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FRBが機械的な政策運営より「合議制」を志向する理由

2017年04月05日 06時00分更新

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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FRBは3月15日追加利上げを発表。写真は会見に臨むイエレン議長 Photo:Federalreserve

 米国の連邦準備制度理事会(FRB)が「追加利上げ」を決めた約10日前の3月3日、フィッシャー副議長が行った講演については、金融市場では利上げを示唆する質疑でのやり取りの方にメディアや市場の注目が集まった。しかし、実は講演自体のテーマは「金融政策:ルールによるべきか、委員会で決めるべきか、それとも両方か」というものだった。短い講演なので原文を読まれることを勧める(FRBのホームページに掲載されている)が、要するに二つの点を主張している。

ルールより合議制
副議長の反論

 主張の第一は、金融政策は委員会のような合議制で決定することが望ましいという点である。フィッシャー副議長は、その理由として、(1)各メンバーが各々固有の情報や見解を持ち寄ることができる、(2)メンバー間の議論の結果としての政策判断は過度に不安定なものにはなりにくい、(3)単一の経済予測に比べて、複数の経済予測の組み合わせの方が正確であることが理論的にも明らかになっている、といった点を挙げている。

 加えて、フィッシャー副議長は、FRBの設立当時も現在も、米国経済は産業的にも地理的にも大きな多様性を有しているだけに、金融政策を議論し決定する場である連邦公開市場委員会(FOMC)に地区連銀総裁が直接に参加することが非常に有用であるとしている。つまり、合議制によって金融政策を決定することの意義が、米国の場合には特に大きいことを強調している。

 第二に、金融政策でのルールの位置付けは、合議制で政策を決定する際の要素の一つとすることが望ましいという点である。この点に関して、フィッシャー副議長は、FRBが金融政策のルールを採用すべきとするオルファニデス氏(元イスラエル中央銀行総裁)の主張を披露しつつも、同氏がルールのベースとなる経済モデルや重要変数(自然利子率)の不確実性、期待形成に関する仮説の頑健性などの点に十分な配慮や検証を行うべきとの留保条件を付したことを指摘している。

 その上でフィッシャー副議長は、金融政策ルールの泰斗であるテイラー氏自身も「より良いルールを求める努力には終わりがない」と述べていることに言及しながら、金融政策ルールを政策決定の際に参照するのは有用としても、単一のルールによって金融政策を機械的に運営することには反対との立場を明確にしている。その理由として、(1)実際の経済は複雑であり、特に経済主体が政策にどう反応するかをモデル化するのは極めて困難である、(2)しかも経済は刻々と変化するので、経済モデルはそれに対応する必要がある、(3)委員会の各メンバーが持ち寄る多様な経験や見方を取り込みうる経済モデルは存在しない、といった点を挙げている。

共和党のFRB改革
裁量排除、ルール法制化に動く

 フィッシャー議長の主張は当たり前のことを述べているに過ぎない面がある。実際に研究者の間では合議制のメリットが既に共有されているだけでなく、現実にも日米欧英のような主要な中央銀行はもちろん、新興国でもインドのように合議での政策決定を採用する動きが広がっている。

 90年代に世界の多くの中央銀行が独立性を法的に確立したが、同時に専門家による委員会形式による政策決定も一気に拡大した。中央銀行に政策決定の独立性を与える以上、独善的で偏った判断をしないように、幅広い利害や意見を反映した決定がされるよう担保する考え方があった。要するに、独立性の裏には説明責任があるということだ。それではなぜ、フィッシャー副議長が今改めてこのようなテーマを持ち出したのか。背景には米議会の動きがある。

 米国では、昨年の大統領選挙と同時に実施された議会上院の選挙によって、共和党が両院で多数を占めることになった。その共和党が注力してきたのがFRBの改革だ。その焦点は時間を追って変化してきたが、現在は金融政策における議会のガバナンス強化と裁量の排除に重点が置かれている。これらを実現するための具体的な施策が、金融政策に関する議会による監査の導入とともに、金融政策ルールによる政策運営の法制化である。法制化を求める背景には、リーマンショックを機に、FRBの役割が強大化したことがある。

 実際、FRBは、金融政策に加えて、金融システムの安定維持のためのプルーデンス政策でも大きな役割を付与された。FRBによる量的緩和の一挙手一投足が市場や経済に大きな影響を与える姿は、もともと市場メカニズム重視の共和党にとって、「過剰な介入」と映る面がある。さらに振り帰るとリーマンショックで追い詰められた大手金融機関に対してFRBが「最後の貸し手」として資金を供給したことにも、議会によるガバナンスの点で不満があったとみられる。

 ルールによる金融政策を法制化するといった意見は共和党の一部による極端な主張に過ぎないと思われるかもしれない。しかし、オバマ政権(第二期)だけでも、共和党の議員はFRBの改革に関する法案を10本以上も提案しており、その殆どがこれらの内容を含んでいる。これまでは、民主党の反対やオバマ大統領自身の拒否権によって実際の法制化は免れてきたが、共和党が両院で多数を確保した以上、法案が実際に成立する蓋然性は明らかに上昇した。

 トランプ大統領がこの問題に関してどのようなスタンスにあるかは必ずしも明らかでないが、強い意見を持たない場合は結果的に共和党案に乗ってしまうことが考えられる。また、共和党による上院の議席数が「絶対多数」ではないので、民主党 のfilibusterを受けることは考えられるが、他の予算関連法案と一体化させてこの制約をクリアーするといった法技術的な対応も含め、様々な知恵が考えられるようだ。

テイラールールでは限界
影落とす米経済の「長期停滞」論

 FRBはこうした共和党の動きを強く警戒しており、例えばイエレン議長自身も去る1月19日の講演で、仮に金融政策ルールの代表例である「テイラールール」に沿って政策を運営した場合、現在の政策金利が3%以上高い水準になるなど、現在の米国経済にとって不適切なものとなることを指摘した。実際、「テイラールール」と実際の政策金利の推移をみると2000年代前半までは、両者は整合的だったが、金融危機後は全くかい離している。

図表:テイラールールによる最適金利と実際の政策金利(%)

 そもそも、「テイラールール」自体、70年代以降の実績をもとに90年代に提案されたもので、当時の米国経済と現在では、経済構造自体がかなり違っている。その上で、イエレン議長も、より一般的にみても、金融政策ルールによる機械的な政策運営には、重要変数の推計が難しいというフィッシャー副議長が指摘したのと同様な課題を挙げた。議長は、金融政策ルールによる機械的な政策運営では、金融市場や金融システムの状況を踏まえた政策運営を不可能にするといった問題があるとして、批判的な立場を明確にした訳である。

 仮にルールによる機械的な政策運営が導入されれば、FOMCのような委員会の場で多様な意見を交えて政策を決めるプロセスも不要になるわけだ。フィッシャー副議長による今回の講演は、こうした切り口から共和党の進めるFRB改革に牽制球を投げたものと理解することができる。

 確かに、フィッシャー副議長も認めるように、金融政策ルールには先行きの政策運営に関するコミュニケーションを単純で明確なものにし得るメリットは存在する。しかし、特に米国では今、長期的な低成長(secular stagnation)が意識されるように、労働市場や設備投資、人口動態、資金フロー等の面で、複雑な構造変化が進行している。現時点でFRBが金融政策ルールによる機械的な政策運営に移行することは、そうしたメリットを大きく上回るようには思えない。難しい局面であればなおさら、金融政策は「文殊の知恵」で行こうということだろう。

(野村総合研究所金融ITイノベーション研究部長 井上哲也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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