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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第433回

業界に痕跡を残して消えたメーカー 買収で事業を拡大し自社株買収で沈んだミニコンメーカーPrime

2017年11月13日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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CAD/CAM市場の競合メーカーを買収
IBMに次ぐ第2位の地位につく

 この頃になると、ミニコンピューター業界の構造が変わる見通しが出て来はじめており、これに対応して同社はCAD/CAM市場に集中するという戦略を立てる。この戦略のもとに、同じ市場の競合メーカーを買収するための資金集めを開始、1987年には買収費用として3億7500万ドルを集めるに至る。

 同社はまず1987年10月にVersaCAD Corporationを、同年末にはComputervision Corporationに対して3億9000万ドルでの買収を提案。さらに1988年10月にはGEの傘下でCAD/CAMソフトウェアを提供していたCalma Companyを買収する。

 Computervisionの買収は最終的に価格が4億3500万ドルまで跳ね上がったものの無事に買収に成功。同社に2000社のクライアントを新たにもたらすことになる。この買収で同社の会社規模は業界10位になり、CAD/CAM市場ではシェアを3.6%から16%に増やし、IBMに次ぐ第2位の地位に押し上げた。買収の効果もあり、同社の1987年の売上は9億6100万ドル、純利益も6500万ドルほどあった。

 問題はComputervisionの製品その他はいずれも、従来のUNIXベースで稼動していたことだ。これらをPrimeの従来のプロセッサーやPrimos上で動かすようにするのは非常に困難があった。できなくはなかったのだろうとは思うが、それを行なうために無駄に開発時間を費やすと、せっかくの買収の効果が薄れることになる。

 またComputervisionがこれまで顧客に提供してきたハードウェア/ソフトウェアとまったく互換性のない製品をいきなり売り込むのも無理があった。要するに、CAD/CAMに集中するために、従来の路線を捨てたと言っても間違いではないだろう。

企業の乗っ取り対策で自社株を買収
この返済義務が重荷になる

 この新戦略に、もう1つ余分な要素が加わった。それはMAI Basic Four, Inc.というファンドが1988年11月にPrimeを敵対的買収しようとしたことだ。最終的にPrimeは投資銀行のWhitney&Companyの助けを得てLBO(Leveraged Buyout)という手法で自社株の買収に成功、1989年末に非上場企業になる。もっともこのLBOの契約のために、同社は毎年1億2500万ドル以上の返済義務を負うことになった。

 さて、結果はどうなったか? 1988年には16億ドルあった同社の売上は、1991年には12億ドルに減り、従業員も12000人から5900人まで減っている。1988年末の報道では、従業員の10%(1200人)を削減することで、経費を5000万ドルほど削減(ただしレイオフの一時経費が4000~4500万ドルほどかかる)という話だったのが、半数以上を解雇する羽目になったわけだ。

 ここまで削減したら会社がまともに動くわけもない。従来のPrimosの動くハードウェアの改良は遅々として進まず、新たに投入されたUNIXベースのマシンは、当然他のUNIXマシンとの激しい競争にさらされるわけで、価格性能比では勝ち目がなかった。

 科学技術計算分野に向けて投資していたCydromeのCydra 5も話にならず、おまけに1980年代後半からSGIがCAD/CAMの市場を席巻し始めた。

 結局Primeは1992年8月に、ハードウェア事業には先がないと認め、ミニコンの製造から撤退。その代わりにSun MicrosystemsおよびDECと組んでCAD/CAM向けシステムのソフトウェアを開発し、これを売るというビジネスに切り替える。

 ただ、当たり前だがこんなビジネスでは売上は当然減ることになる。このままでは毎年1億2500万ドルの返済義務を果たすのはおぼつかない。

 結局1992年8月13日、同社は倒産処理手続の申請を出す。当初は日本で言うところの会社更生法の適用を目指しており、これに向けて社名もCAD/CAM分野に知名度の高かったComputervision Corporationに変更。CAD/CAM分野での生き残りを図る。

 当初の見通しでは製造部門を廃止したことで1992年の第2四半期は2000万ドルの黒字が出る予定だったのが、実際には8800万ドルの損失を出すといった具合に、もう業績の悪化は止まらなかった。

 1993年になると経営陣が一新され、この時点で4500人まで減っていた社員数をさらに2000人削減、ハードウェアの販売からも完全に手を引いた。

 ここから同社は徐々に持ち直す、というかこれ以上の悪化が避けられた。1994年の春にはロールスロイスエアロスペースとの大規模な契約にも成功し、もうしばらく生き延びることに成功した。

 最終的に1998年、PrimeはParametric Technology Corporation(PTC)に買収される。このPTCという会社は、もともとは(Prime Computerに買収される前の)Computervision Corporationの従業員によって創業されたものだった。要するにPTCはもともとのComputervisionを取り戻した、という言い方もできるかもしれない。

 PTCは現在も存続しており、ライフサイクル管理やCADなど製造業向けソリューションを提供する大手である。ただこれはオリジナルのComputervisionが目指したものでもあり、Prime Computerが途中で湧いて消えただけ、という悲しい歴史である。

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