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「川重クーデター」で統合破談 三井造船が探る次の嫁ぎ先

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日本の造船業は、1956年に新造船の建造量で世界のトップに立って以来、44年間、ずっとその地位を守り続けてきた。だが、造船大国として知られた日本も、2000年に韓国、2010年には中国に追い抜かされている(写真はイメージ)
Photo by Hitoshi Iketomi

 6月13日、川崎重工業は、臨時取締役会で、半ば強引に三井造船との経営統合の交渉を進めていたという理由から、長谷川聡社長ら3人の役員を電撃解任した。“株主総会前の造反劇”という異例の事態は、産業界のみならず、一般社会からも注目されることとなった。

 一方で、当初は頭から強く経営統合説を否定していた川崎重工の側から、実際には水面下で交渉に着手していた事実を、断りなく白日の下にさらされた側の三井造船にとってはたまったものではない。

 しかも、13日の緊急記者会見では、川崎重工の松岡京平副社長から、「(4月22日の新聞に経営統合説が出てからの)株式市場の反応を見れば、(三井造船との統合は)シナジーがなく、当社の企業価値の向上にはつながらないと判断できた」とまで言われてしまった。

 翌14日の株価(終値)は、川崎重工が前日より4%以上値上がりしたのに対し、三井造船のほうは5%以上値下がりした。川崎重工で起きたクーデターの是非はともかく、三井造船と交渉を持ったことをバラしてしまった点については川崎重工に信義則上の非があるにもかかわらず、市場は「三井造船と一緒にならなくてよかった」という判断をしたのだ。これでは、“泣き面に蜂”である。

 とはいえ、音無しの構えを続ける三井造船からは、「“あの人と結婚するのはメリットがないからやめました”と一方的に破談を宣告されたに等しいので、内心はじくじたるものがある」(三井造船の社員)という恨み節が聞こえてくる。

 三井造船は、幅広い事業領域を抱える三菱重工業などの総合重機メーカーとは異なり、“ほぼ専業”なので、造船事業の比率が56%と最も高いことで知られている。

「過去には、川崎重工やIHIと経営統合まで視野に入れた連携を模索した時期があるし、同じ顧客から大量発注された船を分担して建造したこともある。かつては、三井造船グループとして海外展開を考えたことがあるが、海運市況の悪化などから頓挫するなどして、結果的には国内にとどまったままになっている」(幹部)。

 片や川崎重工は、1995年という早い段階で、国内の造船業界に強かった批判に聞く耳を持たず、海外に出た。そして、中国の合弁事業を成功させて、現在ではブラジルへと軸足を移しつつある。

ジャパンマリンが有力候補

 一方的に破談にされたとはいえ、三井造船が「川崎重工からの突然の白紙撤回の方針につきましては、遺憾に存じます」と、簡潔ながら強く批判したのには理由がある。

 三井造船社内の統合推進派からすれば、“遺憾”という2文字には「“第2の三菱重工”になれるチャンスがあったのに、みすみす逃してしまった」との思いが込められていることが透けて見えるのだ。

 仮に、統合が実現していれば、重複部門の統廃合が必要になるとしても、結果的には陸・海・空のいずれの分野にも強みを持つ企業集団に生まれ変わることができた。だが、前向きな話を吹っ飛ばした原因が、それこそまったく知らされていなかった川崎重工社内の“お家騒動”にあったというのでは、三井造船の統合推進派の落胆ぶりは想像するにあまりある。

 国内の造船業界に目を向ければ、再編の目玉になっているのは、今年1月1日に再出発したばかりのジャパンマリンユナイテッド(旧ユニバーサル造船)という造船統合会社だ。

 “日本連合”を想起させる社名を持つ同社は、旧NKKの造船部門、住友重機械工業の艦艇建造部門(自衛隊向けの仕事)、IHIと日立造船の造船子会社、そして大手鉄鋼メーカーのJFEホールディングスまでが加わっている。

 今回の一件では、川崎重工に袖にされた三井造船が、あらためて誰と組むかという話題が盛んにされている。だが、むしろ、組む相手がいなくなったのは、腹をくくって自主独立路線を選択した川崎重工のほうであり、三井造船は国内外を問わず、再び一緒に将来の夢を語る相手を探すことができる。

 その際、完全なる経営統合には至らずとも、有力な候補になるのが世界8位のジャパンマリンユナイテッドだ。現状では、将来的な勝ち残りを目指す造船会社同士による“横軸の連携”だが、02年当初の構想からすれば、まだ連合体の規模は小さく、将来的にはさらに大きくしていく必要がある。

 そこに、あらためて気持ちを入れ替えた三井造船グループが合流すると仮定すると、新しく“縦の連携”が加わる。同社には、「三井海洋開発」(MODEC)という船を改造した海洋構造物を専門に扱う子会社がある。資源開発の世界で生きるMODECは、日本の造船会社より海外で名前が通るエンジニアリング会社で、現在進む官民挙げての「海洋開発分野への進出」でも重要な鍵を握る存在なのだ。

 もっとも現時点では、三井造船はまだ痛手から立ち直れていないし、川崎重工を追い出された3人の行方はようとして知れない。

 これから、疑問点が多く残っている“川崎重工における造反劇の真相”が明らかになってくることだろうが、信義則違反に付随するイメージダウンは残るし、業界ではこれまで以上に孤立していく。

 今回の一件では、どうにも気の毒な印象が付いて回る三井造船だが、もしかしたら、今度こそ海外に打って出るという大きな“転回”のチャンスを得たことになるかもしれない。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)

週刊ダイヤモンド


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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