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視力がなくても見える!網膜にビジョンを映すQDレ-ザ

視覚の再定義すらあり得るすごいレーザーアイウェア

連載
ASCII STARTUP 今週のイチオシ!

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半導体レーザーという新しい市場を自分たちで作るという挑戦

 独特な「網膜走査型レーザアイウェア」だが、これはあくまでQDレーザで走っているプロジェクトの1つに過ぎない。

 もともと同社は2006年に、富士通と三井物産のベンチャーキャピタル資金を活用して、量子ドットレーザー技術を活かした製品作りを行うベンチャーとして設立された。

 「きっかけとしては2000年頃に通信バブルの崩壊があり、私たちが基礎研究していた半導体レーザーを事業化する部署が売却されてしまった。ではこの技術をどうするか。そこで富士通だけではなく、東芝や日立などから多くの企業の技術者が集まり、東京大学の荒川泰彦教授(東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構長 生産技術研究所教授)がプロジェクトリーダーとなって、経済産業省と文部科学省の支援のもと、一大プロジェクトが立ち上がった。その一部として、量子ドットレーザーの開発をずっと続けていた」(菅原氏)

 しかし、このような国家プロジェクトは基礎研究が中心で、すぐに事業化には結びつかないことが多い。結局その後、2度目のタイムリミットを迎えることとなる。

 「国家プロジェクトはなかなか実用化するという方向にいかない。そもそも、お金になる技術なら会社でやるので、ああいうプロジェクトでは非常にベーシックなことをやる。だから、実用化プロジェクトといいながらなかなか結果が出ない。2005年にプロジェクトが終わるとなったときに、自分の研究もちょうど一段落をした。いいきっかけだったので、『じゃあ自分でやろう』と思いついて、会社を立ち上げた」

 会社設立にあたって荒川教授に相談したところ、三井物産で産学連携に注力している担当者を紹介してもらったという。そこで事業計画を相談したところ、逆に所属していた富士通のVC担当者とも話がつながり、富士通と三井物産の資金で、株式会社QDレーザを立ち上げることになった。2006年の4月。創業時は従業員4人でのスタートだった。

 長年培われた研究技術のなかから、菅原氏が起業にあたり準備していたコア技術の1つが、「量子ドットレーザー」だ。QDレーザの社名の由来でもある。

 「量子ドット(Quantum dot)」とは、大きさが数ナノメートルから数10ナノメートルの半導体微結晶。1ナノメートルは10億分の1メートルというサイズで、量子ドットはインフルエンザウイルスよりも小さい。これを用いた量子ドットレーザーは、高い温度安定性・低消費電力などの点で従来の半導体レーザーを大きく超える特性を持った画期的なレーザーとなっている。QDレーザは、量子ドットを高密度、高均一、多層化する世界最先端の量子ドット結晶成長技術を有している。

温度依存性が小さいため、従来よりも高温での動作が可能。砂漠や工場、地中資源探査といった過酷な温度環境下でのデータ伝送やセンシングなどさまざまな応用に適している

 菅原氏は、会社設立の時点から、携帯電話の基地局間の通信にレーザーが使えると考えていた。しかし、完全にゼロベースだったため、材料の調達や研究用の装置を購入するところからスタートする。また、機器そのものの生産は自社で行わず、水平分業での事業展開を考えて、まずは商品を生産してくれる協力メーカーを探すことになった。

 「当初からリスクマネーでのスタート。そのため、マイルストーンを設定して、その都度、資金調達をしてやってきた。最初にレーザーの事業を立ち上げるだけで30億円の資金が掛かっている。製品の製造も、多くのメーカーを回って、最終的にある大企業が引き受けてくれた」

 量子ドット結晶は、高真空中に置かれたGaAs基板の上にInとAsの原子ビームを照射して製造されるため、ガリウムヒ素が使われている。実はその大企業は、同じガリウムヒ素を使うCD/DVD用のレーザーを製造するラインを持っていた。同じプロセスラインが使えるため、ここに量子ドットレーザーのラインを流せば、競争力のある価格で、低電力消費かつ多くの情報を運ぶ高性能レーザーが量産できるのではという想定だった。

 「量子ドットレーザーには、さまざまな可能性があるが、まず光通信で利用が始まっている。たとえば、携帯電話の基地局は野外に置くが、その基地局間の通信を光で行う。携帯電話と基地局は電波でやりとりをするが、基地局間やインターネットにつなぐところは光通信でやる必要がある。我々のビジネスとしては、すでに通信用として累計350万台以上の機器を出荷している。とくに中国の光通信系で使われている」

 研究開発ベンチャーということで膨大な投資の一方で、同社のデバイス事業は昨年黒字化も実現しているという。さらに新たな事業も立ち上がっており、レーザーを用いてガラスを切るような精密加工や、バイオフォトニクス(生体物質の識別・保存・操作について光子を用いて行う最先端技術分野)向けのさまざまな新しいレーザーも発明し、製造しているという。

量子ドットレーザーの可能性

 将来的に、QDレーザーが手がけている量子ドットレーザーにはさらなる可能性がある。最も大きいのがLSIやCPU間のデータ通信での用途だ。菅原氏によると、2020年ごろには、LSIやCPUの処理能力の向上に、伝送部そのものの進化が追いついて来なくなり、ボトルネック化する見込みだという。そこを解決するのが量子ドットレーザーとなる。

 「インターコネクトという、シリコンチップ、CPUやLSIの間を光で結ぶという技術が今後立ち上がってくる。レーザーなら、伝送周波数はテラヘルツの領域なので、テラビットの情報が伝送できる。そこまで行かないといまの情報爆発には対応できないと思っている」

 光通信システムを高速化して、クラウドを数多く作っても、いずれ人間だけでは情報はさばけなくなっていく。増大するデータ量に対して、サーバーなどでの処理システムのスピードを飛躍的にあげる必要が出てくる。そのキーポイントが光であり、それに対応しているレーザーは同社の量子ドットレーザーだけだというわけだ。

 「たとえば、量子ドットレーザーは100~200℃の温度でも問題なく動く。ものすごく熱くなるCPUやLSIでも使える。いずれこれらの間の通信がすべて光になる。今後はコンピューターの中も光通信が当たり前になり、爆発的に使われるようになっていく。その最初の製品は、ウチのものになると思っている」

 実はすでにシリコンチップ間のデータ伝送も目の前に来ているという。2017年には、国内外2社から製品が出てくる。

 「シリコンフォトニクスのメーカー仕様のレーザー技術を渡して、彼らがモジュールを作って販売する予定。最初はLSIの側に置いて、光ファイバーのように飛ばす形だが、いずれはLSI、CPU間がすべて光になっていく」

 その段階になると年間何億、何十億の量子ドットレーザーが出荷されることになる。とてつもない規模だが、その未来は決して遠くないようだ。

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