このページの本文へ

渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第44回

【前編】『この世界の片隅に』片渕須直監督インタビュー

片渕監督「この映画は、すずさんが案内人のテーマパーク」

2017年05月27日 18時00分更新

文● 渡辺由美子 編集●村山剛史/ASCII編集部

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

“なんでもない日常”は記録に残っていない

白土 設定考証を生業にする者としては、『これをつくるにはどれほどの労力を傾ければいいんだろう』というのをどうしても考えてしまうんですよ。

 戦時下を含む時代を描くとき、軍事を調べることももちろん大切なんですけれども、この作品は、むしろそうじゃないところに驚きます。普通の人たちが普通に感じるようなシーンが一番難しい。僕の師匠である横田順彌さん(SF作家、明治文化史研究家)も常々そんな話をされていました。

片渕 ああ、ヨコジュンさん。『この世界の片隅に』と『マイマイ新子と千年の魔法』の両方で設定協力をしてもらっている前野秀俊さんも、横田さんのファンです。

白土 「特別な事柄の設定は何とかなるけれども、普通なことが一番難しいから」と聞かされていました。

―― “普通なこと”が一番難しい?

白土 普通の人の普通の暮らしというのは、まとまった資料が残っていないことが非常に多いんです。たとえば、アニメ『ジョーカー・ゲーム』(編註:第二次世界大戦前夜が舞台のミステリー)のときに苦労した1つが、満州鉄道「あじあ号」のお手洗いの美術設定。誰もわざわざお手洗いを写真に撮って残そうとしないものだから、資料がない(苦笑)

 『この世界の片隅に』という作品は、いわば“普通をどう描くか”というところがむしろ主眼な作品とお見受けするんですけれども、最初の段階では、主人公のすずさんが生きている世界をどのくらいまで(詳細に)つくろうとお考えだったのですか?

片渕 どのくらいまでとは考えていなかったんですが、動機はありました。僕は、『マイマイ新子と千年の魔法』を作っていたときに面白い経験をしたんです。

 『マイマイ新子と千年の魔法』の原作は、原作者の高樹のぶ子さんがご自身の少女時代をモデルにした作品で、作品の舞台は『この世界の片隅に』と同様に、実際にあった風景なんです。

 舞台は昭和30年の山口県防府市で、西暦974年の同じ場所が登場します。山口県の広い麦畑が出てきて、主人公の祖父が「ここには千年前には国の都があったんじゃよ」と言っている。

 でも、今、その風景がある場所には行けないですよね。その土地に行くことはできるんだけれども、そこにはかつての風景はないという。

■Amazon.co.jpで購入

―― “風景がない”というのは、時代とともに建物や街並みが変わってしまったということですね。

片渕 はい。『マイマイ新子と千年の魔法』のファンの方と一緒にロケ地めぐりをしたときにも、「ここが新子ちゃんが走っていた道ですよ」「この道は本当に千年前からある道ですよ」、なんていう話を僕がすると、みんなが単純に目の前の風景を見るだけではなくて、頭の中で、今見ている風景に、千年前の時代のレイヤーが重なる感じがして、それが想像力をかき立てられて、すごく面白かったんですね。

 ちょうどその頃に『この世界の片隅に』の原作と出会ったんです。

 それで昭和30年の山口県に、昭和19年や20年の広島県のレイヤーを重ねてみたら面白いんじゃないのかなと思ったのが最初の一歩でした。それを山口県から『この世界の片隅に』の広島県に拡張していくつもりで、世界観を描こうと思いました。

昭和10年と昭和30年の風景は直結できるが
昭和20年と昭和30年の風景は断絶している

―― 監督にとっては、どこまでも実在する世界の延長線なのですね。

片渕 2つの作品は、僕らが暮らしているこの世界にかつて実在した風景を舞台にしていますから。だからもちろん、風景は連続しています。

 『マイマイ新子と千年の魔法』の昭和30年の時代を描くときにちょうど『この世界の片隅に』のすずさんが育った昭和10年あたりから調べていったんですが、気付いたことがあったんです。

 昭和10年と昭和30年の風景は直結できるんですけど、その間に入っている、いわゆる戦中・戦後の混乱期の10年間くらいの時代の風景が、断絶してしまっているなと。

白土 総力戦体制、それに太平洋戦争の被害もありますね。建造物にも人々の暮らしにも制約が入ってしまうので。

片渕 そうですよね。普通の人の生活がかなり経済的に圧迫されている時代があって、そこだけがちょっと異質過ぎちゃうね、ということなんです。

 『マイマイ新子と千年の魔法』では、新子のお母さんは昭和20年に子どもを身ごもっている。ということは、昭和30年のほんの10年前には、きっとモンペを履いて大変な暮らしをしていたわけです。

 昭和20年と昭和30年って、たった10年しか違わないのにその間に断層みたいな時期がある。でも、実際にはその間にも人々の暮らしは続いているわけです。同じ人たちが暮らし続けている。

© こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

―― 『マイマイ新子と千年の魔法』では、新子ちゃんたちはチョコレートボンボンを食べていました。でも10年前のすずさんたちは野草を調理して食べるしかなかった。なんだか暮らしが全然違いますね。たった10年の間に一体何が起こったのだろう、と不思議な感じがします。

片渕 そこですよね。チョコレートもキャラメルも戦前からありました。戦前にはすでに昭和30年に近い暮らしをしていたと思います。

カテゴリートップへ

この連載の記事

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン