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他人のウンチ移植で腸炎完治!?「腸内細菌」の神秘

2016年08月16日 06時00分更新

文● 夏目幸明(ダイヤモンド・オンライン

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論文を読むのが日課という「めんどくさいお医者さん」、東京大学病院の地域医療連携部にいる循環器内科専門医・稲島司先生。彼がまた、他人の生活習慣にケチをつけつつ、最新の医学の現状を語り始めた――。

最前線の医学者も注目!
人体に絶大な影響力を持つ「腸内細菌」

稲島 前回記事では、ヨーグルトの話をしましたが、ヨーグルトは「腸内細菌を整える」と期待されているようですね。

たかが細菌とあなどるなかれ。腸内細菌の働きは全身に影響を及ぼすほど重大で、なんと「ウンチで病気を治す」という治療法まで誕生しているのだ

夏目 最近、細菌が話題ですよね。ダジャレじゃなく、腸内細菌とか発酵食品とか…。

稲島 夏目サンは趣味が高じて、お酒の科学の本も書いていましたが、お酒と細菌は深く関わっていますよね。

夏目 食文化の歴史は、雑菌によって食べ物が「腐る」こととの戦いでした。例えば肉が腐ると食べられなくなる。腐ったものを食べるとおなかをこわす。でも世の中には「腐らせ方によっては食べられるもの」や「むしろ腐らせた方がおいしいもの」もあった。例えば煮た大豆を藁で包むと、藁の中の菌によって大豆が腐る。これが「納豆」。あえて「腐る」と言いましたが、人間にとって有用だから「発酵」と呼ばれます。

 そして納豆と同様に、葡萄ジュースなど糖分を含むものを放置して細菌のチカラで腐らせるとお酒になる場合があります。細菌にもいろいろあって、多くの菌が作用すると腐っちゃうけれど、人間にとって有用な「酒精発酵」する菌が作用するとお酒になるわけです。

稲島 お酒はいつ頃生まれたんでしょうか?

夏目 仮にビールなら、紀元前数千年前ですね。メソポタミア文明の『ハムラビ法典』にも「ビールを水で薄めたら死刑やで」と、居酒屋の酔客とケチなオヤジの会話のような記述もあるんですよ。

稲島 (笑)。では、細菌が発見されたのはいつ頃でしょう?

夏目 えーと、100年ちょっと前、ロベルト・コッホでしたよね?

稲島 すなわち、人類は細菌が発見されるかなり前から、経験的に細菌をうまく使っていたことになりますね。

夏目 あ、確かに!例えば江戸期にも「醤油職人は納豆を食べるな」と言われていたらしいですよ。顕微鏡もない時代だから理由なんて分からなかっただろうけれど、経験的に「醤油蔵に納豆菌を持ち込んじゃいけない」と分かっていたんですね。

稲島 実は近年の研究も、その「経験則を見直す」方向になってきているんですよ。

夏目 というと?

稲島 もともと、医学者にとって大事なのは原因物質を探り、同定することでした。たとえばタバコを吸うと肺がんになるなら、タバコに含まれる何が影響しているかを探し、検証していったのです。実際に候補となる物質はたくさん見つかりました。しかしここ十数年「タバコを吸うと肺がんになる確率が高くなる」という調査結果さえ分かれば、対策ができるという考え方になってきているのです。

夏目 なるほどねぇ。

稲島 そして腸内細菌も「なぜそうなるかは、分子レベルでは分からない」ことだらけだけど、ヒトの健康から性格まで影響があることが示されてきています。

 ヒトの体を構成する細胞は60兆個あります。一方、腸内細菌は100兆個(Nature 464:59,2010)から、多く見積もると1000兆個あると言われています。これは重さにすると約1~1.5キロにもなるんです。そして種類もたくさんあります。数百種類以上の細菌が人体の中でそれぞれ、集まって生息しているんです。その様子は花畑のようだということで、「腸内フローラ」なんて言い方をすることもありますね。

夏目 フローラって、花畑の意味だったんですね!

稲島 細菌たちは腸内にただ住んでいるだけでなく、ヒトの体全体に大きな影響を及ぼす存在なんです。当然、病気や健康にも関わる。「もう1つの臓器」と言う人もいるくらいです。

明かされつつある腸内細菌の秘密
肥満も腸内細菌が影響する!?

稲島 腸内細菌と健康との関わりが徐々に解明されてきていて、例えば肥満と腸内細菌は関係があると考えられています。

夏目 えっ!本当ですか?腸内細菌をなんとかすれば痩せられるんですか?

稲島 ある実験をご紹介しましょう。無菌マウスに正常マウスの腸内細菌を移植したら27%体重が増えたのに対して、無菌マウスに肥満マウスの腸内細菌を移植したら47%も体重が増えたのです(図1参照)。

 無菌マウスの食事を変えたわけでもないのに、肥満マウスの腸内細菌をもらったら肥満になってしまったんです。

夏目 まさか、腸内細菌が肥満の原因になっているとか?

稲島 当然、そう考えられますよね。そこで、腸内細菌の種類を調べてみると、肥満マウスは「ファーミキューテス門」、痩せマウスは「バクテロイデーテス門」が多かったということが分かったのです。

夏目 私もバクテロイデーテスを増やしたい!!

稲島 また、炭水化物を制限して減量すると、バクテロイデーテスが増えることが分かっています(図2参照)。

 ダイエット方法によっても腸内細菌が影響を受けるんですね。ただし、これはあくまでもマウスでの実験なんです。この菌種がそのままヒトに当てはまってくれれば、「痩せるための菌が見つかった!!」となるわけですが、まだそこまでは研究が進んでいません。

夏目 なーんだ…。

稲島 そうがっかりしないでください。こうした研究が進んで行けば、将来にはダイエット向けの腸内細菌の活用法が見つかるかも知れませんよ!

 それに、腸脳連関と言って、腸と脳の間にはやりとりがあるんです。例えば、強いストレスを感じると下痢をしてしまう人がいますよね。これは神経やホルモンだけでなく、細菌が関与している可能性が示唆されています。また、腸内環境が脳に影響している可能性も指摘されています。今後、腸内細菌の研究がさらに進めば、僕たちの性格や気持ちも、腸内細菌から解明されていくかも知れません。

抗生物質の乱用が
アトピーやぜんそくを増やしている!?

夏目 将来に期待できることは分かりましたけどね、先生。今すぐ役に立つ情報はないんでしょうか?

稲島 ある程度はありますよ。

夏目 それを先に言ってください!

稲島 たとえば加工肉の摂取を減らした方が良いんじゃないかという報道がありましたね。ハムやベーコンを常食すると大腸がんが増える、というのは以前からWHOで「エビデンスレベルが高い」とされています。大腸の病気だけに、腸内細菌の影響が濃厚です。

夏目 でも腸内では、どんな菌が、何から、どんな物質をつくっているか、詳しくは分っていないのでは…?

稲島 そうなんですが、先ほどの「たばこと肺がん」と同じで、詳しいメカニズムは分からないけれど、何らか関係がありそうだ、というデータが大事なのです。ほかにも、「よく魚を食べる人のほうが、認知症の発症率が低い」、これも疫学的に信頼があります。ところが、以前お話ししたとおり、魚のなかの期待できる成分であるEPAやDHAを抽出して飲んでも、効果が証明されにくいんです(「脂肪摂取量が同じでも心臓病罹患率に大差!データが語る「良い脂」「悪い脂」を参照)。

夏目 ヨーグルトや乳酸菌飲料はどうでしょう?

稲島 多少の効果が期待されるとは思います。乳酸菌はマイルドな酸を作り出し、周囲にいる菌の増殖を抑えます。悪さをすると思われる菌の増殖を減らせるのです。ただし、前回も話しましたが、甘くて「良い香りのする」ヨーグルトや乳酸菌飲料はカロリーや添加物が気になるから、健康のためと思って常食するなら製品を選ぶことをお勧めします。「単に牛乳を発酵させただけの、純粋なヨーグルトなら、整腸作用はあるかも」くらいに考えて下さい。

 そして、気をつけて欲しいこともあるんです。

夏目 ほう?

稲島 私は、風邪をひいた時などに「必要以上に抗生物質を使わないほうがいい」と考えています。抗生物質は「抗菌剤」、つまり細菌による感染症の治療に用いられます。しかし、たとえば風邪は、ほとんどの場合、「細菌」ではなく、「ウイルス」が病原体です。にもかかわらず、安易に抗生物質を処方する医師がいたり、患者さんも処方を要求したりしてしまっているのが現状です。

夏目 抗生物質に耐性を持つ、いわゆる「耐性菌」が増えることが問題視されてますよね。

稲島 そう、耐性菌も大問題です。しかしそれだけではないんです。ヒトに幼少期から抗生物質を頻回に投与することで、肥満やぜんそくが増えることが知られています(Int J Obs.2013:37:16-23)(Chest.2007;131:1753-9.)

夏目 病気を治すはずのクスリで、別の病気が増える?でもなんで?

稲島 腸内細菌は、生まれて数ヵ月で大まかな構成が決まるようなんです。その時期に抗生物質を多用して一部分の菌を殺したり抑えたりすると、腸内細菌の構成が変わって免疫などに影響を及ぼす可能性があります。このことが、肥満やぜんそくの増加と関係しているのかも知れません。

 もちろん必要な抗生物質投与が遅れてはいけません。しかし、過剰投与も慎まなければいけないんです。医師がウイルス感染だから抗生物質は不要と判断しても、患者さんから「抗生剤ください!」と頼まれるケースもあります。「病原体はウイルスであって細菌感染は絶対にない」なんて言い切れないため、医師は処方を断りにくくなります。とくに小さなお子さんが熱を出していたりすると、お互いに心配ですし…。難しい問題とは思います。

人のウンチが病気を治す!?
驚きの「便細菌叢移植療法」

稲島 腸内細菌のチカラを示すエピソードをもう1つ、ご紹介します。他人のウンチを病気の治療に使うんです。

夏目 えっ!?新手のジョークですか…?

稲島 いえ、大マジメです!健康な人の便を漉して、病気の人の腸に移植するという治療です。図3を見てください。

 抗生物質の投与によって、ある種の治療しにくい細菌(Clostridium difficile)による腸炎が発生することがあるんです。この論文中では、一般的な治療では20~30%しか治りませんでした。でも、この腸内細菌の移植療法では、なんと90%以上が治ったのです。

夏目 …でも人のウンチを飲むんですよね?

稲島 もちろん、患者さんが不愉快な思いをされないように工夫はしています、腸に管を通して送り込んだり、濃縮した便をカプセルに入れて内服するといった方法もあります。腸内細菌の作用についての細かいメカニズムはまだまだ分からないことが多いのですが、腸内細菌の状態を整えてあげることで治療につながることが示されたと言えます。

夏目 腸内細菌の研究は期待が持てますね。じゃあ、腸内のほかにも、ヒトの周りにいる細菌が病気治療や健康に効くとか?

稲島 可能性は大いにありますよね。たとえば、健康なヒトの皮膚の常在菌が美肌につながるのだったら、それを移植できないか、とか。将来は、自分が健康でいることで、病気の人に貢献できるとか、ビジネスにつながるとか、そういった可能性もあるかもしれません。

夏目 細菌ってすごいんですね!人類は酒や納豆など、食品ではずいぶん菌のお世話になってきたけれど、これからは本格的に病気治療でもお世話になる時代なのか…。酒好きの僕らにとっては感慨深いですね!ということで、今夜は日本酒にしましょう。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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