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日本的経営は「人づくり」に極めて合目的的に作られている

文● 熊野英生(ダイヤモンド・オンライン

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 政府は、新しい政策の看板として「人づくり革命」を掲げた。

 だがこのネーミングに首をかしげるのは筆者だけではあるまい。幼児教育・保育の無償化、大学教育への補助・無償化などがメニューになりそうだが、財政を拡大させる名目として、「人づくり」の名前を利用しただけという声も耳にする。本コラムでは「では、本当の人づくりとは何か」を考えたい。

「人づくり」を考えるための
「3つの質問」

 改めて「人づくり」あるいは人材育成とは何かを自分で考えると、これが結構、難しい。

 読者の皆さんにも、「本当の人づくりとは何か」について、自分なりに答えを描き出してもらうために、筆者なりに人材育成の重要性を浮き彫りにする「3つの質問」を用意した。

 これに答えることで、人づくりとは何かをより具体的に考えることができるはずだ。

 3つの質問は下記の通りだ。

(1)あなたは、教育を受けたどの時期に能力が伸びたと思うか(ここでの教育とは、社内教育、経験を含んでいる)。

(2)現在のあなたの仕事のパフォーマンスは、何の教育(経験を含む)が一番役立ったものだと考えるか。

(3)これからあなたが仕事のパフォーマンスをさらに高めるために何を経験すればよいと考えているか。

 人材育成を考えるとき、一番難しいのは各人の能力が外からよく見えないことだ。

 能力のことを潜在力と呼ぶとよく意味が伝わると思う。

 経営者やマネージャーから見て、個々人の潜在力はまさしくブラックボックスなのである。

 しかし、ブラックボックスだから把握できないと言っていては何もできない。工学的に考えると、企業は雇用者の潜在力を把握する目的で、それを見える化するツールを編み出して、それを捉えるしかない。

 筆者が挙げた「3つの質問」は、雇用者自身が暗黙のうちに自分の人生観を答えることになると考えている。(1)~(3)の質問を通じてイメージできる人材育成観も十人十色に違いない。

能力の成長期などに合わせ
教育の手法を変える

 そこで筆者も独善的に「本当の人づくりとは何か」に答えていきたい。

 まず(1)の答え。

 ビジネスマンが最も能力を伸ばすことができる時期は20歳代である。

 大学・大学院で学ぶのも重要だろうが、社会人になって5年間は、砂が水を吸うように未知なる体験を通じて新しいスキルをどんどん吸収できる。

 いわゆる能力の成長期がこの時期に訪れる。

 残念ながら、40歳代、50歳代になると同じことはできない。この時期は、経験知の応用は自由自在にできるだろうが、その下地はずっと以前の20歳代に出来上がる。

 次に(2)の答え。

 過去、一番役に立った教育が何かと問われれば、入社後、ジョブローテーションで経験した2つか3つの仕事での経験だろう。

 これは教育と表現するとわかりにくい。企業が行っている教育は、研修、資格取得、留学、出向といった明示的なものもあれば、営業現場を経験させるジョブローテーションや、現在の職場に居て教育係をつけてもらって指導を受ける方法、ベテランの側にアシスタントとして従って自分で学び取る役割の経験、などがある。

 要するに仕事を通じた経験が過去のキャリア形成として一番大きいと考える。

 さらに(3)の答え。

 今後の能力を高めるには、自分が中心になって組織を動かす経験をすることが答えになるだろう。

 過去の自分の経験を開花させるためのチャンスが与えられ、さらに成果を発揮することが、すなわち最良の教育になると考えるわけだ。

 まとめると、

(1)自分が一番能力を伸ばした時期⇒⇒⇒20歳代

(2)一番役に立った教育⇒⇒⇒入社後、2、3のジョブローテーションの経験

(3)今後の能力を高めるには⇒⇒⇒今のスキルを使って組織を動かす経験

人材を育てる時間が長い
日本的経営の強みと弱み

 これら(1)~(3)の答えは、暗黙のうちに日本的経営の姿を映し出しているように思う。

 例えば、新卒一括採用で20歳代前半の若者を囲い込んで、初期のジョブローテーションで適性を探り出すこともそうだ。

 大卒・大学院卒の正社員の賃金カーブは、5年ごとの期間で比較して、「25~29歳」のときに5年前比24%増と、最も高い伸びとなっている(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」[2017年])まさに「能力の成長期」に合わせて賃金も上がるということだろう。

 賃金はともかく、当初は権限を与えられず、長い期間をかけて内部昇進を果たした末、ようやく組織を動かす“大仕事”に関与させてもらえるのも、合理的な人材育成の考え方が反映されている。

 様々に批判されている日本的経営ではあるが、そのスタイルは人づくりに対して極めて合目的的に作られているといえよう。

 筆者は、日本的経営を否定して別のものを目指そうというアイディアには否定的である。むしろ、過去20年の環境変化に対応できなくなった日本的人材育成の手法を、あれこれとアレンジして漸進的に見直すことが適切だと考える。

 例えば、日本の大学を卒業した外国人留学生は、日本の大企業に就職してもすぐに権限を与えられて活躍できないことに不満を述べることが多いと聞く。下働きの期間が長すぎると感じているのは、外国人だけではなく、若い日本人も口には出さないが、多くがそう思っている。

 この欠点は、昔から変らない面もあるが、社内の年齢構成が高齢化してますますひどくなっている。若くても大きな裁量を与えるポストをもっと作って、将来のリーダーになる候補者を選抜にかける年数を短くしてもよい。

 人材を育てる期間が日本的経営は長すぎて変化の激しい時代に合わない面も目立ってきた。

 優秀な人材を3年程度で育てて、成果を短期間であげられるよう、別の会社を立ち上げるようなキャリアパスを設けてもよいだろう。

 こうした柔軟な選択肢を設けられないのは、人事制度が公平性を重視しすぎて悪平等を起こしている面があるからだろう。

20歳代は正規比率高める
中高齢者は転職・起業しやすく

 個別の制度設計を語るときりがない。代わりに、マクロ的視点で「人づくり改革」(革命は起きないので使わない)を考えてみる。

 まず、20歳代の教育・訓練を考えると、非正規社員のなかにも、スキルの向上や新たな知識の習得を望んでいる若者が多くいるのに、正社員になれず、きちんとした教育・訓練の機会を得られていないのは不公平だ。

 マクロで見て、20歳代の正規社員の比率を上げることは、長期的に人づくりの成果を高めるための最優先目標にしてもおかしくない。

 また、65歳まで定年延長して、社員の年齢構成人口を過度に高齢化させることも副作用が大きい。

 政府は、公的年金の支給開始年齢を後にずらしたので、それに応じて60歳以上の雇用者に再雇用を企業に求めた。だが本来は、50・60歳代の高年齢の正規社員が、後継者や人材不足の中小企業に転職・起業しやすくする労働市場の流動化を進めるべきだった。

 現在も、中小企業の経営者の年齢は上昇し、後継者が居ないところが少なくない。大企業などの50・60歳代にとって、本来は能力を発揮する場は数多くあるはずだ。

 時代の変化が速いことに対しては、企業内に外国人を登用する機会を増やして、社内労働移動を活発化するニーズを高めることも一案だ。

 日本人の若者は沈黙して自分の希望を明確にしない傾向がある。

 企業経営者には、企業内のスピード感が以前よりも鈍くなっている変化に目が届かずに、いつの間にか浦島太郎になっているリスクがある。

 政府の「人づくり革命」などよりも、企業が自分たちの「人づくり改革」をもう一度考え直すことが100倍重要である。

(第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト 熊野英生)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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