仮面就職――。就職活動において希望していた職種や企業以外で合格した場合、本命の職種や企業は転職などの方法で狙いつつもとりあえず合格した企業に勤めることをいう(俗語辞典より)。
大学に在学しながら他大学への合格を目指す「仮面浪人」をもじって作られたこの言葉。新入社員に「仮面就職」されたら、ふつう企業はたまったものではないが、そんな「仮面就職」をあえて歓迎する企業が現れた。それが、タクシーやハイヤー、バスなどの旅客運送事業を展開する国際自動車(kmグループ)だ。
「中途入社が当然」のタクシー業界で
新卒社員が100名超に
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kmグループの「仮面就職」サイト |
同社は中途入社が当たり前かつ高年齢化の進むタクシー業界で、先駆的に2010年入社から新卒採用を開始。タクシードライバーに対する社会的なイメージも影響して当初は1名だった新卒者も年々増加し、13年には43名、14年には116名に。そして昨年は111名が入社するなど、順調に新卒社員を増やし続けている。その一環として昨年3月から始めたのが、「仮面就職」を歓迎する採用企画だった。
同社の「仮面就職」サイトを訪れると、自身もフリーターになりかけていたという新卒入社の社員らがお出迎え。切々とフリーターではなく、正社員としての道を選ぶ重要性を説きつつ、同社で働きながら夢を探したり、夢に挑戦したりできる「仮面就職」へのエントリーを促している。
「“仮面就職”という言葉から、『とりあえずの就職』とか『腰かけ就職』という意味に捉えられてしまうと思いますが…」
こう語り始めたのは、同社の田中慎次取締役。昨年、この取り組みを始めた際は、社内外からの批判も少なくなかったという。
「就職内定率は10月時点では約7割と近年は高い水準にありますが、残りの3割には『やりたいことが見つからない』『やりたい仕事につけなかった』という思いで、就職を諦めてしまっている人が大勢いらっしゃると思います。
ただ、そんなネガティブな理由でなんとなくフリーターになり、ずっと正社員になれなかったとすれば、正社員と比べた場合の生涯賃金は大きな差に。そんな安易な選択をしないためにも、当社で正社員として働いて稼ぎながら、夢を追っていただいて構わないと考えて企画しました」(田中取締役)
独立行政法人労働政策研究・研修機構の行った「ユースフル労働統計―労働統計加工指標表(2013)」によると、大卒者の生涯賃金(退職金除く)は男性で2億5000万円、女性は2億円。一方で、フリーターは6000万円とその格差は約1億4000万円~2億円だ。夢を追うのも、趣味に没頭するのも大事だが、「アルバイトでいいかな」となんとなくの気分で、大学卒業後にフリーターを安易に選択するにはもったいない金額だろう。
一方、同社でタクシードライバーとして働く場合、隔日勤務を選択すれば月11日~13日間の勤務で、3~4連休も場合によっては可能。また、収入も出来高によるため、努力次第で新卒ながら入社数年で年収600万円超の高収入を得ることもできるという。
採用日程変更で増える内定辞退
昨年は「仮面就職」開始後に5名内定
平成27年度大学等卒業予定者の昨年10月1日時点での就職内定率は、66.5%と前年同期比1.9ポイント悪化。採用日程の変更による混乱などが影響し、ギリギリまで考えて就職活動をしている学生も多いようで、同社も「10月1日以降の辞退者もいる」(田中取締役)状況にある。同社では、2016年4月入社の採用目標を150名に設定していたが、1月6日時点では100名弱と厳しい。この1~3月が採用の天王山になることから、今年は前倒しして1月から「仮面就職」採用を開始する。
「仮面就職」では、内定までの採用プロセスも12月までとは異なった形式になる。
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川田政・人材採用研修担当執行役員 |
「通常であれば、業界研究を兼ねた説明会やグループディスカッション、1次選考から3次選考まで5日ほどの日程をかけて内定まで選考を行います。しかし『仮面就職』ではその日程を凝縮・割愛することで、適性がある方には最短でわずか2日の日程で内定を出します」(川田政・人材採用研修担当執行役員)
選考が短縮されるといっても「選考の基準は同じ」(川田執行役員)で、質を下げることはしないという。昨年は3月12日に「仮面就職」を始めてから、5名が内定を承諾、入社した。現在、同社でドライバーとして働く1年目の社員もその一人。8年間大学に通い、周りが続々と卒業していくなかで「自分だけが取り残される」「社会不適合者だ」という不安を抱えていたが、卒業ギリギリの3月に「仮面就職」のサイトを見て応募。選考からわずか2日で内定が出て、人生が大きく変わったそうだ。
現在、同社の新卒者離職率は5年で13%と、新卒3割が3年で辞める時代にあって堅調な数字。夢を追いながら入った会社に腰を据えるという結果につながれば、「仮面就職」が新しい採用方法として、他の採用難業界でも受け入れられ始めるかもしれない。
(ダイヤモンド・オンライン編集部 林恭子)
※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら
