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「最高益」でも企業が不況期と同じ経営を続ける理由

2017年12月13日 06時00分更新

文● 熊野英生(ダイヤモンド・オンライン

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 今回の景気拡大がこれほど長く続く理由は、企業収益の強さに秘密がある。

 売り上げが多少が減少する期間があったとしても、年度が終わってみると経常利益は前年比増益で着地するのは、企業の「収益管理」が強化されたことが背景にある。半面、企業は増益であっても、派手に経費を使ったり、設備投資や雇用を大きく増やしたりすることはない。このことが景気拡大の勢いを弱くしていて、「長く続くけれども景気実感に乏しい」と揶揄される状態を作っている。

 企業の経営がリーマンショック以降、損益分岐点を下げることを重視した経営に変わってきているからだ。

企業の収益体質が変化
固定費抑制の反応が機敏に

 こうした経営は2018年も続くだろう。そして、2018年中のどこかで生産などの調整局面に入ることになれば、経費削減や賃金抑制といった「負の側面」が表れてくると予想される。

 まずは、企業の収益体質の変化について見ていこう。

 2018年はリーマンショックからはや10年が経つ。リーマンショックまでの5年間も「実感なき景気拡大」と言われた。この時も、固定費抑制などの企業の慎重姿勢が原因だが、リーマンショック以降は、企業が様々なコストの節減に動くスピードを速くした。

 要するに、より慎重さが増した結果、固定費抑制の反応が機敏になった訳だ。

 企業の財務の変化を、財務省「法人企業統計」を使って調べてみた(図表1)。

 全規模・全産業の経常利益は、2009年度をボトムにして、2017年9月まで増加を続けている(直近は、4四半期累計で見た)。年度の売り上げは、2011年度、2012年度、2015年度に前年比マイナスに転じている。

 だが売り上げが減収であっても増益になるのは、原油価格などの下落で売上原価が下がるという追い風と、人件費などの固定費削減をすぐに行った効果による。

 2014~17年度は、政府が賃上げ促進への働きかけを強めたことが知られているが、収益分析をすると、この期間は原材料価格が下がる効果が大きくて、それが人件費などの増加を吸収する役割を果たしていたことがわかる。

 ただし、2017年9月になると、そうした原材料などの変動費の減少効果はほぼ出尽くしてしまっている。今後、原油高・円安が進むと、変動費のプラス効果はマイナスに転じてしまう。

これまでは「3つの要因」が
補い合って収益支える

 企業収益を支えるメカニズムは、(1)売り上げ増加によって、製品を販売したときに得られる利益の量が増える効果(売り上げ要因)、(2)原材料の価格変動により1単位製品を作る時の利益が厚くなる効果(変動利益要因)、(3)人件費、支払利息、減価償却費など固定費を減らして、採算性を高める効果(固定費要因)がある。

 ここでは主に企業収益の増減を3つの要因分解し、分析することにした。

 それを見ると、2010~2017年(9月)にかけては、この3つのいずれかがマイナスになったとき、別のどれかの要因がプラスになることで、トータルの収益プラスを守ってきたことがわかる。

 2014~2017年の4年間は賃上げ促進のムードの中で(3)の固定費は増えた(収益面でマイナス)が、(1)の売り上げ要因と(2)の変動利益要因が引っ張って、全体では増益が確保された。2015年度は売り上げ要因がマイナスだった部分を(2)の変動利益要因が補っていた。

 こうなると、賃上げの条件とは、まずは順調な売り上げ増、そして原材料等の価格下落で利鞘が厚くなることである。2018年に(2)の要因が出尽くした状態が続くと、あとは売り上げの伸び率次第ということになる。

 なお、為替の変動は、例えば円安のときは(1)の売り上げ要因ではプラスだが、(2)の変動利益要因では輸入コスト上昇となってマイナスである。全体ではプラス幅は残るとしても、コスト高でメリットはかなり相殺される。輸出数量の増加や製品価格の値上げを行った場合、(1)の売り上げ要因がパワフルに効いて、賃上げに貢献すると考えれる。

売り上げの伸び、弱まる
高齢化や新興国の成長鈍化で

 本題の「なぜ、企業は最高益でも慎重なのか」を考えたい。

 賃上げに慎重なのか。設備投資も伸び率こそ高く見えるが、実額では2000年代に及ばない。需要見通しや経営者のマインドが強くなってきたように見えて、いまだに財務面での不安が何か残っているのだろうか。

 単純に、2000~2008年までの売り上げ・収益を調べて、2008~2017年と比べてみよう(図表2)。

 これを見ると、2003~2006年は増収・増益だった。当時、原油などが高くなり、固定費負担も上がっていた。それでも、売り上げが増加することで収益が増える売り上げ要因の寄与がとても大きく、コスト高を完全に吸収できていた。

 売り上げの伸び率は、2004年6.4%、2005年6.2%、2006年3.9%と高い。

 それに比べると、2008~2017年はせいぜい2%台の売り上げの伸び率でしかない。売り上げの伸びが弱く、さらに不安定であることが、賃上げのペースを弱いものにしていると理解できる。

 では、日本企業の売り上げの伸びが2000年代ほど高くないのは、どんな理由があるのか。

 一つは人口減少・高齢化によって個人消費が勢いを失っていることがある。 消費の約半分がシニア世帯によるものに変化すると、個人消費はどうしても公的年金の伸びに縛られる。公的年金も前年の消費者物価に連動して大きく伸びない仕組みである。

 もう一つは、2000年代は中国経済の成長率が高く、新興国も全般的に勢いがあった。

 日本企業は輸出によって海外からの追い風を吸収することができた。リーマンショック後は、中国などの成長力が落ちたことが製造業の増収見通しも慎重化させていると考えられる。

 収益は、過去最高水準だが、それが売り上げ増によって大きく引っ張られた2000年代とは異なり、原材料安や固定費削減によって稼ぎ出されるかたちに変わってきた。

 そうなると、先行きの売上増を見越してベースアップ率を上げたり、設備投資を積極化して生産能力を増強したりということにはなりにくい。

生産性が上昇すれば
賃金や消費は増えるのか?

 生産性上昇は解決法になるのだろうか。

 最近では、生産性上昇が合言葉のようになっている。

 企業単位で見ると、収益力を強化するということを、1人当たりの生み出す収益率の向上、すなわち生産性上昇と言い換えている。

 そして企業の現場では、生産性が上昇すれば、賃金も上昇すると信じて、生産性上昇のために日夜努力している。

 しかし、問題は生産性上昇の先に、企業経営者が積極的に賃上げに応じる世界が到来すると考えてよいかどうかだ。

 すでに収益は過去最高水準で、利益をこれだけ積み上げても経営者の自信はそれほど強まっているようには見えない。

 このところ、法人企業統計ベースの1人当たり労働生産性(名目付加価値/(従業員+役員))は大きく向上してきている(図表3)。

 しかし賃金が上がっていないのは、生産性を上げれば、賃金が上がるという期待感が上手く実を結んでいないということではないか。

 先に、企業が賃金や設備投資の拡大に慎重なのは、売り上げの伸びが緩やかだからだと説明した。今の状況を人為的に変えることは果たして可能なのだろうか。

 この問題設定は、まさしく金融政策で物価をコントロールできるかという議論とそっくり同じである。

 企業経営者の慎重姿勢を人為的に変えられると信じる人々は、政府・日銀が成長率や物価上昇率の高い目標をアナウンスして、政策誘導することが望ましいと考える。

 しかし、今のところ、政策が絵に描いた姿は実現していない。経済学者の中にも様々な「錬金術師」が登場したが、数式ほど上手く期待形成をコントロールできていない。

損益分岐点を下げて
収益を確保する経営に変化

 企業は、むしろ堅実である。

 人為的に売り上げを伸ばしたり、価格を高くしたりはできないので、今は採算性を改善して、わずかな売上増であっても、今まで以上に収益が増える体質作りに取り組んでいる。

 これが生産性上昇なのであろう。

 企業は、いつ海外の需要が回復するなどの追い風が吹いてもよいように期待は持ちながらも、損益分岐点を低く下げておき、売り上げが伸びない時でも利益が出るように収益基盤を強め、追い風が吹いた時には、大きく売り上げも収益も増えるのを待ち続けている。

 企業の慎重姿勢は、今の外部環境を冷静に見た行動と理解することもできる。まだ潜在的には不況時と変わらないと構えているだろう。

 厳しい現実である。

(第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト 熊野英生)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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