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無差別殺傷が続くドイツで難民・移民に寛容な空気に変化

2016年07月29日 06時00分更新

文● 仲野博文(ダイヤモンド・オンライン

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7月22日、ミュンヘンの商業施設で発生した乱射事件は死者9人を出す惨劇となった Photo:REUTERS/AFLO

7月22日、ドイツ南部ミュンヘンで発生した無差別乱射事件では9人が殺害され、容疑者のイラン系ドイツ人の少年は自ら命を絶った。事件はテロとは無関係であったが、その前後にイスラム国に影響を受けたアフガニスタン出身の少年やシリア出身の男性によるテロが発生したため、テロか否かに関係なく、ドイツではイスラム圏出身者に対する恐怖感が社会に浸透し始めている。(取材・文/ジャーナリスト 仲野博文)

白昼のミュンヘンで無差別乱射
容疑者はいじめに遭っていたとの報道も

 事件は22日午後、ドイツ南部のミュンヘンで発生した。ミュンヘン北部のマクドナルドで男が突如店内の客に向かって銃撃を開始。銃を持った男はそのまま向かいのショッピングセンターに侵入し、発砲を繰り返しながら建物の中を移動、立体駐車場の屋上に登った。その際の映像が近隣住民によって撮影されており、住民はショッピングセンターに隣接する建物のバルコニーから撮影を続けながら、屋上をゆっくりと歩く銃撃犯に対して、「お前はトルコ人か?」と呼び掛けている。これに対し、容疑者が「俺はドイツ人で、この国で生まれた」と叫び返している様子が動画からは確認できる。

 無差別銃撃が数ヵ所で発生したこともあり、警察当局は複数の実行犯によるテロの可能性が高いとして、ミュンヘン市内の公共交通機関にバスや地下鉄の運行をストップさせた。ミュンヘン市内には警察官が増員され、容疑者の捜索には警察特殊部隊も投入されたが、事件現場から約1キロ離れた場所で死亡している男が発見され、地元警察はこの男による単独犯行であったという見解を公式に発表した。警察の発表によると、銃で自らの命を絶ったのだという。

 自殺した容疑者は18歳のアリ・ソンボリーで、同地で生まれ育ったソンボリーはドイツとイランの二重国籍であった。ミュンヘン市内のアパートで両親と一緒に暮らしていたソンボリーは過去にいじめに遭っていたことも判明しており、精神疾患で通院歴があったことも確認されている。警察は家宅捜索を行ったが、イスラム国との関係を示すような証拠品はなかったと発表している。しかし、学校のキャンパスでの乱射事件における銃撃犯の心理状態を調査した本が発見されており、ソンボリーが以前から無差別乱射に関心を示していたと警察当局は見ている。

 犯行の動機は依然として不明だが、デメジエール内相は23日、ソンボリーは別の女性になりすまし、フェイスブックで事件現場となったマクドナルドに来れば「商品が値引きしてもらえる」という投稿を行っていた可能性について言及した。より多くの人を殺害する目的で、他人のアカウントを使って現場への誘い出しを試みた可能性もある。

 この事件はイスラム思想とは関係のないものと考えられているが、7月22日は2011年にヨーロッパを震撼させた大量殺人事件がノルウェーで発生した日で、ソンボリーがあえてこの日を選んだのではないかという指摘もある。

公共の場所での刺殺事件が
今年に入ってすでに3件

 ドイツでは駅や電車の車内でナイフや斧を使った刺殺事件が、今年に入ってからすでに3件発生しており、いずれもイスラム過激思想に影響を受けた人物による犯行であったという見方が強い。ミュンヘンがあるバイエルン州では、19日にも走行中の電車内で難民として入国したアフガニスタン人の少年が斧やナイフで乗客を襲い、警察に射殺される事件が発生したばかりであった。また、3月にドイツ北部のハノーバーの鉄道駅で警察官が突然首を刺されて重傷を負った事件では、容疑者はモロッコ出身の15歳の少女だった。

 2001年にアメリカで同時多発テロが発生して間もなく、ドイツ国内では、多くの人が集まる「ソフトターゲット」でのテロを防ぐために、監視カメラやパトロールの警察官の数を増やしてきたが、全ての場所でテロや無差別銃撃を防ぐのは物理的に不可能だという声もある。

 20世紀にドイツで発生したテロは、ドイツ赤軍に代表される極左グループによるものや、ネオナチのような極右組織によるもの、パレスチナ・ゲリラやリビアの諜報機関によるものなど多岐にわたった。しかし、無差別テロはあまりなく、ターゲットは政財界のトップや米軍関係者、イスラエル人など特定化されていた。

 さらに24日には、バイエルン州のニュルンベルグ近郊の町で自爆テロが発生している。自爆したのは2年前にドイツに入国したシリア人の男で、1年前には難民申請を却下されていたが、内戦中のシリアに戻れないという理由でそのままドイツで暮らしていた。リュックサックを背負ったまま音楽フェスの会場に向かった男は、会場の前で警備員から入場を断られ、その場で自爆したとされている。

 同じ日には、南部シュトゥットガルト近郊でシリア人難民の男が痴情のもつれから、刃物で3人を死傷させる事件も発生している。テロの可能性が高いものと、テロとは考えにくい暴力事件が、交差するように連続して発生しているが、容疑者がイスラム圏にルーツを持つため、「イスラム教徒」という言葉だけが独り歩きする形で市民に恐怖感を与えている。

米露に次ぐ900万人以上の移民・難民が生活
バイエルンでは州首相が政権の難民政策を批判

 多くの場合、テロや大量殺人の背景に存在するのは、なにもイスラム過激思想だけではない。しかし、容疑者がイスラム圏出身であるケースが続いているため、難民受け入れに反対し、移民に対する排斥運動を行うドイツ国内の右派勢力にとって、最近の事件が政治利用しやすい状況を作り出していることも事実だ。22日の乱射事件後、ドイツの右派政党AfD(ドイツのための選択肢)は「ぜひ我々に投票してください」とツイートして批判を浴び、その後ツイートを削除している。

 ドイツが移民大国であることはデータでも証明されている。国連が2015年に発表した各国の移民の数に関する調査結果によると、ドイツには現在900万人以上の移民が暮らしており、国民全体の約12%がドイツ国外にルーツを持つとされている。これには難民としてドイツにやってきた人たちも含まれているが、ドイツよりも多い移民を抱える国はアメリカとロシアだけだ。ドイツは他のヨーロッパ諸国よりも移民や難民の受け入れに寛容な政策を進めてきたが、それに反発するドイツ人も少なくない。

 1週間の間に2件のテロ事件と無差別乱射に見舞われたバイエルン州では、ホルスト・ゼーホーファー州首相が26日の記者会見で、「イスラム過激派によるテロがついにドイツにもやってきた」と発言。2件のテロ事件では死亡した容疑者が、難民としてそれぞれシリアとアフガニスタンからドイツに入国しており、ゼーホーファー州首相はメルケル政権の掲げる難民受け入れ策を痛烈に批判した。

 同州首相は難民の受け入れに否定的なスタンスで知られており、今年1月にはドイツメディアの取材に対し、「メルケル政権が国境周辺の秩序回復に努めないのならば、憲法裁判所に訴える用意もある」とコメントし、注目を集めた。ドイツ国内では政界でのプレゼンスを強固なものにするために、ゼーホーファー氏が難民問題を利用してポピュリスト的な行動に出たという冷めた意見もあったが、実際にバイエルン州でテロ事件が発生したことによって、難民に対する風当たりが強くなるのは必至だ。

目立ち始めた「イスラム恐怖症」
昨年末のケルン集団暴行が契機に

 また、バイエルン州以外でも、24日にシリア難民の男性が3人を死傷させる事件が発生している。こちらは痴情のもつれで発生した事件であったが、容疑者がシリア出身の難民であったため、「シリア出身の難民はこわい」という漠然とした恐怖感を市民に植え付ける結果となった。ミュンヘン在住の大学職員が、匿名を条件に現在のミュンヘンの様子について語ってくれた。

「昨年、ドイツは100万人以上の難民を受け入れた。受け入れには賛否両論あったものの、ドイツにやってきた難民が大きな犯罪を起こした例も無かったため、当初は難民がドイツ社会にうまく溶け込んでくれるように、市民も協力すべきだという雰囲気だった。昨年末にケルンで暴行事件が発生し、その後も各地で難民がドイツ社会に溶け込めない現状がニュースで伝えられるうちに、ドイツ人の意識も少しずつ変わり始めたような気がする。

 私自身は難民を追い出したいとは思わないし、ドイツ社会にもそういった考えをよしとしない政治的正しさが存在すると思う。しかし、テロ事件の容疑者がイスラム国を支持していたことや、テロとは直接関係のない乱射事件の容疑者がイラン系だったという事実は、それぞれの事件のバックグラウンドに関係なく、イスラム教徒に対する恐怖感を市民に与えてしまった。社会から寛容さが無くなることが心配だ」

 ヨーロッパ各地で繰り返されるテロ事件なども影響して、ドイツでも「イスラモフォビア(イスラム恐怖症)」と呼ばれるイスラム教徒の排除を求める動きが目立つようになった。ドレスデンに本部を置き、ドイツ各地でイスラム教徒の移民受け入れに反対するデモを繰り返す反イスラム団体「ペギーダ」は、昨年11月のパリ事件後にSNSを中心にメルケル政権の移民・難民政策を激し非難。2014年には、ペギーダ主催の反イスラム集会の参加者はわずか数百人であったが、最近では1万人を超える集会も珍しくなくなった。

 昨年11月にフランスで発生した同時テロ事件は、フランスの国内外に大きな衝撃を与えた。ドイツ国内でもイスラム過激派によるテロの可能性や大量の難民を受け入れる政策を危惧する声が出ていたものの、国内で実際にテロが発生していなかったこともあり、議論の中心はむしろ「ドイツ社会は移民や難民と共生していけるのか」といったものであった。しかし、昨年の大晦日にケルンの中央駅近くで発生した集団暴行事件によって、難民への風当たりが一気に強まることになる。

 その事件では、大晦日の夜から1月1日の早朝にかけて、ケルン中央駅に集まった約1000人のアラブ系と北アフリカ系を中心とした若者らが、破壊行為や周辺にいたドイツ人らに対して暴行や略奪を開始。事態はエスカレートし、ドイツ人女性に対する性的暴行が堂々と行われる始末だった。最終的に数百件の被害届が地元警察に出されている。

 地元警察は当初、12月31日の夜はいたって平穏だったと主張。しかし、騒乱の様子は現場近くの目撃者によって撮影され、SNSで拡散された。また、公共放送ZDFも、1月4日までニュース番組でケルン事件を全く報じなかったため、激しく批判された。騒乱を起こした若者の大半がアラブ系や北アフリカ系で、その中には難民としてドイツに入国した者も含まれていたため、警察やメディアが発表を控えたのではという指摘も出たが、真相は定かではない。事件の詳細が明らかになるにつれて、難民の中に騒乱や性犯罪を起こすものが含まれているという認識がドイツ人の間で広まり、パリのテロ事件の衝撃も重なって、移民や難民に対する世論が大きく変わることになった。

難民問題を政治利用したい右派政党
ドイツのEU離脱も示唆

 ペギーダほど差別的な主張は控えているものの、AfDの動向にも注目が集まる。難民受け入れをめぐる議論が続く中で支持率を伸ばしていたこの政党は、フランスのパリで昨年11月に発生した同時テロ事件の数日後、ドイツ国内で行われた世論調査で、支持率が初めて二ケタ台に到達した。ケルン事件後の今年初めには支持率が15%に達し、緑の党を抜いて野党の中でも突出した存在感を見せつけた。しかし、昨年に比べて難民の流入が緩やかになったことや、AfD内部で分裂が発生したため、弱体化も指摘されている。イスラム教徒を標的にしてきたAfDだが、反ユダヤ主義を掲げるメンバーが離党する騒ぎも発生し、お世辞にも挙党一致とは言えない状態だ。

 そんな中AfDのフラウケ・ペトリー党首は27日、英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューに対し、難民問題を含む様々な政策でEUが改革に着手しなければ、ドイツもEUから離脱する可能性があるとコメント。AfDは9月4日にドイツ北部で行われる地方選挙で議席拡大を目指しており、ペトリー党首はドイツ国内で初の自爆テロとなった24日の事件や、18日にアフガニスタン出身の少年が走行中の電車の車内で乗客を切りつけた事件を例に出し、ドイツ国内の治安悪化は大量の難民流入も影響していると主張。AfDの存在意義を訴えた。

 ドイツで頻発するテロや凶悪事件は、右派政党に再び勢いを与えようとしている。22日の事件は無差別銃撃を「アメリカの話」だと、まるで対岸の火事のように見ていたドイツ人に衝撃を与えた。また、24日の自爆テロも、「ドイツでもこのような事件が実際に発生する」という現実をドイツ人に認識させる結果となった。テロや大量殺人から一般人をどのように守るのか、そして国内で影響力を増大させる反イスラム主義にどのように向き合うのか。メルケル政権は大きな課題に直面している。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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