から遠く離れた湘南の地で、心を震わせずにはいられなかった。

「どこまで(ファンやサポーターの方が)いるのだろうと思いましたら、けっこう幅広いところまで、かなりの方が応援に来てくれたんじゃないかと思います。びっくりしました。これがゼイワンの力なんですよね。このスタジアムにはゼイツーを戦った去年も来ていますけど、もう全然意識が違いますよ。我々は一番高いところ、ゼイワンで戦っているんだ、という意識ですよね」

 ここまででお気づきになったかもしれないが、長崎県平戸市で生まれ育った高田社長は肥筑方言の訛りが強い影響で、どう頑張っても「J」を「ゼイ」と発音してしまう。今現在ではすっかり市民権を得た“高田節”が、J1における記念すべき第一歩を踏み出した敵地でも繰り出された。

 人生を振り返ってみれば、プロサッカークラブの経営に携わることになるとは、昨年の今頃は考えてもいなかったはずだ。しかし、ちょうど1年前のV・ファーレンは運営会社の資金繰りが悪化し、監督や選手たちへの給与が未払いになりかねない状況に直面していた。

 実際、2015年度の当期純利益が200万円の黒字だったV・ファーレンは、2016年度には一転して1億3800万円の大幅かつ不可解な赤字を計上。経営問題が表面化する中で、決して少なくない数の内部告発がJリーグ側に寄せられるようにもなっていた。

 Jリーグは旧経営陣に自浄を促したが、プロセスがおぼつかなかったこともあり、2017年1月から直接介入することを決定。そして、2月に入った段階で、池ノ上俊一社長をはじめとする常勤役員全員が辞任する緊急事態に発展。激震に見舞われた中でシーズンの開幕に臨んだ。

 最悪の場合、Jリーグの舞台で戦う上で必須となるクラブライセンスを剥奪されかねない。クラブ存亡の危機に直面した状況で、2009年から筆頭株主を務めてきたジャパネットホールディングス(本社・長崎県佐世保市)が、V・ファーレンを100%子会社化する意向を表明する。

 そして、通信販売大手ジャパネットたかたの創業者で、2015年を最後に経営の第一線から退いていた高田氏が、周囲から乞われる形で昨年4月25日に代表取締役社長に就任した。

Jクラブ経営も「まったく違いはありません」

 37歳だった1986年1月に創業した前身の株式会社たかたを、地道な努力と奇抜なアイデアを積み重ねることで、2010年には約1789億円もの売上高を記録するまでに成長させた。実業家として刻んできた軌跡と、まったくの異分野であるJクラブの経営は「まったく違いはありません」と笑う。

「目指すところというか理念は、お客さんに喜んでいただく、ということですから。どんな業種でもお客さんに支持されてのもの。だからこそ、僕はサッカーを引き受けようと思いました。不安を感じていたら、まったくサッカーを知らない僕がビジネスの世界から来るわけがありません」

 長崎県民の夢を潰したくない、地方創生につながる芽を絶やしたくない――こうした思いに駆られていた高田社長は、この時すでに『一戦一生』に近い決意を抱いていたのだろう。

 改革するならばスピード感を伴って、という信念のもと、スポンサーや株主の理解を得た上で完全子会社化を完了。累積赤字が3億円を超えるなど、旧経営陣のもとで倒産寸前の状況に陥っていたV・ファーレンの再建に走り出す。

「あれだけの赤字があった中で、改善するべきところは山ほどありますし、もちろん一度ではできません。まだ1年もたっていませんし、道半ばくらいじゃないでしょうか」

 経営再建はいまだ現在進行形で、困難を伴うことも少なくない。例えば昨年7月には、旧経営陣がリーグ戦における有料入場者数を水増し発表していたとして、始末書によるけん責と制裁金300万円からなる処分をJリーグから科されている。

 旗揚げとなるヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)が開催された1992年から、Jリーグは有料入場者数を一の位まで正確に発表することを全クラブに義務づけてきた。

 アマチュアだった前身の日本リーグ時代は、ホームチームの運営担当者がスタンドを見渡しながら、「今日はこれくらいかな」と入場者数を決めることが少なくなかった。こうした習慣を一変させたのは、初代チェアマンに就任した川淵三郎氏(現日本サッカー協会最高顧問)のひと言だった。

「スタジアムへ足を運んでくださるお客様一人ひとりを大切にしなければ、Jリーグに未来はない」

 規約にも「実数発表」を明文化し、違反した場合の罰則も厳格に設けられた。プロ化という新たな歴史の扉を開くにあたり、ファンやサポーターを最も大切にした結果としてリーグ及びクラブ運営の公正性や透明性が保たれ、スポンサー獲得にあたって企業側の信頼を得てきた歴史がある。

 まさに最もタブー視される不正となるが、高田社長の陣頭指揮のもと、表面化した問題へ迅速に対応しただけでなく、過去2年に渡って有料入場者数を自主的に精査。実際の数字と差異があったことを明らかにしたV・ファーレンの姿勢を、Jリーグの村井満チェアマンも高く評価していた。

「不正確な数字が計上されたことは非常に残念ですが、新しい経営陣が健全化へ向けて全力を尽くされている中で、自ら是正の調査が行われたと認識しています」

 高田社長自身も、ジャパネットたかたにおける波瀾万丈に富んだ経験から、悲観的な思いはいっさい抱いていないと力を込める。

「大変なところを越えて、初めて再生できたと言えます。僕も現役の時に何度も経験していますし、それを苦労と思ったらきついですからね。一歩一歩を楽しみながら越えていこう、という感じでやっていますので、体力を維持しながら頑張ります」

 社長就任後すぐにジャパンネットホールディングスから億単位の融資を取りつけ、給与遅配などの不安や雑音などをすべて取り除いた。開幕からJ2戦線の上位につけていたV・ファーレンの快進撃をさらに加速させ、ピッチの内外で一丸となって戦っていく過程で、V・ファーレンに関わる全員にあることを厳命している。

「言葉の中から本物の笑顔が伝わらなければいけない。気持ちというものは、笑顔で伝えるものですから。作った笑顔から伝わるものではありません。僕もジャパネットたかたではそこを一番大事にしていた。監督や選手も、一人ひとりのファンやサポーターへどれだけ愛情をもって接していけるかです」

 ジャパネットたかたを急成長させたのは、高田氏自身がMCとして登場したテレビショッピング番組だった。演出用に意図的に甲高く発していた声だけでなく、見ている側を安心させ、信用させる笑顔がお茶の間の人気を呼んだ。

 そして、積み重ねられてきた真の笑顔に導かれた成果のひとつが3‐1の勝利とともに、J1へ自動昇格できる2位を確定させた、昨年11月11月のカマタマーレ讃岐戦だった。

 県中央部の諫早市にあるホームのトランスコスモススタジアム長崎は、J2参入を果たした2013シーズン以降では最多となる2万2407人の大観衆で埋め尽くされた。キャパシティである2万258人を超えるファンやサポーターが、歴史的瞬間を共有して魂を震わせた。

「僕は県北の佐世保市に住んでいますけど、以前はほとんどがV・ファーレン長崎のことを知りませんでした。今はどこに行っても、県民の皆さんから『サッカー頑張ってください』と笑顔でおっしゃっていただけるようになった。もう100倍くらい変わったと言ってもいいですよね。

 サッカーを通して県全体を活性化しよう、子どもたちに何か夢を与えたいという気持ちがすごく表れていますよね。皆さんに会うたびに感じている変化をもっと、もっと高めていくことと、その結果としてどうなればいいのか、ということを考えていくのが今年1年になると思っています」

 ベルマーレとの開幕戦は1‐2で一敗地にまみれた。開始8分で先制されたが、8分後には得意とするセットプレーから、キャプテンのDF高杉亮太が強烈なヘディングシュートを一閃。ベルマーレの守護神・秋元陽太が防いだこぼれ球に、DF田上大地が執念のダイビングヘッドを見舞った。

 先発した11人のうち、J1で出場経験のある選手はFC東京から加入した国見高校出身のDF徳永悠平と、清水エスパルスから加入して2年目のFW澤田崇の2人しかいない。高杉は34歳で、同点弾につながる直接フリーキックを蹴ったMF前田悠佑は33歳で初めてJ1のピッチに立っていた。

 その後は一進一退の攻防が繰り返されたが、後半35分に与えたファウルが均衡を崩した。MF秋野央樹が放った直接フリーキックのこぼれ球を、MF石川俊輝に押し込まれた。新たな歴史の1ページ目に白星を添えることはできなかったが、だからといって高田社長は落胆していない。

 90分間を通して感じたのは、むしろ今後へ向けた手応え。自ら掲げた『一戦一生』の精神から、笑顔を輝かせながら「34分の1ですから」と、全34試合を戦うひとつを終えただけと強調した。

「決して強がりでも何でもなく、負けて悔しいということはありません。平昌冬季オリンピックを伝える報道の中で、『敗者が勝つ人を育てる』という記事を読みました。確かリュージュの競技で、金メダルの大本命ながら銅メダルすら取れなかった選手が、満面の笑みでメダリストを称えていた、と。

 だからこそ、勝ったベルマーレさんには拍手を送らなければいけません。こういうことを通して、人生というものを勉強していくんです。そういうことを監督や選手、クラブ、そして県民の皆さん全員が考えられるようになった時に、V・ファーレン長崎はすごいチームになるんじゃないでしょうか」

一番大事なのはプロセス

 6年目の指揮を執る高木琢也監督や選手たちへ余計なプレッシャーをかけてはいけない、との思いからJ1元年の目標は封印している。ただ、昇格を決めた直後に「来年も奇跡を起こして、ゼイワンで優勝争いがしたい」と語った思いはいまも変わらない。

「僕の解釈では、目標は高く持っていい。一番大事なのはプロセス。勝つこともあれば、もちろん上手くいかないこともあります。目標へ向けて、どこまで一生懸命に向かっていけるチームにできるかどうか。そのなかで監督、選手、すべての人の力がついてくるので。

 Jリーグというより、スポーツ全体の魅力って本当にいいですよね。すでに言い尽くされていることですけれども、やっぱりスタジアムの空気に触れた瞬間に、その場にいるすべての方を笑顔にさせることが、スポーツの本当の使命だと僕は思っています。

 それは勝ち負けだけでは生み出せません。もちろん勝ち負けも同時進行で必要ですけれども、明日から仕事を頑張ろう、また見に来ようという世界をJリーグ全体の中で作り出せた時に、サッカーは野球を超えるかもしないと、僕は勝手に思っているんですけどね」

 未知の世界へ飛び込んだ高田社長が誰よりもサッカーを楽しみ、サッカーが持つ可能性に心を躍らせている。3日はサガン鳥栖を迎えるホーム開幕戦が、10日には浦和レッズを再びホームに迎える。

「ファンやサポーターの方々の声援があれば、サガン鳥栖さんであれ、浦和レッズさんであれ、十分に面白い試合ができるんじゃないかと思っています」

 Jリーグの歴史を振り返れば、昇格組のほとんどが厳しい戦いを強いられてきた。12月1日の最終節まで続く長丁場のJ1戦線で、波瀾万丈に富んだビジネスの世界を勝ち抜いてきた高田社長の心からの笑顔が、V・ファーレンが前へ進んでいく羅針盤になる。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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