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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第45回

【後編】『この世界の片隅に』片渕須直監督インタビュー

片隅からの大逆転劇~Twitter・異例の新聞記事・地方の劇場で高齢者にも届いた

2017年05月28日 18時00分更新

文● 渡辺由美子 編集●村山剛史/ASCII編集部

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最初の支援者は『マイマイ新子』ファン
「一緒に楽しみたい」とイベントに参加

―― 前回のお話では、『この世界の片隅に』は、昭和10年から21年頃の呉や広島を緻密な調査で“再現”することで、映画自体が「当時を“体験”できる場」とのことでした。

 今回お伺いしたいのは、お客さんがどのように増えていったのかです。単館系63館でスタートした2016年11月初週の週末観客動員は約3万2000人。そこから12月初週で累計39万人、2017年1月中旬には100万人を突破と聞いております。これは何の効果が大きかったのでしょうか?

片渕 クラウドファンディングが『この世界の片隅に』を広く知っていただいたきっかけであるのは間違いないんですが、活動としてはもっと前からになります。

 2009年から、私の前作『マイマイ新子と千年の魔法』のファンの方と一緒に、作品の舞台になった防府市のロケ地めぐりをしていました。その「『マイマイ新子』探検隊」の皆さんが、僕が『この世界の片隅に』を作り始めた話を聞いて、呉や広島でもロケ地巡りをしたいと仰ってくださった。それが「『この世界』探検隊」になり、さらには広島や呉の皆さんなどが合わさって、輪が広がっています。

片渕監督の前作『マイマイ新子と千年の魔法』からのファンが最初の支援者だった。


―― その方々が『この世界の片隅に』の最初の支援者なのですね。映画を広める活動としては、かなり草の根になりますね。

片渕 映画を広めようということよりも、まず“一緒に楽しみたい”というところですね。映画をつくっている最中からみんなで呉や広島に行ったりして、「探検隊」と自分たちで名付けてやっているのがすごく大事でしてね。それは自分たちが一緒になって楽しみたいということだと思うんです。この映画ができたら自分たちもすごく楽しめるし、仮にできなくても今の時間が楽しい、みたいな動機です。

―― 「映画ができなくても」って……すごいですね(笑) クラウドファンディング参加者に毎週届くメール「『この世界の片隅に』制作支援メンバーズ通信」を拝見すると、イベントも多種多様ですね。トークショーだけでなく、すずさんがつくった楠公飯を作ったり、ワークショップ、広島市電やボンネットバスに乗ったり。こうしたイベントも、映画の宣伝というよりも“面白いから”が理由だったんですか?

片渕 はい。『この世界の片隅に』の催しの一番最初では、原作にあるすずさんの料理を自分たちでつくってみたんです。みんなで雑草を抜いて料理して。当時って戦時中で調味料がないから、こんな味わいになるんだ、とかね。そういうことが面白かったんです。

 そんなふうに『この世界の片隅に』をまだ知らない人たちにも、“この映画をきっかけにすると、こんなに面白いことがありますよ”という体験を一緒にしてもらうことから始めていました。

 イベントをやっているうちに、皆さんが『ああ、こういう映画があるんだ』と気付いてくださって、映画の存在が少しづつ周知されていったということだと思います。

―― それがクラウドファンディングの立ち上がりにつながったのですね。

クラウドファンディングサービス「Makuake」において3900万円超(目標金額の約1.8倍)の支援金を集めたことは大きな話題となった

単館系映画館からスタートした理由

―― 『この世界の片隅に』の上映は63館スタート。そのかなりが「単館系」「ミニシアター」と呼ばれる小規模な映画館でした。そして累計300館となった今でも、全国各地の小さな映画館に舞台挨拶に行かれています。劇場公開に小規模映画館を選ばれて、大事にされているのはどんな理由からでしょうか?

片渕 配給を東京テアトルさんにお願いするときに、最初に考えたのは“長くかけられる”ということでした。『マイマイ新子と千年の魔法』のときには、ロングランでやったことで口コミで徐々にお客さんが増えていきました。それを支えてくださったのが、小さな独立系の映画館だったんです。名画座のような形でセカンドランとして上映してくださったりと、お客さんがあまり入らなかった頃から応援してくださったんですね。

 だから『この世界の片隅に』も、短期間で実績を出す必要があるシネコンよりは、長く映画をかけてもらえるところが良いなと思いました。

 もうひとつは、街中のミニシアターの方々は、熱心に上映してくださるだろうなという気持ちもあったんですよ。

―― どうしてそう思われたのですか?

片渕 昨今、ミニシアター系は経営が大変なんです。経営者も新しい世代に移りかわったりしている。すでに映画全盛期の環境はもうなくて、単純に経営を引き継ぐだけでは成り立たないんです。

 だから今ミニシアターを経営されている方は、「地元の街に映画館を残したい」という熱意が強い。場合によってはNPO法人までつくって運営されている映画館もあります。

―― そこまでとは知りませんでした。強い想いがあるのですね。

片渕 それでお互いに、『この世界の片隅に』が完成したら上映したい、上映して欲しいという関係ができていました。

 作品が完成して上映したら、映画館の方がすごく喜んでくださったのが良かったです。「こんなにお客さんが来たのは、映画館始めて以来だ」と。

 でも今回、シネコンさんも映画館としての気持ちは同じだったということがわかりました。やっぱり地元のお客さんに来てほしい。シネコンさんのなかにも、封切の最初の頃から上映してくださっているところもあります。支配人さんが原作のファンだったりして、ものすごく入れ込んでくださっているところも。

 『この世界の片隅に』をかけてくださっているシネコンさんが、同じグループの映画館にTwitterとかでエールを送っていたりするんですよ。そうやって、シネコンでも長期間、上映を続けて下さった。


大きな地図で見る

劇中に登場する八丁堀のデパートは、今でも福屋百貨店として現存しており、併設の映画館でも『この世界の片隅に』が上映中とのこと(5月27日現在)。


―― “映画を地元で見て欲しい”という想いは同じなんですね。大きな映画館での上映が増えた今、各地のミニシアターのお客さんの入りはいかがでしょうか?

片渕 それが、上映の規模が大きくなってからも、ミニシアターにもお客さんが入ってくれているんです。うれしいことです。

 例えば川越スカラ座でお客さんと話をしたときにも、「どこから来られたんですか」と聞くと、「地元の川越なんですけど、この映画館には初めて来ました」と。これまでは、映画は都心まで観に行っていたんだけれども、地元の映画館でも観てみようと。

―― なぜ、小さな映画館にも来場してくれるんだと思いますか?

片渕 『この世界の片隅に』自体、すずさんたちが自分の街で暮らしていく映画なのですが、お客さんも『自分の街でもやっているなら、ちょっと観に行きたいな』と思ってくれているんじゃないかなと思います。

 うちの街にこんな映画館があったんだなと気がついて、自分が住む街もすずさんの街とつながっているような、地続きの感覚を味わっていただけたらうれしいです。

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