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スペシャルトーク@プログラミング+ 第3回

「未来食堂」の小林せかいさん1万字インタビュー

“理系”と“エンジニア”は違うと思うのですよ

2016年10月03日 19時00分更新

文● 遠藤諭/角川アスキー総合研究所

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未来食堂は、エンジニア的な定食屋

―― もともとIBMにいらしたんですよね。

小林 そうですね。普通のシステムエンジニアでした。GBA(グローバルビジネスアソシエーション)っていう部署にいて、私は技術の専門にいました。フレームワークとかまさにいま話したような何と何が境界でどういう役割があってというようなことを専門にしていました。

ーー Javaのフレームワークとかそういうことですか?

小林 そうですね。今回のプロジェクトではこういうフレームワークを独自で作ろうとか。大手って独自フレームワーク好きなので、そういうの考えたりとか。クラス設計とかですよね。そのあとはクックパッドに行きました。ここも同じでクレジットカードの決済とか結構技術的なところにいましたね。でも3、4カ月くらいしかいなかったんですけどね。

ーー そうなんですか。クックパッドにいた人ってよく言われますよね。

小林 IBMなんて6年もいたのに。クックパッドが料理の会社なので関連性があるのではって思われてるんじゃないですかね 。当時はクックパッドのエンジニアって倍率が高かったので、クックパッドのエンジニアだったってだけで凄いと思われたのかもしれません。

ーー 『未来食堂ができるまで』によると、15歳のときに家庭でも学校でもない自分をそのまま受け入れてくれる空間として、将来お店をやるだろうと思ったと。その後、大学時代に歌舞伎町のバーで働いていて寮の食事会に行ったこととか書かれてます。あとは、学園祭でブックカフェが人気だった。でも、エンジニアが食堂を作る直接のきっかけがありますよね。

小林 クックパッドに入って“女性初のエンジニア採用”とか言われたんですが、エンジニアとしての自分の未来のキャリアプランを描けな いでいたんです。そんなとき、お昼ご飯を振る舞って人気になったのがきっかけなんですね。「人とともにいる」、「その人にとっても美味しいもの」を出すお店はどうだろう。というのが始まりです。

ーー なぜそのような「お店」というのを考えたんですかね?

小林 理系的な頭とエンジニア的な頭って違うと思ってるんですよ。

ーー 理系と文系じゃなくて?

小林 理系と文系は同じベクトルでアンチという意味で対比されていますが、理系的であることとエンジニア的であることはまったく別のベクトルのものだと考えています。たとえば私がもともと花屋さんで定食屋さん をやるとしたら、理系的な要素はあったとしてもエンジニア的な要素はなかったと思います。

―― エンジニアだったからこそ未来食堂に踏み出した。理系とエンジニアの違いというのは?

小林 そこの違いが何かというとオープン性なんです。わたしが、事業計画書や決算数字をホームページで開示して、みんなでよりよくしていこうとする感覚は理系だからではなくてエンジニアだからこそ身に付いた素養だと思うんです。

―― エンジニアの定義にかかわる問題ですね。

小林 これまで話した前ガロと後ガロを分けて考えたりそれぞれの作業の境界を考えるといったことは理系 だったらある程度の人なら誰でも思いつくことですよね。でもその情報をシェアしてよりよくしていくという思想は理系ではなくてエンジニアの思考なんです。この感覚が身に付いたことがエンジニアになってよかったと思うことです。

[ホームページの“未来食堂日記”(飲食店開業日記)によると、“2016年度8月度月次決算(速報)”という日記(!)に、2016年8月は、営業日数が通常月の半分程度で12日間、売上高は75万7716円。売上原価18万7004円、売上総利益は57万712円、売上高原価率は25%、1日あた売上高が6万3143円となっている]

入口に貼られた今週のメニュー。下には「ただめし」のポストイットが並ぶ。お店の外にあるのではがしやすいのだ。

小林 売上を公開するって驚かれるんですけど、上場した企業って会計を公開しますよね。「未来食堂は売上を公表して大丈夫なの?」って言われる方が多いんですが、数多の企業は公開しているのに、未来食堂のような小さな食堂が公開するとドキドキしちゃう。それって、ネガティヴな言い回しにはなってしまいますが、ある種の偏見かもしれませんね。大きい企業が売上を公開しても痛手がないように、小さな食堂である未来食堂も全然平気なんだと話したら、遠藤さんもなんだか納得感がありませんか? 皆さんが受けている衝撃は、その程度で手懐けられる範疇に過ぎませんよ。

―― なるほど。

小林 事業 計画書のほうは役に立つんだったら使ってもらえれば良いしってことなんです。落とし物を交番に届けるような感覚ですね。

―― 事業計画が落とし物。

小林 落とし物は必ず持ち主に届いてほしいって交番に届けるっていうより、何となく拾っちゃいましたというふうに交番に持っていきますよね。そういう気持ちなんですよね。自分しか持ち得ない情報があって、それを自分だけねこばばっていうのはちょっと変な気持ちになります。だからオープンにしよう、という感覚ですね。

ーー 「ただめし」は、オープンソース的な発想というか、もうちょっと違うんですかね?

[「た だめし」というのは、誰かが50分未来食堂を手伝って得た「まかない」の一食分を、ほかの誰かのために提供するしくみ(ポストイットを剥がして持ってきた人は誰でも食べられる)。入口にポストイットとして貼られているのだが、取材に行った日もたくさんのポストイットが貼られている状態で、その間にも1枚利用して食べて帰った人がいたそうだ]

―― これはどういうことで始めたんでしょう?

小林 「こども食堂」をやりたいと思って始めたんです。こども食堂というのは、こどもが1人でも入れて無料、または数百円で食べられる食堂のネットワークですね。ここでは、こどもに限らないわけですが、「ただめし券」のポストイットは 、貼られた日、使われた日を書いてもらっているのでその軌跡が分かるようになっています。

―― ファイリングされてたまっているんですね。なんというか、ペイフォワード(恩送り)的ですね。

小林 未来食堂の場合は「ワークフォワード」ですかね。金銭のやり取りは発生しない仕組みなので。同じく「こども食堂」に感化された試みとして『サロン18禁』があります。こちらは18歳未満による会員制のサロン。大人が子どもに「道徳的に正しい」と押しつける形とはちょっと違っています。

ーー HPに載っているアレですね。エンジニアが他の商売をやるということに関して言うとどのように思いますか?

小林 どんな形であれ、エンジニアであることを活かせるのは良いことですよね。私の場合だとオープン、情報共有してみんなでよりよいものをつくっていくこと。ただオープンにするだけじゃあなくて、みんながパッチをあててよいものにしていくことが大事だと思います。そういう考え方は、デジタルの世界の方が定着していますからね。

昨年11月、神保町なら近いなと思って寄ってみたら「旨いじゃん」と思ったのが未来食堂に来るようになったきっかけ。味は満足できる。

 インタビュー中、私も、まかないの人が頭にかぶる手拭いや、くつカバー、エプロンなどを付けて未来食堂の厨房側を見せてもらいながらお話をうかがった。小林さんが形容に使う言葉は、半分がIT業界用語。毎日入れ替わり立ち代わりやってくる「まかない」の人たちに、トラブルなく動いてもらうためのマニュアルやルールが、とてもていねいに作られている。こんなにキッチリやれるエンジニアは、頼りになるだろうなぁと思った。

 そして、オープンソース以降のエンジニアのメンタリティを見せつけられた気がした。自分が得た知識や情報を、積極的にシェアして、ホームページの日記も腕のいいエンジニアのブログのような感じ だ。世の中には“エンジニア”という人種が育っていて、彼らが世界を変えはじめているのだ。私なんか、『新装版 計算機屋かく戦えり』という本の中で、「プログラマは一般の人々のおよび知らない秘儀を執り行う秘密結社のようなものだ」なんて書いていたのにだ。

 未来食堂の理念は、「“誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所”を作ること。そして、それを知らしめること」だそうだ。それが、「あつらえ」からはじまって、半年もたたずに「ただめし」まで進化して、なにより定着もしている。あたり前だが、食堂も、エンジニアリングでありシステムだったのだ。ポイントは、「まかない」や「さしいれ」などで、未来食堂は、和気あいあいという雰囲気になっ ているが、コミュニティーを作ることが目的ではなくて、あくまで食堂という場所だということだと思う。


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