ニュートリノビームラインは1000兆個/sの
ニュートリノを撃ち出す
MRからの分岐した先にニュートリノビームラインがある。他と異なり、常伝導コイルではなく、超伝導コイルを採用している。これは高エネルギーのニュートリノを生成するために、高エネルギーの陽子ビームを強い磁場でロスなく約90度曲げるためだという。
設計に関わっているのは、以前にASCII.jpでも取材をしており、ミリタリー方面でも有名な多田将博士。またニュートリノビームラインの写真の一部は、2008年に取材したもので、PC Watchにその記事があるのだが、異なる写真の用意のしようがないので同じものを掲載している。こちらはこちらで建造中の様子がわかるものになる。
ますます長くなってしまうが、ここでニュートリノについても触れておこう。ニュートリノは素粒子のひとつ。
最寄りの分かりやすいニュートリノ大発生源である太陽から、地球表面1m2あたり600兆個/sのニュートリノが降り注いでいるにも関わらず、地球を抜ける過程で反応する確率は0.00000002%。
つまり、ほぼすべてが通り抜けている。身近といえば身近な存在である。これから素性がわかりはじめてくる物質という認識でいいだろう。
ちなみにニュートリノは発生源が多くあるため、太陽からの場合は太陽ニュートリノ、高エネルギー宇宙線が大気と反応して生じるものは大気ニュートリノ、超新星爆発によるものは超新星背景ニュートリノというように由来が冠になっている。そして、J-PARCの場合は加速器ニュートリノだ。
ビームの向かう先は、スーパーカミオカンデであり、東海村から飛騨の神岡に対して打ち込むため、T2K(Tokai To Kamioka)実験と呼称される。前身は2004年までは行なわれていたK2K実験(KEK To Kamioka)。
ニュートリノは飛距離によって、ミューニュートリノからタウニュートリノになり、電子ニュートリノと変化するようだと判明していた。では長くニュートリノを飛ばしてみようということで、世界初となる長基線ニュートリノ振動実験を実施。
そのK2K実験で「ニュートリノに質量があると確信が持てたから」、T2K実験は「より効率よくニュートリノを撃ち込んで決定付けよう」という目的からスタートした。2013年にニュートリノ振動を確認しており、2015年のノーベル物理学賞「ニュートリノ振動の発見」にも寄与している。
では、現在はというと、反ニュートリノでも振動実験を行ない、2008年にノーベル物理学賞でも話題になったCP対称性の破れの探索に入っている段階だ。
CP対称性の破れは、思いっきり要約すると、物質と反物質はビッグバン直後には等しい数があったハズだが、いまの世の中には物質しかない。その原因は、物質と反物質の性質がわずかに異なっていること。なぜ性質に差があるのかは、いま研究が進んでいる。
では、どうやって観測するのかというと、1000兆個/sのニュートリノを撃ちだして、反応数を稼ぐというシンプルなものだ。ニュートリノモニターとスーパーカミオカンデに当たるニュートリノは3000万個/s、検出できるのは10個/日になる。先のK2K実験では3ヵ月で10個ほどの検出であっため、圧倒的な性能向上だ。
前述のように、あちこちからニュートリノが飛んできているのをどうやって識別するかだが、入射角は一定なので、ニュートリノモニターで通過した際のタイムカウントを利用している。
またスーパーカミオカンデ側では、ミューニュートリノと電子ニュートリノが反応し、チェレンコフ光を放った場合、そのできる円の性質が異なるため、J-PARCからミューニュートリノを撃ちだし、スーパーカミオカンデで電子ニュートリノとして検出できれば、ニュートリノ振動が起きているのかわかるというわけだ。
なおJ-PARCの陽子ビーム強度の上昇も進んでいるため、今後、1日あたりの検出数増加を期待できる。
機器の並び順は、ニュートリノビームライン→ターゲットステーション→ディケイボリューム→ハドロン吸収体→ニュートリノモニター。その約295km先にスーパーカミオカンデだ。
このうち、ターゲットステーションは立ち入りが困難なほど放射化が進んでおり、またディケイボリュームとハドロン吸収体は土中なので見ることはできない。
高効率重点の研究施設
さて、全容が把握しにくい施設だと感じた人もいるだろう。実際のところ、筆者もそうだ。陽子ビームに特化し、それを上手く活用している施設であり、並行して研究する内容は多岐に渡るが、いずれも最先端の研究ばかりだ。
民間が入っての研究(比較的身近)なものもあれば、基礎研究もあり、ぼんやりと全容がつかめてくると楽しい施設になる。2016年の一般公開は終了しているが、2017年も開催される見通しなので、本稿を読んでから行くと、より楽しめるだろう。