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使わない高価な機材は要らない

音楽家 佐伯栄一はなぜMacBook1台での作曲を続けるのか

2017年07月28日 20時00分更新

文● 貝塚

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佐伯氏の作業デスク。最小限の設備で、シンプルにまとまっている

 活動スタイル上、移動や出張も多い佐伯氏。環境のシンプルさは現代の音楽かの中でもとりわけシンプルに振り切っていることがわかるが、そこには過去の経験と一貫した哲学が流れていることがわかる。そんな彼は、毎年テーマを自分に課しているのだという。テクノやダブステップの要素を取り入れ、音のひとつひとつを緻密に構成しながら、どこかキャッチーでメロディーラインの際立つ音楽性に定評のある彼だが、インタビューを進めると、非常に聡明な頭脳がそれを実現していることがわかった。

制作環境はMacBook Pro1台のみ!

ーースタジオと自宅は兼用されているんですね?

「そうです、音出せるところを探していて見つけた物件なんです。シアタールームに使える部屋ということで。音出しても大丈夫ですよ〜と言われて借りました。その部屋に、吸音材を自分で貼って使っていますね。スタジオとしては狭いんですけど、コンパクトでもいいなと思っていて」

ーーあえて小さめにまとめているというか。

「そう、こじんまりとしていきたい。音楽やってると憧れるじゃないですか。いっぱいキーボードが並んでる広い部屋みたいなの。でも、だんだんと、『これじゃなくていいな。小室哲哉じゃないしな』ってなって(笑)。

 環境にこだわりすぎて、そこでしか作業ができなくなると問題なんですよ。僕の場合、現場仕事が多いんです。イベントとか。そうすると、何かあったときに、現場で対処できるようになっていないとダメなんです。現場で間違えていたことがわかったときに、直すのにも自宅に帰らなきゃいけないってなったら、すごく面倒じゃないですか。だから、メインのPCもMacBook Proにしていて」

ーーMacBook Proだけですか。

「MacBook Proだけです。Core i7と、16GBメモリー」

ーー不便を感じることはありませんか?

「たまーに、プラグインをたくさん立ち上げていると怪しいことはあるんですけど、でも、不便なくらいのほうがいいかなって。その方が工夫しようという意識も働くし。

 昔ロンドンに住んだことがあるんですけど、そのとき、機材を全部持って行ったら、船便で1ヶ月くらいかかった上に、引っ越し代だけで100万円くらいかかっちゃったんですよ。税関からは、ばんばん電話がきて、『売るんじゃないですか?』って疑われたりとか(笑)。自分で使うためのものだと証明するのがすごく大変だった。いまは、どこまで最小限のセットでいけるかなっていう、ギリギリのところを探しています」

ーーMacBook Proにする前はどんな環境だったんですか?

「前は、Mac Proを使っていました。背の高いやつ。あれ、持ち運ぶのが本当に大変なんですよ(笑)。一番それを思ったのは、中国で仕事があったときに、映像関係の人も来ていたんですけど、みんな現場にMac Proを持ち込んでいて。あの大きいのを。それを客観的に見たときに、『あ、これはよくないな。MacBookにしよう』って思いました(笑)」

どこにでも行けるスタジオ

ーーこの環境なら、インターフェースも持っていけますよね。

愛用のオーディオインターフェースApollo Twin

DJ活動に使用するというNative Instruments「TRAKTOR KONTROL Z1」

「そうです。もうスタジオを全部持っていけます。仕事が立て込んでいると、曲が完成していない状況で渡航しなきゃいけない機会もあるんですよ。そんなときも、このセットを持って行って、向こうで作曲できたんで。これでいいなって思っています」

ーーキーボードも小型のものを使っているんですか?

「そうです。『iRig Pro Key』の37鍵盤。これを2個使って、片方はオクターブを変えて使っています。さすがに両手で弾きたくて。しかも、このモデルは鍵盤がフルサイズなんですよ。普通のポータブルモデルは鍵盤が小さいので弾き心地がよくないんですけど、これだと普通のキーボードと弾き心地は変わらないので。2つ重ねてどこにでも持っていけます」

ーーかなり現代的なスタイルで制作をされていると思います。移動中に作曲することもありますか? 飛行機の中とか。

「いや、さすがにそれは調子こいてる人みたいになるので(笑)。でも昔ロンドンにいたとき、バックパッカーをしていたことがあって。そのとき、電車の中でPCを使って作曲している人がいたんですよ。電車の中で作れるくらいだから、大した曲じゃないんだろうなって思っていたんですよ(笑)。でも話しかけてみたら、結構有名なジャンベ奏者の方で。オランダ国王の前で演奏したりもしてるんですよ。そういえばそんなことがありました。

 そのうちノートPCのマシンパワーがもっと上がったら、みんなノートPCになるんじゃないのかな。たぶん今は、マシンパワーを求める人と、そぎ落としていく人と、両極端なんじゃないのかなって思うんです。僕の場合は、音楽だけが日常の中に仰々しくあるというより、部屋も、普通に過ごせるけど、音楽も作れるくらいの方がやりやすいんです」

ーーそうすると、ご自身の活動スタイルや性格に合わせた結果が、いまの環境ということになりますね。プラグインや音源はどんなものを使うんですか?

「プラグインとかソフト音源も、買うときは買うんですけど、そんなでもないですね。押さえるところは押さえるけど、無闇には買わないです。けっこう、消しちゃうんですよね。しばらく使っていないと、『これ要らないな』って。いっぱい入りすぎてると、探すのも大変だし、訳がわからなくなっちゃう」

ーーソフトウェア面でもミニマムにしているんですね。ほかにもこだわっているポイントはありますか?

「そうですね……ほかのことは、こだわりすぎ『ない』ことがこだわりかもしれません。例えば、『海に行って作曲してみよう』と思って、海に行くとするじゃないですか。それで名曲ができてしまったら、それ以降は海に行くしかなくなっちゃう。それがちょっと怖いなって思っていて。いったんそうなってしまうと、意識して戻すことは難しいと思うんですよね。でも、毎年作曲するにあたって、自分の中でテーマみたいなものは設けていて」

ーーちなみに、今年のテーマはなんですか?

「人の意識って、無意識がほとんどで、意識している部分はほんのわずかだっていう話があるじゃないですか。それで、無意識の部分をなんとか引き出せないかということを考えています。それは、何も考えていないのに、『あれ? いい曲だな?』って思ったりすることあるじゃないですか。街とかで。その無意識に飛び込んでくるものを、なんとか作り出してやろうという意味でもあります」

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