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生粋のリケジョが切り開く、アカデミック分野からモノ作りへの道

量子コンピューティングから自動運転へ、宇都宮聖子さんの挑戦

2017年06月27日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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アカデミックな業績と製品化という「出口」は違う

 さて、15年近くにおよぶ研究生活で、宇都宮さんも気がつけばCやC++、Python、Matlabなどのプログラミングや半導体のプロセス、FPGAの共同設計までを経験し、量子情報、離散最適化、統計物理、光半導体物性まで幅広い分野をカバーするようになった。チームとともにアカデミック分野でさまざまな成果を挙げてきたが、研究成果を製品として昇華させるという点では悩みも膨らんできたという。

「アカデミックな業績と世の中にわかりやすい業績は全然違います。量子コンピュータの実験分野では、今までできなかった量子操作ができたこと、今まで観測できなかった量子現象を実験で観測できたことなど、論文に書くことを目指している方が多いと思います。でも、基礎研究を続けても、『出口』が見えないしんどさがあるし、一方でわかりやすい『出口』ばかりを考えて両者をつなぐといびつな形になってしまうというジレンマもあります」

「アカデミックな業績と世の中にわかりやすい業績は全然違います」(宇都宮さん)

 量子コンピューターを作るという目的が先にあると、より優れた解決法があっても、そこに目を向けることが難しくなってしまう。その点、宇都宮さんは世の中に役立つモノを作りたいという思いが先にあり、その方法が必ずしも量子コンピューティングでなくてもよいのではと感じ始めた。もちろん、一足飛びでの実用化は難しい。そのため、基礎研究から始め、プロトタイプを作り続け、実績を重ねてきたわけだ。実際、NIIのキャリアの後半では「光ネットワークを用いた次世代コンピューターの開発」というプロジェクトで産学連携のチームマネジメントも経験し、FPGAの設計まで携わったことで、出口に結びつく研究を動かしてきた。

「プロジェクトで研究してきた新しい原理のコンピューターの開発は、基本的に機械学習のニューラルネットワークと同じ考え方です。機械学習は大学時代からいつか携わってみたい分野だったので、今までやってきたこととの接点はずっと探していました」

量子コンピューティングから自動運転に飛び込んだのはなぜか?

 そんな思いを抱えながら、宇都宮さんはNIIの研究者としてのキャリアをいったん終え、5月にトヨタ自動車に転職した。自動運転という分野で自身のキャリアを活かすという道だ。

「5年単位でプロジェクトをやって、周りの人から『これは役に立つんですか?』とずっと言われ続けてきました。でも、本当に役立つことが何か?という意味を理解するためには、企業に入ってモノを作る必要があると思ったんです。アカデミックなポストはパイが少なく競争が激しい一方で、AI人材が不足している現状。企業がアカデミックなバックグラウンドを持った人材をとても欲しがっているという現状に驚き、転職を考えました」

 なぜトヨタ自動車か? 実は転職活動の際、エージェント(DODA)に人材動向を聞き、たまたま目に付いたのがトヨタだったという。ちょうど昨年くらいからトヨタもAI人材や博士人材の募集をスタートしており、「博士に行くと就職しづらい」という常識は少しずつ変わってきているようだ。

「若くて優秀な人が集まるソフトウェア業界は、スピード感があり新しい技術にも柔軟そうなところが魅力的でした。もともと日本の強みを生かしたAIに興味があったので、AIとロボティックスの融合で実現する自動運転分野で、次の勝負をしてみたいと思いました。日本の強みを活かせる会社で、世界で戦えるポテンシャルを持っているのは魅力的でした」

 このように転職のきっかけはさまざまだが、その1つは東工大の同級生で、友人のソラコムCTOの安川健太さんがソラコムで活躍していたことだったという。

「久しぶりに安川さんに会って、ソラコムで活躍しているのを見て、刺激を受けました。博士号を持っている私たちのようなアカデミック人材が民間企業に転職したり、逆にスタートアップを起こして、そこから大学に戻るといったキャリアパスが日本でも増えるといいなと思います」

 現在、宇都宮さんはトヨタ自動車の東京技術開発センターで、次世代の自動運転車の開発に携わっている。ITの次の主戦場となっているIoTやAI、自動運転の分野で、宇都宮さんのようなアカデミック人材がどのような活躍を見せてくれるのか? セカンドステージの幕は今上がったばかりだ。

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