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日本電産、社長交代の真意は「集団指導体制」の実験開始

2018年02月26日 06時00分更新

文● 週刊ダイヤモンド編集部(ダイヤモンド・オンライン

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2月15日、永守会長兼社長(右)は社長交代で記者会見したが、その2日後に「2030年の10兆円達成まで経営のかじを取る」と宣言。左が吉本次期社長 Photo by Masami Usu

「強く申し上げておくが、自分は辞めるわけではなく、会長兼最高経営責任者(CEO)として引き続き先頭に立って2030年の10兆円達成まで経営のかじを取る」

 1973年に日本電産を創業した永守重信会長兼社長(73歳)は、2月15日に初めての社長交代を発表した。6月20日付で吉本浩之副社長(50歳)が社長兼最高執行責任者(COO)に昇格するが、その後も永守氏の経営権は揺るぎないことを念押しした格好だ。

 実は、日本電産が15日に京都市内で開いた社長交代会見では、永守氏と20歳以上離れた若い吉本氏の紹介がメーンで、ここまで明確な発言はなかった。冒頭の声明は、会見から2日後の17日付で発信されたもの。会見翌日の16日に日本電産の株価は急落したが、その翌日の土曜日に日本電産がまとめた正式な永守氏の見解表明だ。

 日本電産は、20年度に売上高2兆円、30年度に10兆円にするという目標にまい進している。世界43カ国に広がった事業は、今後もM&A(合併・買収)を続ける方針で、急拡大の一途にある。

 だが、すでに永守氏の海外出張は年間20~30回に上っており「世界中を走り回る体力はもう限界」(永守氏)。さらに3月から京都学園大学の経営に乗り出す予定で「もはや仕事の負担を減らさなければ社内は混乱する」(同)。これが、社長職を譲る最大の理由だ。

「集団指導」の実験開始

「当初は(仕事の)3割だけを渡す。それから数年かけて逆転する」。15日の記者会見で永守氏が述べたように、吉本氏の最初の役割は、永守氏の負担を30%減らす補佐役になることだ。

 そこから先は「2~3年以内には5割超にいってほしいと期待する」としただけで、あえて明確にしなかったのは永守流だろう。

 吉本氏は、カルソニックカンセイ専務、日産自動車のタイ現地法人社長を経て15年3月に、日本電産に入ったばかり。

「稼いだ人間が一番偉い」とする永守流人事で、子会社の自動車部品会社、日本電産トーソクを再建した実績から16年11月に本社副社長に抜てきされ、今回社長に引き上げられた。しかし、その評価期間はわずか3年弱。本当に後継者になれるかどうかはこれから試される。

 永守氏は「鎖につないでもとことんやらせる」と期待を掛けた一方で、「10年は(社長を)やってもらいたいが、業績が悪くても10年やってもらうことはない」とくぎを刺す。

 吉本氏は、日本電産ナンバー2に指名されたのは間違いないが、その座は安泰ではない。永守氏は、ワンマン経営を脱して集団指導体制を目指す意向だが、その実験は始まったばかり。永守氏が86歳になる「2030年」までにポスト永守体制が築けるのか。その真の姿が見えるのは、まだ先になりそうだ。

(「週刊ダイヤモンド」委嘱記者 村井令二)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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